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23 つむじ風の行方

 駅に近い、とあるマンションの最上階。

 そこは、ワンフロアに一戸という贅沢な造りで眺望と日当たりが良く、また隣人がいないのでプライバシーが保たれる優良物件だ。

 その最上階のルーフバルコニーで、つむじ風が吹いた。と、次の瞬間、仮面をつけた少女と背の高い女性が姿を現した。


「疲れたー」


 女性は大きく伸びをすると、目深に被っていたフードを上げる。


 目鼻立ちが整った美人だった。街を歩けば男達が振り返る、そんな華やかな容姿をしている。


 二人は、開けておいた窓からリビングに入って行く。リゾートホテル風のお洒落なインテリアの中に、下町で買ったような純和風な小物も飾ってある。


「あー、喉乾いた。お嬢、お茶」


 美女は、クッションを抱えてソファーに倒れ込むと、お茶を催促する。


「ちょっとー、疲れたのは、あたしとエリンで、ルルは何もしてないじゃない。あの狼を引き留めておいてって頼んだのに、あいつ目を覚まして乱入して来たのよ。そのせいで、今夜の計画が台無しになって――エリンだって酷い目にあったんだから。ねえ、エリン」


 少女は腕の中の縞模様の生き物に話しかける。そこには子猫ほどの大きさの虎が、すやすやと寝息を立てていた。


「あれえ? エリンが熟睡してるのって、お嬢の為に無理して成獣に変化したからだよね?」


「う、うん」


「それと、あの家に侵入出来るよう、色々手配した功労者は誰だっけ?」


「ルルです……」


「しかも、こーんな時間外労働させられて、くったくたなんだけど――あ! でも今夜の仕事って、危険任務手当出る案件じゃないか? そうだ。あとで執事のパルマさんに訊いてみようかな?」


 ルルが人の悪い笑みを浮かべながら、ちらりと少女を見る。


「悪いとは……思ってます。付き合ってくれて、ありがとう」


 少女は、ソファーに座るルルにぺこりと頭を下げ、そして眠っているエリンをそっとソファーに置く。


「お湯沸かしてくるね」


 少女はキッチンへ入って行きながら、つけていた仮面を、ぽいとカウンターへ投げた。


「あー、これで人間界ともおさらばか……ねえ、お嬢。魔界に帰る前にさ、行きたい店があるんだよ」


 ルルはラーメンが表紙の雑誌を手に取った。リビングテーブルには、それ以外にも女性誌やカフェ特集の雑誌などが置いてある。


「まだ帰らないわよ」


「え、どうしてさ。皇子については、ミッションクリアだろ?」


「……そっちは、まあ、不完全燃焼ではあるけど、言いたい事は言えたから、もういい……それより、あのふざけた男よ! あいつ涼しい顔して、また皇子に取り入ってたのよ。本当、何考えて生きてるのかしら? まさに厚顔無恥。チェザーレの恥よ。あーもっと悪口言ってやれば良かったー」


 キッチンから響く喚き声に、ルルがわざとらしく耳を塞ぐ。


「……あのさあ、他人さまには、その人なりの考えや、抱えてる事情ってものがあるんだ。表面だけで判断するのは、止めときなよ」


「それは……そうかもしれない、けど」


「ねえ、お嬢。ここに来る前に約束したよね? 皇子に文句を言ったら帰るって。これ以上人間界にいたら、お屋敷を抜け出してるのがバレるって。そうなったら間違いなく外出禁止。ううん。一生部屋から出してもらえないかも。それに当然、お嬢と行動を共にしたあたいも、お嬢専属侍女をクビになって無職。家なき子になっちゃう」


「そんな。ルルがクビなんて、絶対駄目!!」


「だろ?……じゃあ、どうするのが賢明かわかるよね、リリアーナお嬢さまぁ」


「…………わかったわよ。迷惑かけられないから……帰り、ます」


「よく言った。でも、この店だけは絶対行こうね! と、ねえ、お茶まだあ?」


「今、お湯湧いたとこ――あ、痛い!」


「どうした、お嬢!」


 だらけていたルルがぱっと飛び起き、キッチンへ向かう。


「急に、首が痛くなって……」


「どれ、みせてみ……あっちゃー、やられたね。これスナイルの毒だよ」


 リリアーナの首が腫れていた。傷口は赤紫色に変色し、黄色いぶつぶつも出来ている。


「あの短剣に毒が仕込んであったのね!」


「待ってな。手当てするから」


「大丈夫。自分で治すわ」


 リリアーナが傷口に、右手をかざす。手のひらから、きらきらした光の粒子が放たれ、化膿した傷口が一瞬で奇麗になる。まるで初めから傷などなかったように、白く滑らかな肌だ。


