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33 ダンスを習うなんて聞いてない

 拓海は学校から帰宅すると、まず宿題と予習をする。それが済むと皆で夕食。食後、少しの休憩を挟んでからユリウスによる皇子教育を受ける、というのが一日の流れとして決まった。


 皇子教育の初日、夕食を終えて居間に移動した拓海は、ユリウスから一枚の紙を渡された。


 第一課程 魔界の歴史と地理

 第二課程 身分制度と経済の仕組み

 第三課程 魔法の基礎知識と応用

 第四課程 剣の訓練と実技

 第五課程 礼儀作法とダンス


 *課程の順番は目安であり、授業の進度によって前後する場合があります。


「なんですか、この剣の訓練とダンスって!」

 手渡された用紙を読んで、拓海が抗議の声をあげる。


「それは、魔界の貴族子息が身につけておくべき一般教養です」

「貴族子息の教養って……あの、それ僕に必要なんでしょうか?」

「はい、もちろんです。これらはすべて、拓海様が立派な皇子になられるために、必要不可欠なものです」


 疑いの眼差しを向けてくる拓海へ、ユリウスがとびっきりの笑顔で返す。


「そんなあ……」

 思わずテーブルに突っ伏す拓海に、ユリウスがくすりとする。

 がばっと、体を起こした拓海が、不満げに唇を尖らせた。


「今、ユリウスさん笑いました? 僕が困っているのに」

「すみません。ただ、皇子教育で不満が出そうな箇所はそこだろうなと予想していたので、つい」


「あの……免除してもらうことってできますか?」

「拓海様。いつか通らねばならない道なら、避けるよりも覚悟を決めて進みましょう。何事もチャレンジです」


「えー、剣だって気が進まないのに、ダンス? それって皆の前で踊るってことですよね。そんな嫌です。恥ずかし過ぎる」

 観衆の前でぎこちないダンスを披露し、みんなに笑われる未来しか浮かばない。拓海はソファーの上で悶えた。


「まあ、お気持ちは理解できますが、社交の場でダンスが踊れないのは、致命的です。習うしかありません」

 ユリウスの言葉で、拓海はさらに頭を抱える。が、ふと疑問が浮かんだので質問してみた。


「ユリウスさんは?」

「え?」

「ユリウスさんは、踊れるんですか?」

「あー、それは……私はですね……」


 急に歯切れが悪くなったユリウスに、拓海は眉をわずかに持ち上げて、探るような視線を向けた。


「ひょっとして、踊れないんですか?」

「うっ。……あ、その……はい」観念したようにユリウスが頷いた。

「え、じゃあダンスはどうやって教えるつもりだったんですか?」


「その、私ではなく、ダンスの講師にお願いするつもりでした。上司にも、講師を探して欲しいと伝えてあります。だから、安心してください。私は教えられませんが、その道のプロを招きますから」

 ユリウスは、この話題をさっさと終わらせたいらしく、話すスピードがめちゃくちゃ早い。


 容姿端麗で、何事もそつなくこなす、すごい人だと思っていたユリウスの意外な弱点に、拓海はにまにまと笑った。


「ユリウスさんにも苦手な物があるんですね」

「勿論、あります……特に、ダンスには嫌な思い出があって」

「嫌な思い出って?」

「昔、親族の家で、ダンスの練習会が開かれたんです。その時にいた女の子達が、それはもう」


 当時の散々な思い出を語りかけたユリウスだったが、急に真顔に戻り、いつもの笑顔を作った。


「さ、ダンスの件は心配しなくて大丈夫です。授業を始めましょう」

「えー、僕、続きを聞きたいです」

「それは、今、必要のない話題です。お忘れください」


 ユリウスは、これで終了とばかりに、用意しておいたプリントを差し出す。だが拓海は、それを受け取ろうとせず、とんでもないことを言い出した。


「僕、ダンスの授業はユリウスさんと一緒に受けたいです」

「え、なんですかいきなり」ユリウスが目を丸くする。


「さっきユリウスさんが言ってたじゃないですか、いつか通る道なら避けずにチャレンジって」

「……ありがたいご提案ですが、その、私は生徒ではありませんし、この場合難しいかと」


「でも僕の家庭教師なのに、ダンスが踊れないって、そんなの他の人が知ったらなんて思うか。ユリウスさん、これは苦手を克服するいい機会です。僕がついてますから、一緒に習いましょう!」


「いえ、それはちょっと……」

「僕、ユリウスさんと一緒じゃなきゃ、ダンス習いませんよ」

 煮え切らないユリウスに、拓海は最後通告をしてきた。


「え?」

「だって、先生のユリウスさんが踊れないのに、生徒の僕だけが練習するなんて、ずるくないですか?」

 目をきらきらさせて畳みかけてくる拓海に、ユリウスは、たじたじになる。


「ユリウスさん。僕だって、皇子教育受けることにしたんですよ」

 拓海にそこまで言われて、ついにユリウスが白旗をあげた。


「……わかりました。拓海様に従います」

 拓海がテーブルの下で、小さくガッツポーズをつくったちょうどその時。


「拓海さまー――――!!!」

 いきなりドアが開いて、ザックが乱入して来た。


「おい、授業中だぞ」

 ユリウスの咎める声も聞かず、ザックはまっすぐ拓海の元に行き、感激した様子で拓海の手を取った。


「今まで、何度も何度も勧めても、絶対首を縦に振らなかったユリウス様が、ダンスを習うだなんて。こんな奇跡が起こるなんて! ああ、拓海様、ありがとうございます。本当になんとお礼を言ったらいいか」


「そんな……でも、ザックさんがこんなに喜んでくれるなんて、僕も嬉しいです」

 盛り上がる二人とは対照的に、ユリウスの表情は能面のように消えていく。


「魔界では、ダンスって必須なんですね」拓海が訊く。


「いえ。俺みたいな下々の者はあれですが、ユリウス様は、新任の領主としてお披露目の会をしないといけなくて。そこに領内の主だった者たちを招いて、その前でダンスを披露するって決まりがあるんです……それなのに、当の本人がダンスは踊れないし、習うのも嫌だって駄々こねてて。もう、どうしたものかと頭を悩ませていたんです」


「ザックさん、苦労してたんですね」


 拓海とザックの二人から、呆れたような視線を向けられ、ユリウスはわざとらしく咳払いをする。


「こほん。ダンスの話はここまでです……かなり脱線したので、そろそろ授業を始めましょう」

「はい」


 拓海の元気な返事を聞き、ザックは満面の笑みを浮かべたまま、そっとドアを閉めた。



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