17 もう一人の招かれざる客
少女を奪取した魔獣が、階段の踊り場にいる。その傍らには、フードを目深にかぶった何者かが立っていた。
「遅いよ。大変だったんだからね」少女がわめく。
「あー、めんご。帰ったら、ゆっくり聞くからさ」
少女よりも年上らしい女の声がする。
「いつの間に……」
ユリウスは、新たな侵入者にまったく気づかなかった。それどころか、ザックが抑え込んでいたはずの魔獣も自由になっている。
ばっと、振り返ると、またもやザックが安眠していた。胸の上で両手を組んで。
「はいはい。今日のところは、これでお開きにしよう。夜も遅いしね」
緊張感のない声で、女が提案してきた。ユリウスは、にこりともせず答える。
「逃がすと思うか?」
「うん♪」
侵入者が右手に隠し持っていたスイッチを押す。
ユリウスの背後で爆発音がした。玄関に飾られていた置物が吹き飛び、爆風の余波で、玄関のドアが外れる。
侵入を防ぐ結界を破って家に入り込み、さらには爆発物が仕掛けられていた。ユリウスの短剣が、大振りの剣へと変化した。
「あー、悪かったよ。ちょこっと、驚かせようと思っただけだから、そんなに目くじら立てないで。こっちは、お兄さんみたいに、戦い慣れしてないんだ。無駄な争いは、なしにしよう。ね」
「駄目よ! あのイケメン気取りの性格悪男は、全魔界女性の敵よ。ここで一発かまし」
「はいはい。ちょっと、黙ろうか。ややこしくなるからさ」
「ううう……」
少女は、口にガムテープを張られて、喋れなくなってしまった。
全魔界女性の敵って……悪口がスケールアップしてないか?
ユリウスは内心でつっこみを入れる。が、今は目の前の侵入者を捕えるのが先決。ユリウスの魔力を感知した剣が、淡く光り出した。それに気付いた、女が慌てて言う。
「おっと、それ以上動くと、あっちの部屋が吹き飛んじゃうかもよ。誰かさんには、贈り物を渡しておいたからさ」
「!」
ユリウスが動揺した。
女はその僅かな一瞬を見逃さなかった。侵入者達の足元から旋風が巻き起こる。そして、次の瞬間には、忽然と消えてしまった。
「くそ、やられた!」
眠っているザックを残し、ユリウスは居間へと走った。
「拓海様!」
「ユリウスさん。無事で良かった」
居間に入って来たユリウスに、拓海が駆け寄ってきた。
「私の事より、拓海様は大丈夫ですか? 怪我はしていませんか?」
「僕は大丈夫です。もう、背中も痛くないし……でも、さっき変な人がやって来て、うるさくしたお詫びにって、これをくれました」
拓海が見せて来たのは、棒付きのキャンディーだった。
「ふざけた奴だ……拓海様、それは絶対、口にしないでください」
「そんなことより、ユリウスさん、手は、手は大丈夫ですか?」
「手ですか? ああ。大丈夫です」
「良かった……ってあれ?」
拓海がユリウスの右手を見て、目を見開いた。ユリウスは治癒魔法が使えるはずなのに、まだ生々しい傷が手の甲にある。その視線に気づき、ユリウスが手を動かして見せる。
「この通り、止血は出来てます」
「……でも、それだと、怪我をした所は、痛いですよね?」
「大丈夫です。痛みには慣れています」
「慣れてるって……」
心配そうな瞳で拓海が見てくるので、ユリウスは苦笑いをする。
「私の治癒魔法は、自己流のせいか、術者本人には、効果が半減してしまうんです。でも、すでに処置をしたので、拓海様が心配されるほどでは、ありません」
「ユリウスさん………………」
拓海が黙ってしまったところで、ザックが頭を掻きながら居間に入って来た。
「すみません。ユリウス様。俺、また眠らされちゃって……」
「気が付いたか……おい、それどうした?」
「わ、ザックさん!」
二人の視線がザックの鼻に集中した。
「開いてた玄関からぽん介が入ってきて、動かない俺を心配して、鼻をがぶっと、やったんです。おかげで、目が覚めました」
ザックの鼻に、はっきりくっきり、見事な噛み痕がついている。
「随分と懐かれたんだな。今度から、年寄りと子供だけじゃなくて、動物にも好かれるって、言わないとな」
笑いながら、ユリウスがザックの鼻に手をかざすと、傷がほとんどわからない程度になった。
「ありがとうございます。あ、そうだ。ユリウス様、お耳に入れたいことが」
「後で聞く。まずは、玄関の修理と結界の確認だ。拓海様は、もうしばらく、こちらでお待ちください」
だが、拓海が手伝うと譲らず、玄関には三人で向かった。外れたドアを直し、散らばった置物の欠片を片付ける。
壊れた置物を見た拓海が、こっそり笑っていたのを、ユリウスは見逃さなかった。
居間を出てから、ずっと自分の後をついてくる拓海に、ユリウスが声をかけた。
「拓海様。今夜は危険な目に合わせてしまい、申し訳ありませんでした。私の不手際です」
「違います! 悪いのは僕です。僕が感情的になってひどい事を言ったから……だから僕のせいです」
「いいえ。最初に、拓海様を傷つけたのは私です。全ての責任は、私にあります」
「そんな、ユリウスさんのせいじゃないです。僕が」
自分が悪いと主張する二人の不毛な会話に、ザックが終止符を打った。
「はい、ストップ! ちょっと落ち着いて下さい。拓海様もユリウス様も、肝心な事が抜けているから、こういう事になったんですよ」
「肝心なこと?」
「ザックさん。なんですか、それは?」
「お互いを知る事ですよ。何を考え、どうしたいとか。俺が思うに、二人は絶対的に会話が足りていません。だから、すれ違って悪い方向に進んでしまった……。なので、どうでしょう。今夜はお互いに自分の思っている事を話してみませんか? 晩飯を食いながらね」
そう言ってザックが、にかっと笑った。




