3 夕食は唐揚げ
「いくら今夜が満月だといっても、はしゃぎ過ぎだ!」
ユリウスは、狼の姿で獲物を持ち込んだザックを叱りつけながら、ショックで固まってしまった拓海の背中をさすっていた。
当のザックは大きな体をこれでもかと丸め、二人の前で正座している。気の毒なほど、その顔からは生気が抜けていた。
「本当に本当に、ほんとーに、すみませんでした。……月を見ていたら体がむずむずしてきて……我慢はしたんです。したんですけど、その……庭に見慣れない生き物が現れて……気になって追いかけてたら、つい」
「ほう。それで狼に変身して、獲物を見せに来たと? ザック、今夜お前がすることはなんだ?」
「……お二人の邪魔が入らないよう、家を守ること、です」
「それが分かっていて、肝心のお前が邪魔をしてどうする。不謹慎極まりないぞ!」
凍りつきそうなほど冷えきったユリウスの声と眼差しに、ザックは「ひぃっ」と小さく悲鳴を漏らして、その身を震わせた。
「ユリウスさん、僕は大丈夫です。だから、もうザックさんを責めないでください」
「いいえ、拓海様をあんなに怯えさせたんです。今後このようなことが起きないよう、猛省させる必要があります」
「う、確かにちょっと驚いたけど……でもタヌキは気絶していただけで、逃がしてくれたし。僕、もう平気ですから。さ、ザックさん、立ってください」
拓海の言葉に、弾かれたようにザックが顔を上げた。
「え、もういいんですか? そんな簡単に許すだなんて、皇子様はどこか具合でも悪いんですか?」
「え?」
きょとんとする拓海に向かって、ユリウスはザックの頭をぐいと掴み、そのまま床へ押しつけた。
「拓海様。ザックの失言をお許しください。一切の責任はこの私にあります。罰でしたら、私がお受けします」
「そんな! 悪いのは俺です。タヌキをくわえて驚かせたのは俺なんです。だから、罰は俺にお願いします。ユリウス様を傷つけるのは、もうやめてください!」
「罰? 傷つけるって、一体何を言ってるんですか……」
拓海は、何の話なのか分からず目を瞬かせた。
けれど二人は、なぜか罰があると信じて疑わない様子だ。ひょっとして、前世の自分は、やばい奴なのか? 拓海は一瞬だけ、気分が落ち込みかけるが、今はそんなことを考えている場合ではないと、ぶんぶんと頭を振る。
「あ、あの、僕は本当に気にしてないし、怒ってもいません。だって、ほら、見てください。こんなに元気! なので、罰なんて必要ありません。安心してください。だから、ユリウスさんも顔を上げてください。ね」
拓海は、身振り手振りまで交えて、精一杯元気アピールをする。その気遣いが伝わったのか、ユリウスの表情から、ふっと緊張がほどけた。
「……拓海様。お許しくださり、感謝します」
ユリウスが礼を言い、ザックもようやく立ち上がった。
「うわあ。ザックさんって大きい!」
立ち上がったザックを見上げ、拓海は思わず息をのんだ。がっしりした体つきは見るからに強そうなのに、その瞳は子供のように無邪気で、どこか人懐っこい。
「狼族ですからね。それに体も鍛えてます。ほらこの通り」
力こぶを見せようとした途端、ザックの腹が盛大に鳴った。
「ふふ。お腹が空いてるんですね」
拓海が笑った瞬間、つられたように今度は拓海の腹からも、ぐうっと音がした。
「まさか拓海様。私たちが遅れたせいで、食事をとっていないのですか?」
ユリウスが驚いたように尋ねる。
「はい。みんなで一緒にって思ったので……待っていたんです」
恥ずかしそうに頬をかいた拓海に、ユリウスとザックは顔を見合わせた。
◇◇◇◇◇
「うま! 皇子様、これめっちゃうまいです。なんていう食べ物ですか?」
「唐揚げです。たくさん作ったので、いっぱい食べてくださいね」
最初こそ、ユリウスもザックも、皇子である拓海と同じテーブルで食事はできないと固辞していた。だが拓海が、二人と一緒でなければ食事を抜くと言って譲らず、結局はユリウスが折れたのだ。
そうして始まった夕食で、ザックは山盛りの唐揚げをすごい勢いで平らげていた。テーブルには、大皿に盛られた料理やサラダ、サンドイッチとおにぎり、温かいスープにカットフルーツまで並んでいる。
ザックがフォークで豪快に食べ進める横で、ユリウスは器用に箸を使っていた。
向かい合う形で座った拓海から見ても、その対照的な食べ方はなかなかおもしろい。
「これって皇子様が全部作ったんですか?」
ザックが尋ねた。
「はい。おばあちゃんに教えてもらって、料理はわりと得意なんです。ところで、ザックさん、僕のことは拓海って呼んでください」
「え! 名前で呼ぶなんて、俺の身分じゃ、その、まずいと思うんですが……」
助けを求めるようにザックが視線を向けると、ユリウスが小さく頷いた。
「三人でいるときなら構わないだろう。ですが拓海様は、私たちのことを呼び捨てにしてください」
「そんな。僕の方が年下だから、呼び捨てはできません」
「拓海様は王族です。目上の者を呼び捨てにしても、何ら問題ありません」
「あの、魔界のことはわかりませんが、ここは人間界です。他の人に怪しまれないようにするためにも、僕の言う通りにしてくれると助かります」
拓海の言葉に、ユリウスは少し考え込んだ。
それから静かに顔を上げる。
「……わかりました。拓海様に従います」
夕食後、拓海の希望で三人そろって後片付けをした。
皿洗いまで終えると、今度は拓海が家の中を案内して回る。
二階には拓海の部屋があり、その隣にはユリウスの部屋が用意されていた。警備のしやすさを考えて、ザックの部屋は一階らしい。
自分の部屋まで用意されていると知ったザックは、いたく感激した様子で瞳を輝かせた。
「わあ、ベッドがある。おまけに布団がふかふかだ。俺、本当にここで寝ていいんですか?」
「もちろんです。ザックさんの部屋なんですから」
「いやあー。皇子様とひとつ屋根の下っていうから、てっきり前みたいに、じめじめした地下の――」
すかさず、ユリウスがザックの口を塞いだ。
「拓海様。ザックの部屋はもう見終わったので、次をお願いします」
「今、ザックさんが言った地下って」
「あー、実はザックは、満月の晩になると言語機能に問題が発生するのです。そのせいで一時的に、意味不明なことを口にする場合がありますが、どうかお気になさらずに」
「そうなんですか。わかりました……」
拓海から同情の眼差しを向けられ、ザックはぶんぶんと頭を振った。だが、その必死の否定は拓海には伝わらなかった。
ユリウスはザックをベッドの上へ放り出すと、今度は拓海の手を取って、とびきり麗しい笑みを浮かべた。
「さ、参りましょう」
その眩しいほどの笑顔に、拓海は思わず頬を染める。
「あ、はい」
少し上ずった声で返し、ユリウスと並んで部屋を出ていく。
閉まりかけた扉の向こうへ消えていく二人の背中を見送りながら、ザックはぽりぽりと頭をかいた。
「まったく、うちの主は人たらしなんだから……そして、俺の扱いが雑だ」




