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37 食いしん坊のコディ

「ちょっと。勝手に食べないでよ」

 続けて綿あめに手を伸ばしてきたコディに、そうはさせまいと、綿あめを持つ右手をぐっと前にのばして遠ざける。


 ふふーん。どうだ、これで届かないだろ。

 僕の影に潜んで、僕の行動をこっそり記録してユリウスさんに報告する、このクッキーもどき――もとい、コディが、僕は好きじゃない。


 だって、僕の授業態度や給食のメニューといった学校生活の細かいところまで、逐一報告する。

 おまけに、僕が寝言で「杉咲先輩」とつぶやいたことまで報告したせいで、ザックさんにからかわれた。


 思い出しただけで、胸の辺りがむかむかしてくる。

 けれど、その「杉咲先輩」という名前が、今度は別のスイッチを押した。


「先輩。これ、珍しい魔界のお菓子です。良かったら、どうぞ」

「わあ。星の形をした綿あめなん初めて。ありがとう。優しいね、拓海くんって」


 少しはにかみながら、僕に笑いかける先輩の姿を想像して、思わず顔がにやけたその時。

 豪快なげっぷの音が聞こえた。


 はっとして自分の手を見る。そこには、綿あめに刺さっていた串だけが、ぽつんと残っていた。


「な、まだ僕、一口も食べてないのに!」


 隣の木箱に腰かけたコディが、満足そうにお腹をさすっている。

 思わず手を伸ばした途端、コディはさっと距離を取った。くるりと背中を向け、自分のおしりをぺしっと叩いて見せた。

 完全に僕のことをからかっている。


 頭に血が上った僕は、「返せ、僕の綿あめ!」と叫びながら、空っぽの串をコディ目掛けて投げつけた。

 コディはそれをひょいっとよけて、また余裕たっぷりな顔つきで僕を見る。

 と、次の瞬間、コディが綿あめを吐き出した。


 え、なんだ? 食べ過ぎて気持ち悪くなった? 

 僕が心配そうに様子をうかがっていると、コディは怒ったようにその場で足踏みする。地面に落ちていた串に気づくと、今度は僕に向かって投げ返してきた。


 もちろん、そんなものはさっと軽くかわしたけど――。


「おい、串を投げたの、お前か? 小僧」

 通りがかりの労働者ふうのおじさんが、ぎろりと僕をにらみつけた。

 顔は真っ赤で、手には酒瓶が握られている。


「あ、ごめんなさい。でも、串を投げたのは、僕じゃなくて」

 慌てて後ろを振り返る。けれど、そこにコディの姿はない。


 はっとして足元を見ると、僕の影から、コディが顔だけひょこっとのぞかせていた。

 そして、僕と目が合った瞬間、さっと影の中に引っ込んだ。

「こら、逃げるな、卑怯者!」


「おい。いまなんつった? 俺が、卑怯だと? 本気でいってんのか?」

 男の太い腕が僕の胸ぐらをつかみ、ぐいっと引き寄せられる。

 酒まじりの男の息が顔にかかった。う、くさい。


「いいか。俺に、なめた口を――あ、あれ?」

 拓海に暴言を浴びせようとした男が、間の抜けた声を上げて固まった。

 目の前にいた少年が、霞のように消えたのだ。


 酒に酔って幻でも見たのかと、慌てて周囲を見渡す。

 少し離れたところに、銀色の長い髪をした男の姿があった。その男が、さっきの少年に向かって、やけに丁寧に世話を焼いている


「怪我はありませんか? 飲み物を買ってきたので、すぐに飲みますか?」


 男はふらつく足取りで近づき、怒鳴った。

「おい、勝手にいなくなるんじぇねえ!」

「戻って来るのが遅くなってすみませんでした。ここは埃っぽいので、近くの公園に行きましょうか」


 男の存在を、文字通り空気のように扱うユリウスに、ついに男がキレた。


「おい、無視してんじゃねえ! こっち向けや!」

 ユリウスの肩を乱暴に掴み、強引に振り向かせる。


「う!」男はたじろいだ。

 銀色の前髪の奥で、静かな怒りを宿した青い瞳が、男を射すくめた。



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