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閑話 あの日ユリウスは

「やっと帰って来た。プリシラを待たせるなんて、い・け・な・い・ひ・と」


 部屋に見知らぬ女がいた。

 いや、見た事はある。香水の匂いがきつく、鼻が曲がるとザックが嫌悪している女だ。

 その女が、不法侵入しただけでなく、俺のシャツまで着こんでいる。

 なんだこれ、夢でも見ているのか? いや、現実だ。だって部屋が香水臭い。


 くそ。即刻、部屋から追い出したい。部屋の換気だってしたい――だけど、それは侵入経緯を明らかにしてからだ。

 それに、今ここで騒ぎを起こせば、マーサに女を連れ込んだと勘違いされて、俺がホテルから追い出される。

 俺は、込み上げる怒りを押し殺し、いつもの笑顔を作った。


「お嬢さん。部屋を間違えていませんか?」


「まさかぁ。ここはユリウス様のお部屋でしょ? プリシラ、ユリウス様に会いたくて来たんだもん。でもぉ、ずいぶん狭い部屋なのね。家具も安っぽいし……あ、わかった。ここって仕事用の物置でしょ。そうに決まってる。だって、お父様の愛犬ジャックの部屋より粗末だもん」


「……はい。自宅は別の場所です」

 俺は女に話を合わせてやった。訂正する手間が面倒くさい。


「やっぱり! じゃあ、わたし、ジェフリーに騙されたのね」


「おや、ジェフリーとお知り合いでしたか?」


「知り合いっていうか、わたしがユリウス様に会いたいって言っていたら、銀貨十枚なら住所を。二十枚なら、部屋の中に入れてくれるって、声をかけられたの」


 あの男――――――!!!!! 

 ねちねち嫌がらせをしてくるジェフリーのにやけ顔を思い出し、殺意が湧いた。


「ねえ。そんなことより、せっかく二人きりなんだから……ね」


 プリシラが上目遣いで見て来る。うー、気色悪い。嫌悪感が顔に出そうだ。だが、貴族令嬢のこの女を怒らせるのは、まずい。万が一、親が高位貴族の場合、あらぬ罪を捏造されて、こちらが損害を被るおそれがある。なので、女を納得させて自発的帰還を促すのが上策。


「素敵なお嬢さん」

「プリシラって呼んで」


「では、プリシラ嬢。私と肉体的な接触を、お望みですか?」

「やだ。ユリウス様ったら、そんな直接的な……はい。もちろん♡」


「では、メイクを落としてきていいですか?」

「は? メイク? ユリウス様メイクしてるの?」


「はい。身だしなみとして毎日しています。親密になるのでしたら、やはり素顔のほうがいいかと……」


「そ、そうね。わかった、プリシラ待ってる」


 女から離れてバスルームに入った。洗面台の引き出しを開けて、二重底に隠してある小さな紙片を取り出す。紙には魔方陣が書いてある。それは、マックスお手製の短時間だが、外見を変えることが出来る優れ物だ。

 さあて、あの女がしっぽを巻いて逃げ出すような、そんな顔にしよう。変化後の顔をイメージして、魔方陣に魔力を流し込んだ。


 ◆◆◆


 やっぱりいたか。

 雑居ビルの暗闇に隠れて、ホテル・マーサの裏口を見張っているジェフリーを見つけた。奴は、裏口から出て来たプリシラが、待たせていた車に乗り込むのを見てなにやら興奮しだした。


「おいおい。まだ、十分ぐらいだろ。もう終わったのか? まったくユリウスのやつ、どんだけ早いんだよ」

 ジェフリーが腹を抱えて笑い出した。


 うん。そうか、そうか。楽しいのか。良かったな。ま、笑っていられるのも、今のうちだ。せいぜい、楽しんでおけ。だって、これから地獄を見るんだからな、お前は!

 俺は、笑い続けるジェフリーの背に、そっと手を伸ばした。




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