20 ユリウスの過去
「次は、ユリウスさんの話しをお願いします」
拓海は自分の話しを終えると、今度はユリウスの番だと水を向ける。
ユリウスは壁に掛かっている時計をちらりと見た。日付はとうに変わっている。それに気付いたザックが、拓海に言う。
「拓海様、もう寝る時間ですよ。ユリウス様は、逃げませんから。話は、また今度にしませんか?」
「えー、僕、まだ眠くありませんよ」
就寝を勧めるザックに、拓海は口を尖らせる。
「だって、ザックさんが言ったんですよ。僕達は会話が足りてないって。だから、僕は自分の話しをしました――なら、今度はユリウスさんの番でしょ」
その言葉に、ユリウスとザックは顔を見合わせ、ユリウスが小さくため息をついた。
「わかりました。お話しします……でも、そんなに期待されるような物じゃないと思いますよ」
「大丈夫。僕、ちゃんと聞きますから」
懐疑的なユリウスへ、きらきらした瞳を向ける拓海。そんな拓海に、ユリウスは諦めて話し出す。
「私は、王都から少し離れた場所に住んでいました。家族構成は、両親と年の離れた兄が一人。あ、犬も飼っていました。とても賢い子で、私によく懐いていました」
そうだ。あの頃、俺はその辺にいる子供と何ら変わりのない、普通の少年だった。
「いいなあ。お兄さんがいるんですね。そのお兄さんは、今、何をしているんですか?」
「……兄は、亡くなりました」
「え? あ、すみません。僕、余計な事を聞いちゃって……」
「いえ、大丈夫ですよ。家族を亡くしたのは、随分前の事ですから」
ユリウスの寂しそうな笑みに、拓海の胸が痛む。
あー、僕の馬鹿! ユリウスさんは、身寄りを失くして、それで皇子と一緒に住んでたって、前に聞いたのに……無神経な質問しちゃった。な、何か別の話しを――。
「じゃ、じゃあ、前世の僕? 皇子とはどうやって知り合ったんですか?」
拓海の何気ない言葉で、部屋の中に、ぴりっと緊張が走った。ユリウスから笑みが消え、ザックが険しい顔になる。
え、え、え。何これ? 僕、そんなまずい事を聞いちゃったの?
「はい。今日はここまで。さ、お部屋に行きましょう」ザックが言う。
「でも……ユリウスさんが」
拓海は、青い顔で黙ってしまったユリウスを心配するが、
「さあさあ。子供は寝ないと、大きくなれないんですよ」と明るい口調のザックに抱きかかえられ、強引に連れて行かれた。
静かになった台所で、ユリウスはぼんやりとテーブルを見ていた。
拓海に訊かれた、皇子との出会い……それは、忘れられない。いや、決して忘れてはならない喪失の日。チェザーレ一族が虐殺された日だ。
あの日、屋敷には、チェザーレ一族が集まっていた。祝いの宴が催されることになり、大人も子供も浮かれていた。
俺は、従者になったばかりのザックに付き合ってもらい、近くの谷に花を摘みに行った。正確には宴の主役に、摘んで来い! と命令されたからだ。
目当ての花が見つからず、帰宅が遅くなってしまった。俺とザックは、急いで屋敷に戻ると――。
そこは、一面、血の海だった。
むせかえるような血の匂いの中、累々と横たわる屍たち。不在だった俺を責めるような目で、こっちを見ている。俺は、恐怖で声も出ない。
先に動いたのは、ザックだった。生存者はいないかと、家の中を見て回る。
ひとりになった俺は、両親を求めた。
「お、お父さん……お母さん。どこ、どこにいるの? 隠れてないで、出て来てよーーー」
泣きながら叫んでいると、玄関そばの応接室から物音がする。俺は、両親だと思い、走った。
だが、そこにいたのは、すでに事切れた親戚たち。
「ユ、ユリ……ウ……ス」
「サムエル!!」
この部屋で唯一の生存者は、俺の友達のサムエルだった。
「し、しっかり。しっかりするんだ!」
涙でぐちゃぐちゃの顔で叫ぶ俺を、サムエルは力のない目で、見上げた。もう長くないのは、幼い自分でもわかった。
「何が、何があったの?」
「わ、わから……ない。いきな、り……おそわれ…ごほ、ごほごほ」
サムエルの口から、血が溢れ出た。真っ赤になった彼の口元を、俺は、自分の服で、そっと拭いてやる。
「……ぼ、く……もうだめ、なのかな」
「大丈夫。大丈夫だから……」
「い、きて……いた…………かった」
その言葉を最後に、サムエルは息を引き取った。
「おい。台所から火が出た。逃げないとまずい!」
呆然とする俺をザックが抱きかかえた。
避難する時、燃え盛る炎が見えた。
家族が、一族が……楽しかった思い出が、屋敷と共に消えていくのが、見えた。
そして、やって来た。
会う者すべてを魅了する麗しい仮面を被ったあの方が――。