 ルルが、「ひゅう」と口笛を吹いた。

「さすがお嬢、唯一の特技!」


「な、唯一じゃないから……決めた。やっぱりまだ帰らない」


「えー、なんでさ」


「やられっぱなしだなんて、そんなのうちの一族の名が泣くわ。この、リリアーナに傷をつけた報いを、必ず受けさせてやるんだから!」


 緑色の瞳に闘魂の炎を燃え上がらせ、拳を握るリリアーナに、ルルは諦めたようにため息をつくと、リビングへと戻って行った。


 その日の深夜。

 リリアーナはベッドに入ってからも、まだ苛々していた。


「まったく、なんなのあいつ。治癒魔法が使えなかったら、ひと月もの間、膿と痒みで苦しむところよ。乙女の体を傷つけるなんて、本当最低! おまけにあたしをおちょくったその罪、魔王様に代わって、きっちり償わせてやるんだから!!」


 ベッドの中で、じたばたしながら文句を言っていると、いきなり部屋のドアが開いた。


「何時だと思ってるんだ。いい加減おとなしく寝ろ!!」


「ご、ごめんなさい……」


「つぎ、大声出したら、朝ごはん抜きだからね!」


 ルルは、ドスの利いた声でそう警告すると、欠伸をしながら部屋から出て行った。

 リリアーナはルルの登場でよけいに目が冴えてしまい、そっとベッドから降りると、窓辺で外を眺めた。そこに無数の明りが灯っている。


「人間って夜更かしが好きなのね」


 不意にある事を思い出し、即実行に移す。


「魔界の偉大なる魔王様。どうかお願いです。あのふざけた男のサラサラ髪をごわごわのくせっ毛にしてください。そしてどんどん頭髪が薄くなり女性に全く縁がなくなって、己の罪深さを学びますように……どうか、わが祈りをお聞き届けください」

 両手を組み、熱心に祈った。


「これで良し! あいつの泣き顔が楽しみだわ」


 その姿を想像しようとして、今日の出会いを思い出した。


 切れ長の青い瞳が奇麗で、目が合った瞬間、ドキッとしたんだよね……。


「ば、ばかばか。何を言ってるのよ! 例えちょっと顔が良いからって、あんな乙女の敵、このあたしがコテンパンにしてやるんだから。待ってなさいよ、ユリウス・チェザーレ!!」」


 リリアーナがその場で、地団駄を踏んでいると、部屋のドアが荒々しく開いた。びくっとしたリリアーナが恐る恐る振り返ると、そこに般若の面が――いや、恐ろしい形相のルルがいた。


「あ、あの、ルル、これはね」


「何度言ったらわかるんだ。とっととベッドへ行けー――!!!」」


 鼓膜が痺れる程のルルの怒声に、リリアーナはすぐさまベッドへ直行する。

 こんなに大騒ぎしているのに、ディタイガーのエリンは、リリアーナのベッドで眠りこけていた。



 朝になった。

 ルルは欠伸をしながら食べ終えた皿をキッチンに運ぶ。その足元には、子虎の姿をしたエリンが朝ごはんを求めて、まとわりついている。


「あれ、足りなかった? まあ、昨日大活躍だったもんな……よし、今朝は大サービスだ。ちょっと待ってな」


 ルルが棚から缶を取り出す。超お高い事で有名な猫缶を見て、エリンは嬉しそうに「にゃー」と鳴いた。

 ルルがカウンターの置時計に目を遣り、「おーい、お嬢。そろそろ時間じゃないのか?」と声を掛けた。


 廊下から、「やば、遅れる。行ってきまーす」と慌てた声がする。


 玄関のドアが勢いよく開き、制服姿のリリアーナが飛び出し行く。


 部屋の表札には、「SUGISAKI」と書かれていた。




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