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32 ザックの想い

 今日、俺はひとりだった。

 ユリウス様は、ブラッドフォード卿の呼び出しで魔界だし、拓海様も学校。

 なので昼は簡単に、うどんで済ませた。


 午後は病院だ。初音さんの病室に顔を出してお喋りする。そして、スーパーへ。

 人間界のスーパーって、ほんとうにすごいと思う。扱っている商品の種類は半端ないし、パッケージも綺麗だ。手あたり次第に買いたくなるが、俺は必要な物だけをかごにいれて、レジへ向かう。


 因みに、俺が持っている人間界の金は、魔界から渡されたもの。皇子様の身の回りの世話をするって名目で、毎月かなりの額が支給されるようになっている。だから本当はもっと贅沢できる。できるけど、目立つ事は控えろってユリウス様に言われているから、自重してる。


 だけど、これだけは――俺は初音さんお勧めの店にちょっと寄り道してから、家に帰った。


 ◇◇◇


 スーパーの袋を持って台所へ行くと、流しの前にユリウス様が立っていた。


「お帰りなさい。何をしているんです?」

「ああ、ザックもお帰り。要らない物を処分するところだ」

「あれ、でもそれ、まだ新しいんじゃ」

「いいんだ」


 ユリウス様は肘を曲げ、人差し指を天井に向けていた。その指先には、結界術で作った透明な箱が浮かび、中にハンカチが収められている。そして、箱の中のハンカチを見て、薄ら笑いを浮かべている。


 うん? この笑いは、ジェフリー関係かな。あいつのせいで、ユリウス様、とんだ出費を強いられたからな。服は全て廃棄して新しくしたし、部屋の家具は、ユリウス様もちで一式買い替えた。マーサは、自分の金を使わずに新品の家具が手に入って、大喜びしてたけどさ。


 俺がそんなことを考えていると、ユリウス様が呪文を唱えた。

 次の瞬間、透明な箱の中に赤い炎の花が咲き乱れ、ハンカチは跡形もなく燃え尽きた。


 お見事。俺が心の中で感心していると、ユリウス様が指をパチンと鳴らす。

 結界術の箱は、ぱっと消えた。


「そうだ、ブラッドフォード卿との面会はどうでした?」

 俺は買ってきた物を、冷蔵庫にしまいながら尋ねた。


「問題なし。皇子教育も俺の裁量である程度の自由が認められた」

 ユリウス様は嬉しそうに話すと、お茶を淹れてくれた。俺は、商店街で買ってきた塩豆大福をテーブルに出す。


「また、買ったのか?」

「はい。毎日食べたいくらい、気に入ってます」


 俺は酒が好きだけど、甘いものもいける口なんだ。

 二人で緑茶をすすりながら、塩豆大福を頬張った。

 うーん、うまい。甘いあんこに豆の塩気がいいアクセントになって、何個だって食えそうだ。


「そうだ。ノアさんに会った」

「叔父貴に? いいなあ。俺、しばらく会えてないんですよ。元気でした?」


「ああ。家まで送ってもらったんだが……その時、ちょっと厄介な奴に絡まれた」

「厄介な奴?」


「魔王親衛隊だ」

その名前に、俺の眉間から、ぴきっと音がする。


「……あの糞野郎どもが、どうしたんですか?」

「おい、ここはいいが、魔界ではその言い方するなよ」

「わかってますよ……」


 あいつら、自分たちはエリートだと自惚れていて、狼族を卑しい存在だと見下すから、ほんと腹立つ!!

 俺はむすっとしたまま、ユリウス様から事の顛末を聞いた。


「なんなんですか、その若造! いまさら叔父貴に、嫌がらせでもないでしょうに!」


「ノアさん、面識ないし、絡まれる覚えもないって話してた。でもまあ、返り討ちにしてやったから、当分は大人しくしてるんじゃないかな」


「………………」


「おい、親衛隊本部に突撃とかマジでやめろよ。俺達だけじゃなく、ノアさんにも迷惑がかかる」


「わ、わかってますよ。そんな無茶しません……」

 だけど俺は忘れない。叔父貴が親衛隊員だった時に受けた仕打ちを――。

 俺の頭頂部からは、今にも怒りの炎が噴き出しそうだった。


「熱くなるのはわかるけど、ザックやノアさんを頼りにしている奴もいるってこと、忘れないでくれよ」ユリウス様がおどけた口調で言った。

 その声には俺たちへの思いやりが滲んでいて、なんだか胸が温かくなる。


「おい、そろそろ、夕飯の支度した方がいいんじゃないか? 拓海様、今日は、まっすぐ帰って来るって言ってたはずだ」

「あ、そうでした!」


 俺は急いで立ち上がったが、「あ、洗濯物!」庭に干されたままの洗濯物の存在を思い出した。


「洗濯物なら俺が取り込んで畳んでおいた」

「ユリウスさま―」

 俺は、うるうるした目で主を見た。


「おおげさだな。さあ、俺も手伝うから――野菜は何を使う?」

「ええっとですね」


 俺が伝えた野菜を、ユリウス様が冷蔵庫から取り出す。

 そのてきぱきと動く姿に、初めて会った時は俺の半分ほどの背丈しかなかったのに、ふとそんな昔のことを思い出した。


 さあ、今夜から、ついに皇子教育だ。魔王様からの最後の依頼が、うまくいくことを願って、栄養たっぷり愛情いっぱいの夕飯を作るぞ!

 手際よく野菜を洗うユリウス様に負けじと、俺は愛用のエプロンの紐をぎゅっと結んで調理に取りかかった。

 

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