27 仮面の少女は意地悪 2
「こんな昼間から読書だなんて、さぼり? それともクビになったの?」
突然現れた仮面の少女が、からかうように訊いてきた。
「どうやって入った? 部屋の鍵は解錠出来ないよう術がかけてあったはずだ」
「どうって、窓が開いてたから」
「あ」
確かにドアには術をかけたが、窓は無防備に空け放したままだった。自分のうかつさに、ユリウスが言葉を詰まらせていると、少女は珍しそうに部屋の中を見て回る。
「それにしても地味な部屋ね。本しかない。こんな部屋じゃ、恋人なんて呼べないんじゃないの? あ、そういう人いるはずないか。皇子が一番だものね」
「大きなお世話だ……そんな事より、ここに来た目的は? 招待した覚えはないぞ」
ユリウスは少女の首に巻かれた包帯に気づいた。それはユリウスが負わせた傷だ。当然、その報復に来たと考えるべきだが、目の前の少女からは、相変わらず殺気が感じられない。それどころか、ソファーに座って寛ぎだした。
「ねえ。喉が渇いたわ。飲み物ちょうだい」
「断る。君は客ではないし、友好関係を結んだ覚えもない」
「友好関係? ないない、そんなもの。頼まれたってごめんよー。あ、でも、皇子とは結んだんでしょ?」
「結んではいないが、皇子教育を開始することになった」
「呆れた……頭、大丈夫? あいつに、さんざん虐げられたんでしょ。それなのに、ちょーっと素直な様子を見せられたからって、簡単に許したの? あなたって大馬鹿者か筋金入りの腰巾着体質なのね」
相変わらずの口の悪さに、ユリウスはため息をつく。
「……用事がないなら、そろそろ帰ってくれ」
「えー、まだ話は済んでないんだけど」
「そうか。でも、こっちにはない」
ユリウスはにっこり笑い、無理やり追い出そうとした。だけど、ユリウスが伸ばした手を、ひらりとかわされてしまう。
「おい。いい加減に」
「もう一つ、質問があるの。ね、もう一つだけ」
「……答えたら出て行くか?」
頷く少女を見て、ユリウスは「なんだ」と尋ねる。
「家庭教師を辞めようとしたでしょ? どうしてなの?」
「ノーコメント」
「なによそれ。教えてくれなきゃ、帰らないわよ」
「はあー……実は、気後れしたんだ。家庭教師なんてやったことがないから。ほら、答えたぞ。もう帰れ」
少女を追い出そうと、その手を掴む。目が合った。先ほどまで機嫌良さそうに笑っていたのが嘘のように、ひどく禍々しい顔をしている。
「嘘つき。あなたは嘘つきよ」
驚くほどの力で、突き飛ばされた。
ソファーで仰向けになったユリウスに、少女が馬乗りしてきた。
「何を」
「しっ」
少女は、ユリウスの唇に細い指を押し当てた。
「ここにいるのは、あなたとあたしだけ……誰にも言えない、本当の気持ちを聞かせてよ」
「………………」
「じゃあ、代わりに言ってあげる――家庭教師を辞めようとしたのは、皇子のそばにいたら、何をするかわからない。あなたは、そう思ったのよ……ふふ。隠さなくていいのよ。皇子に負わされた心の傷がそう簡単に癒えるはずないもの……ねえ。だったら、いっそ復讐するのはどう? 非力な人間が魔法や剣の練習をするんだもの、その最中に死亡したって、誰もあなたを咎めたりしない」
なまめかしい笑みを浮かべながら、ユリウスの頬を撫でる。
「馬鹿を言うな……そんなの……許されない」
「大丈夫よ。だーれも見てないもの」
「…………」
「剣で斬り刻むのは? それとも槍で串刺しにしちゃう? うーん。もっと自然な方法が良いわね――だったら魔法の授業ね。魔力が制御できずに、“転落死”――皇子にお似合いじゃない?」
「やめろ!!」ユリウスが叫んだ。
「君は、君は一体何を言っているんだ……故意に事故を起こせというのか? 相手は皇子だぞ。そんなこと出来るわけがない!……それに、もう過去の出来事だ。復讐なんて望んでない!」
声を荒げるユリウスに、少女は不思議そうに首をかしげた。
「でも、これをくれた人は、それを望んでいる。一族の恨みをはらして欲しいって」
少女は、すっとユリウスのペンダントを指差した。
「……君は、何者なんだ? 一体、何を知っている!」
少女に詰め寄ろうとした瞬間、「いたっ!」顔に痛みが走る。
目を開けると、読んでいた本が顔に乗っていた。
起き上がって部屋を見渡したが誰もいない。窓も閉まっている。どうやらソファーで居眠りをしていたようだ。大量の洗い物のせいで、あまり寝ていなかった。
「……さっきのは、夢だったのか……」
まったく。勝手に夢に出てきて言いたい放題とは……今度会ったら、前回の分と合わせて、お仕置きだな。
当の本人が聞いたら、「何よ、そんなの八つ当たりじゃない!!」と文句を言われそうな事を考えていたら、ドアを叩く音がする。
「ユリウス君、帰っているのかい? いい茶葉が手に入ったんだ。良かったら飲みに来ないか?」
「あ、はい。伺います」
「じゃあ、待ってるよ」
ユリウスは部屋を出る時、いつもより念入りに施錠を確認した。そして階下に住む、男性の部屋へ向かった。




