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25 狼族のノア

 ブラッドフォード卿との面会が終わった。

 執事に見送られて玄関を出た俺は、無事に済んだと、ほっと一息つく。

 さて、また歩くかと思っていると、名前を呼ばれた。


「お久しぶりです。ユリウス様」

「ノアさん!」


 ザックの叔父のノアだった。

 彼は狼族ながら、魔王親衛隊に所属した事もある異色の経歴の持ち主だ。容姿も、いかつい輩が多い狼族には珍しく、穏やかな雰囲気で整った顔をしている。だが、その顔の半分は、長く伸ばした髪で隠れていた。ザックによれば、親衛隊時代に負傷した傷を隠す為らしい。ザックは、自分と年が近いこの叔父をとても尊敬している。


「ザックが世話になっています」

「こちらこそ、いつも助けてもらっています」

「変わりませんね、ユリウス様は。狼族でも対等に扱ってくれる……そうだ。聞きましたよ、領地を拝領した事。おめでとうございます」

「ありがとうございます。これもザックや周囲の方のおかげです」

「まったく、そこは自慢しても良いところですよ」


 あくまで控えめなユリウスに、ノアは優しく微笑んだ。


「ユリウス様を送るよう言われていますので、どうぞ乗ってください」


 駐車していた高級車のドアを開けてくれた。魔界の車は、人間界のクラシックカーと呼ばれる物によく似ている。


「行先は、自宅があるダウンタウンでいいですか?」

「はい。お願いします」


 ユリウスは礼を言って乗り込み、ノアの運転で車が走り出した。


「さっきのいたずら、すみませんでした」


 いたずらと言われて、思い当るのは――。


「ひょっとして、カイル様のことですか?」

「はい。根は優しい子なんですが、少々やんちゃな所がありまして」

「ノアさんは、カイル様の護衛なんですね?」

「ええ。持ち場の異動があって、今年からカイル様を担当しています」


 ブラッドフォード卿の息子の護衛役ともなれば、ずば抜けて優秀なのだろう。そう言えば、親衛隊を辞めた後、ブラッドフォード卿直々に声をかけられたのだと、ザックが鼻高々に話していたのを思い出した。

 車はいつの間にか一般エリアに入った。


「ノアさん、後ろの車、さっきからついてきますね」

「ええ」


 ノアは、バックミラーをちらりと見た。一般車ではなく、魔王軍で使用されるいかつい車が映る。だが、軍の車と異なり、ナンバープレートに金色の星が刻まれている。


「あの刻印……魔王親衛隊ですね」ノアが言った。

「魔王親衛隊が追いかけて来るなんて、どういう事だ」


 ユリウスは訝しむ。ノアは以前、魔王親衛隊に所属していたが、それは十年以上前のはず。懐かしくて追いかけて来た――という訳ではなさそうだ。

 それにサイドミラーに映る運転手の顔は、どう見ても友好的な表情ではない。

 皇子の件か? いや、親衛隊は魔王様直属の機関だ。違うな。


「ユリウス様。シートベルトは着用していますか? 少々、飛ばします」

「はい、おまかせします」


 ユリウスが答えた瞬間、ノアがアクセルを踏み込んだ。当然、後ろの車も速度をあげて迫って来る。でも、ここは、一般エリア。周囲の車は一般市民が運転しているので、強引に振り切る事はしない。


「随分若そうな奴ですが、面識はありますか?」ユリウスが尋ねた。

「いいえ。知らない顔です。といっても、親衛隊の連中と特に付き合いは……あ、いえ。一人だけ、たまに飲みに行く奴はいます。それにしても、あんな若い隊員とは接点がありませんね」

「うーん。じゃあ、何故ついて来るのか、やはり不明ですね」

「はい――でも、元親衛隊の先輩として、後輩にちょっと指導してやりたいんですが、いいですか?」


 茶目っ気たっぷりに聞いて来るノアに、ユリウスも笑いを堪えて答える。


「はい。しっかり指導してやってください」

「了解です!」


 一般エリアを過ぎ、ダウンタウンに入った。

 ノアは、いきなりハンドルを切って、横道へ入る。後続の車も、ぎりぎり付いて来た。ミラー越しに驚いた顔が見えて、ユリウスがふっと笑う。

 ノアは路上駐車で道幅が極端に狭くなっている道路を軽やかに走行する。一方の親衛隊員は、運転が不慣れなのか、車体をこすりながら、必死に追いかけて来る。


 狭い道を抜けて大通りに合流した。

 ユリウス達の車は、車の間を縫うように、巧みに車線変更を繰り返す。それを逃すまいと追う親衛隊の車は、かなりの危険運転だ。恐れをなして周囲の車が、一斉に距離を取る。

 その時、前方の信号が点滅しだして、ユリウス達の車が停止した。


 追いかけて来た親衛隊員は、ユリウス達の後ろに止まろうとした車に、クラクションを鳴らして強引に場所を譲らせ、真後ろにつく。


 律儀に交通ルールを遵守する姿に、「さっさと行けばいいのに、真面目か」と馬鹿にしたように笑っていると、停止していたはずの車が急発進。信号が変わる寸前、交差点を駆け抜けてしまった。


「な!」油断していた親衛隊員は、慌ててアクセルを踏む。だが、違う方向から侵入してきた車と接触してしまった。頑丈な親衛隊の車は無事だが、接触した車が派手に横転する。次の瞬間、荷台から興奮した様子の鶏が飛び出した。


「あらら。捕まえるの大変ですね」ユリウスが後方を見ながら言う。

「そうですね。……でも怪我もなさそうだし、良かったです」

 ユリウス達の車は、交差点から少し離れた所で停止して、様子を見守っていた。


 横転した車の運転手が、降りて来た親衛隊の若者に、猛抗議している。その周囲で鶏が走り周り、大量の羽が舞う。そして、どこから湧いたのか、ダウンタウンの住人が大勢現れ、鶏を捕まえて逃げて行く。交差点は大混乱になった。


「さて、そろそろ行きましょうか」


 ユリウス達の車は、再び走り出した。


「ノアさん。親衛隊本部からクレームがくるようでしたら、自分も一緒に行きます」

「あー、それはないと思いますよ。彼らは、魔王様直属という山よりも高いプライドの持ち主です。追いかけていた車にしてやられたなんて、絶対に報告しません」

「そういうものですか?」

「ええ。おまけに狼族にやられたなんて、あってはならない事ですから」


 そう言って笑うノアに釣られて、ユリウスも笑った。


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