21 酔っ払いのザック
拓海を連れて行ったザックが戻って来た。
「拓海様は、寝たのか?」
「ベッドには入りました。でも、寝れないと言うので、子守歌を歌ってあげたんです。なのに……追い出されちゃいました」
しょんぼりするザックが可笑しくて、ユリウスはふっと笑みをこぼす。
「……落ち着いたようですね」
「ああ……情けない姿を見せて、すまない」
呪われた一族だと陰口を叩かれても、素知らぬ顔でやり過ごす術は身につけたはずだった。なのに、拓海に面と向かって、あの日の話題を出され……俺は、動揺してしまった。まったく、情けない……。
「いいんですよ。誰だって、弱いところがあるんです。でも」
ザックがユリウスの顔を観察するようにじっと見る。それから、台所にある家庭用ワインセラーからワインを取り出すと、ナイフとワインオープナーを使って、コルクを抜いた。
「おい。勝手に」
ユリウスは慌てるが、ザックは余裕の笑みを浮かべている。
「大丈夫ですよ。初音さんから、ワインセラーの物は、自由に飲んで構わないとお墨付きをもらってます」
「え、そうなのか?」
「はい。それと、冷蔵庫のチーズも、食べてねって言われました」
ザックが手際よくチーズをカットしてテーブルに置く。
「さ、どーぞ」
「なんで、急にワイン?」
「ユリウス様、青い顔をしてます。だから気付け薬に、いいかなと思って」
「嘘つけ。お前が飲みたいだけだろ」
「あれ、ばれました?」
二人は顔を見合わせると、くすくす笑った。
しばらく黙って、ワインを楽しんでいたが、ふとユリウスが流しに目をやる。
「洗い物が大量にある。そろそろ始めよう」
「あー、大丈夫。今夜は俺が一人でやります。ユリウス様は、ゆっくりしてください」
「そう言っても、二人でやった方が」
「ユリウス様!!」
ザックがいきなり大声をだした。
「馬鹿。声が大きい。拓海様が起きちゃうだろ」
「えー、大丈夫ですって。そんな事より、さっきの侵入者ですよ。どうしますか、あいつら」
「ほっとけ」
「え、いいんですか? 拓海様を襲ったんですよ」
「襲うっていっても、殺意はなかったからな」
そう。あの仮面の娘の目的は、お仕置きみたいだ。だったら、あの時、見逃していれば――あ、いや、それは駄目だな。うん。
「それと、遅れて来た奴。ほんと、腹たつー。俺を眠らせやがて」
「ああ、あいつか……」
ユリウスは、侵入者を取り逃がした時の事を思い出す。
つむじ風が巻き起こった一瞬、フードを被った女が、声を出さずに唇だけ動かした。
『紙芝居は楽しかった?』と。
ユリウスが拓海の元へ駆けつけたのは、鞭が放たれるより前だった。正座したまま紙芝居を聞く拓海に面食らい、様子見をしていたのだ。それであの時、拓海に咎められたコディは、自分と同じく紙芝居を聞いていたユリウスの方を見たのだ。
ザックには、ああ言ったが、強固な結界をものともせず、侵入してきた手口は気になる。そして、爆発。逃走経路を確保する為ではなかった。だとすれば、単に力を誇示したかったのか、あるいは破壊することで証拠隠滅を図ったか――やっぱり、調べないといけないな。
「ちょっと、聞いてますかあ、ユリウスさま」
「ああ、すまん。なんの話だ?」
「だぁかぁらー、あいつら、拓海さまの嫁の座を狙いに来たのかもって、話しですよ」
「はあ? 王族に嫁入りしたい奴が、ディタイガーなんて物騒な魔獣を連れ来るか?」
ディタイガーとは、仮面の少女と共にいた魔獣のことだ。額にダイヤモンドに似た魔法石を持ち、雄がブルーで雌はピンク。輝きが強い程、魔力が強いと言われている。今回のは、ピンク色の魔法石だったから、雌だ。
「まあ、そうですね。ディタイガーが人に懐くなんて聞いたことないけど……は! まさか!!」
「どうした?」
「あの娘、ユリウスさまの嫁になりたいんじゃ」
「……お前、もう酔ったのか? いいか、あの娘、拓海様よりも、俺の悪口の方が多かったんだぞ。しかも、全魔界女性の敵認定までして、まったく訳がわからん」
「あー、そうでした。婚活地獄って。くくくく。あー、可笑しい」
大笑いするザックを、ユリウスは冷たい目で見る。
「あー、こほん。すみません……でも、安心してください。ユリウスさまの奥方は、俺がぁ、責任もって見つけますから」
「俺より、お前の方が先だろ」
「駄目。ぜーったい、ユリウスさまが先でーす」
にやにやするザックに、完全に酔ったなとユリウスは苦笑いする。
「でも、ユリウスさまってば、あの娘に、ずいぶんと優しかったですよね? 傷も治そうとしたし」
「ああ。短剣には、スナイルの毒を仕込んでいたからな」
「うわっ、それじゃあ今頃、傷口が膿んで、ぐちゅぐちゅですね。スナイルは猛毒じゃないけど、一ヶ月は体から抜けない、厄介な毒ですもんね」
「毒消し草は効かないし、治癒魔法で治療してもらわない限り、家でおとなしく寝ているしかない。今回の罰としては、充分だろう」
「確かに、治癒魔法って、魔界じゃ、超、超、貴重ですからねえ。なんと言っても、俺たち魔界人は攻撃魔法に特化した種族ですもん」
誇らしげに胸を張るザックに、ふと思い出したことを訊いてみる。
「そういえば、何か報告したい事があったんじゃないか?」
一瞬、きょとんとするザックが、「ああ」と話し出す。
「実はれすねー、あの娘が、気になる独り言をいったんです」
「独り言?」
「俺が、『ユリウス様は治癒魔法を使えるんだぞ!』って言ったときれす……あの娘は、『まだ儀式は受けてないはずなのに』って、ぼそっと言ったんです。まあ狼族の俺にしたら、あれくらいの声、余裕で聞き取れますからね。あははははは」
大笑いするザックの前で、ユリウスは考え込む。
どうしてチェザーレ一族の秘密を知っている。拓海の情報を漏らした者が教えたのか?
「あの娘には、もう一度会う必要があるな」
ユリウスの言葉に、ザックが大きく頷いた。
「そうれすよ! 今度会ったら、ユリウスさまに謝罪させますからね。ひっく」
「謝罪? なんの?」
「一生独身って言ったことれす!」
ユリウスがむせた。
「ユリウスさまは、領地に帰ったらすぐに結婚れす。もてもてだから、婚活なんて必要ないぞって、あの娘に教えてやるんですう」
「……そんな恥ずかしいこと、絶対言うなよ」
「えー、いいじゃないれすかー」
ザックは、何が面白いのか、けらけらと笑う。その顔は真っ赤で、テーブルの上には空になったワインボトルがいくつも転がっている。
「あ、いつの間に!」
「お袋がれすね、ユリウスさまが帰ったら、すーぐ見合いできるようにって、そりゃあ、張り切ってます。それでえ、気に入ったら、すぐに結婚です」
ユリウスは盛大なため息をついた。ザックの母親ナタリアが、最近やたらと縁談を勧めてくるので、困っているのだ。
あの娘のせいで、藪蛇だ。次に会ったら、もう少しキツイお仕置きが必要だな。
ユリウスが眉間に皺を寄せていると、不意に声がした。
「ユリウスさん。結婚するんですか?」
寝たはずの拓海が、台所に戻って来ていた。




