閑話 あの日ザックは
時は深夜。人気のない橋のたもとに俺はいた。
川風を受けた主の長い髪が、夜気の中で不規則に揺れ動く。
普段なら、きれいな銀髪だ、となるのに……今夜は、目を合わせた者を石に変えるという怪物の蠢く頭髪みたいで、なんだか落ち着かない……。
俺は、黙ったままのユリウス様に、恐る恐る話しかける。
「あのー。本当にやるんですか」
「……ああ」超低音ボイスが返って来た。
「えっと、拳骨くらわして説教するんじゃ……駄目、ですか?」
「絶対駄目だ!!!!」
ユリウス様は、俺に背を向けているので表情は不明。だけど、全身から発している怒気のせいで、体がびりびりする。うー、つらい。
「でも、一応、顔見知りですし」
「いいか、こいつはあの女に俺を売ったんだぞ!」
あっ、振り向いた。ひぃ。目が、目が怖い……。
だけど、止められるのは俺だけだ。頑張れ、俺。
「お怒りはもっともです。俺だって許せませんよ。嫌がらせにも限度ってものがありますからね。奴にお灸を据えるのは必要だと、俺も思います……でも、これはやり過ぎじゃ……一歩間違えれば川に落ちて溺死ですよ」
「ふん。助かるかどうかは、こいつの運と心掛け次第だろう」
あー、無理みたいだ。
そりゃあ、家に帰ったら知らない女が、自分のシャツを着て出迎えたんだ、驚くよ。それも、小遣い程度の金で手引きしたなんて、腹も立つだろう。
でも、縄でぐるぐる巻きにして橋から吊るすだなんて、そんなの暗黒街の奴らが裏切り者を始末するときの方法だ。
凶悪な犯罪者と対峙した時だって、命を奪うような事はしなかったのに、今夜、俺は殺人犯になるかもしれない……ううう。ごめんよ、親父、お袋……。面会には来なくていいからな。
「安心しろ、ザック。こいつは、ちんけな小悪党だが、文官としては、そこそこ優秀らしい。だから、命を奪う事はしない。……しないが、犯した罪の贖いは、きっちり果たしてしてもらう!」
良かったー。溺死コース確定かと思ったけど、そうじゃないらしい。
「じゃあ、その後はどうするんです?」
「俺の情報屋として、こき使ってやる」
「なるほど……でも、素直に言う事を聞きますかね?」
「正攻法では無理だろうな……だから、吊るすんだ。こいつに骨の髄まで恐怖を味合わせて、誰がご主人様なのか、教えてやるんだ」
あー、完全に悪者顔になってる。
ここまで、ユリウス様を怒らせるなんて……。
俺は、足元に視線を落とした。
そこには、拉致してきたジェフリーっていう文官が転がっている。気絶している間に服を脱がせて、パンツ一丁で縛り上げたっていうのに、まだ目を覚まさない。呑気な奴だよ。まったく。
「それじゃあ、始めますよ」
「演技忘れるなよ、ザック」
「はいはい。俺がムチで、ユリウス様がアメ役ですもんね。わかってますって」
俺は、与えられた役をこなすべく、ジェフリーを叩き起こした。




