36 魔界の綿あめはどんな味
ユリウスと拓海は目指す町にやってきた。
目の前にあるのは、町で一番賑やかなメイン通り。その途中には、屋台がずらりと並ぶ「屋台通り」と呼ばれる区画があるはずなのだが――。
「ユリウスさん、ここが、そうなんですか?」
「こ、これは……」
驚いた顔で通りを見ている拓海の隣で、ユリウスは完全に固まっていた。
本に書いてあったとおり、屋台通りで有名なあの町に来たのは間違いない。
町のシンボルだという欅に似た大木が、町役場の前にどっしりと立っている。
なのに、通りがやけに静かだ。
昼間だというのに、石畳の上を歩く人影はまばらで、両側の店も、ほとんどシャッターが閉まっている。
予定では、「さあ、どの屋台にしますか?」から始まり、「うわあ。目移りしちゃって決められません」という拓海の興奮した声を聞くはずだった――それが今、音を立てて崩れ去る。
頭の中の拓海が、「なーんだ。魔界ってこんなもんですか。店なんて全然ないし、がっかりです。あーあ、時間無駄にしちゃった。やっぱ、皇子教育なんて、やめようかな」と、見下したような半笑いで俺を見てくる……。
その時、通りの向こうに、杖をつきながらゆっくり歩く老人の姿が見えた。
ユリウスはすかさず駆け寄る。
「すみません。屋台通りって、今日、お休みなんでしょうか?」
「ん? なんじゃな、お若いの。今、なんと言ったかな?」
「屋台通りは、休みですか?」
ユリウスは、老人の耳元に顔を寄せ、さっきより大きな声で尋ねる。
「ああ、屋台か。休みじゃよ。ずっとな」
「え、ずっと?」
目を見開くユリウスを、老人は状況が分かっていない様子で、のんきに見上げている。ちょうどその時、少し遅れて中年の男性がひとり、こちらへ歩いてきた。
老人の付き添いなのだろう、男は軽く頭を下げると、ユリウスに声をかけてきた。
「お兄さんたち、屋台巡りをしに来たの?」
「はい。この町の名物だと聞きまして」
「あー、それは残念だね。屋台は今、やってないんだよ」
「それは、どうしてですか」
「ほら、あの山だよ」
中年の男が指さしたのは、さっきまでユリウスたちがいた、湖に面した山のひとつだった。
「あのラスガ山に魔石鉱山があったんだけどさ、採掘量が落ちて、閉山になったんだ。そのあおりで人もどんどん減っちまって、屋台通りも今はすっかり店じまいってわけ」
「……そうでしたか。お話、ありがとうございました」
ユリウスは男に礼を言ってから、少し離れたところで待っている拓海の元へ戻った。
「すみません、拓海様」
ユリウスは片膝をつき、深く頭を垂れた。
「本の情報が古かったようで、今は屋台が営業していません」
「大丈夫ですよ、ユリウスさん。僕、お腹はぜんぜん空いてないし、町の雰囲気が味わえただけで、来てよかったです。だから、ほら。立ってください」
拓海はユリウスの手を取り、ぐいっと引っ張った。
「拓海様……」
立ち上がったユリウスの青い瞳は沈んで見えた。さっきまでピンと伸びていた背中も、ほんの少し丸くなっている。
「ここが駄目なら、他に行きましょう。本にはまだ、たくさんの場所が載ってるんですよね?」
「それが……」
ユリウスは、教授に念を押された言葉を思い出す。
「いいかい、ユリウス君。この本には、時間設定と回数設定の魔法がかかっている。いくら楽しいからといって、何日も家を空けられたら困るからね。行ける場所は、一回につき二カ所まで。滞在時間は、合計二時間。そして一度使ったら、本はひと月は休ませること。それから、本の魔法で移動している以上、本に書いてある場所以外には移動できない。これが、この本のルールだ」
ユリウスは、そのまま拓海にもルールを説明した。
「……というわけで、すでに二カ所目なので、他の場所にはもう移動はできません。残り一時間、この町で過ごして終わりです」
「そ、そうですか」
黙りこんだ二人の足元を、「閉店のお知らせ」と印刷された色あせたチラシが一枚、風にあおられて転がっていった。拓海が行きたがっていた魔法店のチラシだった。
どうしよう。僕が屋台通りに行きたいなんて言ったせいで、ユリウスさんを困らせてる。
僕は、初めての魔界をユリウスさんと一緒に歩いているだけで楽しいのに。
それでも、きっとユリウスさんは、「約束を守れなかった」って気にしている。
なんとか、その罪悪感、軽くしてあげられないかなあ。
拓海がそう考えていたとき、「あ」とユリウスが声をあげた。
「そういえば、さっきの人が、裏通りに一件、お菓子の屋台があるって言ってました。不定期らしいけど、行ってみませんか?」
「あ、はい。行きたいです」
拓海がそう答えると、ユリウスは、ほっとしたように息をついた。
裏通りに入ると、通りの角に、お菓子を売る小さな屋台がひとつ見えた。
年季の入った台に、綿あめに似たふわふわのお菓子が入った袋が、いくつも吊られている。
星やハートの形が可愛らしいが、色は黒や紫といった変わったものの他に、ピンクや黄色がミックスされたものも売られていた。
「良かった、営業してました。さあ、拓海様。どれにしますか」
「えっと、そうですね」
食べるのをちょっとためらう色ばかりだけど、ここで何も買わなかったら、ユリウスさんががっかりするよね。うーん。どの色にしたらセーフだろう。
僕が迷っていると、お店のおばあさんが、にこにこと笑いながらピンクと黄色のミックスを差し出してきた。
「あ、これがお勧めみたいですよ」
ユリウスさんも、にこにこして僕を見た。
僕は二人の笑顔に押されて、つられて笑顔で答えた。
「あ、はい。それにします」
「魔界の綿あめはとても甘いので、食べると喉が渇くと思います。あそこで飲み物を買ってきますから、拓海様はここで待っていてください」
そう言うとユリウスさんは、さっきの屋台のそばにある雑貨屋らしき店へ入っていった。
僕は近くに積んであった木箱の端に、そっと腰を下ろした。
「せっかくだから、食べてみよ」
包みを開けて、星型の綿あめを口に入れようとしたその瞬間、横から小さな手がにゅっと伸びてきて、綿あめの端をちぎった。
「え、なに?」
驚いて顔を向けると、僕の肩に、コディがちょこんと座っていた。そして、ちぎった綿あめを、ぱくっと口に放り込んだ。




