15 仮面の少女は意地悪
「あ、逃げた!」
「へえ、エイドスがついてるの。そんなの、小さな子を心配する過保護な親がやることなのに。皇子さまったら、まだまだ、おこちゃま、なんでちゅねえ」
少女のあおりに、拓海の頬がみるみる赤くなる。
「ち、違うから。僕だって、こんなの知らなかったんだ。ユリウスさんが勝手に」
「ふーん。それって、ご自慢の家庭教師のこと? で、その家庭教師はどこにいるの?」
少女がわざとらしく、あたりを見渡す。
「ああ、愛想つかされて帰っちゃったのか。うんうん。皇子さまは、人望ないものね」
「……あなた、さっきから何なんですか? 僕のこと馬鹿にしたいみたいだけど、気が済んだのなら、帰ってもらえますか?」
「えー、帰ってあげてもいいけど、最後にひとつだけ聞こうかな……ねえ、今のあなたはどっち? 昔の恐ろしい皇子さま? それとも、ふつうの人間?」
「はあー。何度も言うけど、僕は皇子なんかじゃないから!」
「そうやって、むきになるのって怪しい。本当は、思い出したんじゃないの? 皇子だった頃のこと」
「もう、いい加減に――」
拓海がうんざりした顔で言い返そうとしたとき、少女がぐっと顔を近づけてきた。
「最近、経験しなかった? 初めて会ったはずなのに、すごく懐かしくて、前から知っていたような感覚」
「え!」
「やっぱりね。きっと、前世の関係者に会って、記憶の蓋が開いたのよ。でも、今のあなたは前世を思い出すのを拒んでいる。思い出せば、自分の罪と向き合うことになるものね……怖いよね。大勢の人生をめちゃくちゃにして、不幸にしたんだもの」
「や、やめて! 皇子とか前世とか、僕は知らないし、関係ない! 僕は、ただの人間なんだ!」
拓海は、なぜかこれ以上聞きたくなくて、思わず少女を突き飛ばしてしまった。
「きゃっ」
バランスを崩した少女がよろめく。
「あ、ごめんなさ――」
謝ろうとした瞬間、拓海の天地がひっくり返った。
魔獣に押し倒されたのだ。主を傷つけようとした拓海に向かって、魔獣が怒りの咆哮をあげる。至近距離で迫る鋭い牙に、拓海は血の気が引き、恐怖で今にも心臓が止まりそうだった。
「落ち着いて、エリン。こっちに来て」
少女が声をかけると、魔獣は拓海から離れ、少女のもとへと駆け寄る。そして、甘えるように体をこすりつけた。
拓海は、息も絶え絶えになりながら、なんとか立ち上がった。
「い、一体どうしたいの? ここに来た目的は、何?」
「目的?」
少女の瞳がきらりと光る。その一言が、何かのスイッチを入れたのか、少女の華奢な体が怒りで震えだした。
「そんなの、決まっているでしょ。悪い皇子さまに、お仕置きするためよ!」
少女はそう叫ぶと、拓海めがけて鞭を放った。
叩かれる! 拓海はとっさに目を閉じた。けれど、いつまでたっても衝撃がこない。そっと、目を開けると、目の前にユリウスが立っていた。その右腕には鞭が絡みついている。衝撃で皮膚が裂けたのか、手から血が流れていた。
「ユリウスさん!」
「拓海様、お怪我はありませんか?」
ユリウスの声を聞いた途端、拓海の目頭が熱くなった。
「だ、大丈夫です。階段から落ちたときに背中を打ったけど、動けます」
「では、ほかに異常がないか、あとで診せてください」
「ぼ、僕……ひどいことを言ったのに。出て行けって、顔も見たくないって……それなのに、助けにきてくれるなんて……うっ、うっ」
「来ますよ。まだ私は、あなたの家庭教師ですから」
「ユリウスさん……」
ユリウスの登場に、拓海は喜びの涙をこぼした。
そんな拓海の前で、仮面の少女は唇をぎゅっと噛む。
会いたくなかったのに。失敗した。
「拓海様は居間へ行ってください」
ユリウスが落ち着いた声で、拓海に言う。
「ユリウスさんは?」
「この者と話があります。大丈夫です。すぐに私も参ります。それまで、居間でお待ち下さい」
拓海は逡巡する。だが、ユリウスの力強い瞳を見て、走り出した。
「あっ、こら、待ちなさいよ。逃げるなんて卑怯よ!」
「君の相手は、俺だ」
いつの間にか鞭をほどいて自由になったユリウスが、軽く右腕を振ってから、仮面の少女をまっすぐに見据えた。
「どうしてよ。あなただって、あいつに色々やられたんじゃないの? それなのに庇うの?」
「どうして? 拓海様に危害を加えようとする者は排除する――それが、俺の役目だ」
「……そう。あいつを庇うんだ。王家に長く仕えたせいで、ほかの人たちの苦しみも悲しみも、どうでもよくなっちゃったんだね」
ユリウスの言葉は、ひどく少女を傷つけたようで、声にはっきりと失望がにじんでいる。
「あの方に恨みがあるのかもしれないが、やめておけ。君程度では、何もできない」
「そんなこと!」
かっとなって言い返そうとした次の瞬間、気づけば、自分の鞭で縛られて動けなくなっていた。
「何よ、これー!!」
少女が大声でわめいた。




