表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/97

14 魔獣と少女

 ユリウスは、固く閉ざされたドアへ、一瞬、手を伸ばした。けれど、その手は宙で力を失い、ぶらりと垂れ下がる。


 ブラッドフォード卿に叱責されるだろう。魔王様から罰が下されるかもしれない。それでもこの家から出て行く。それが最善だと、ユリウスは自分に言い聞かせる。


 学校に行けず苛立っていた拓海を、わざと焚きつけて家を出て行くよう言わせた。それで家庭教師としての役目は終わる。全て思惑通りに運んだ。それなのに……。

 別れ際の拓海の顔が、頭から離れない。怒りに震えながらも、どこかひどく傷ついたような目をしていた。

 胸の奥を走る鈍い痛みに、ユリウスは思わずペンダントを握りしめた。


「俺は大丈夫。一緒に魔界へ帰ろう」

 まるでペンダントが、自分を気遣っているかのように、ユリウスはそっと語りかけた。


 ふいに、甘い香りが鼻先をかすめた。

 そういえば、ザックがタヌキの餌やりに行っていたな。

 ユリウスは、香りのする方へと歩き出した。


 ◇◇◇


「もー信じられない! あんなくだらないこと言うなんて、最低最悪! ちょっとでもいい人だと思ってた自分が馬鹿だった!」


 拓海は玄関ホールで吠え立てた。怒りで血が沸騰しそうだった。


「こうなったら、全部捨ててやるーー!!」


 拓海は乱暴な足取りで階段を上り出した。向かうのは、ユリウスの部屋だ。

 新しくそろえた寝具もカーテンも、たった今、全部ただの不用品になった。

 怒り心頭の拓海の背後で、何かが小さく音を立てた。

 ユリウスが戻ってきたのかと、拓海は鬼の形相で振り返る。ところが――。


「な、何、どういうこと……」


 家の中に、獣がいた。

 虎に似ているが、体の色は淡い桃色。額には宝石のような石が埋め込まれ、背中には小さな翼が生えている。

 これ、地上の生き物じゃない。魔界に棲む魔獣だ。拓海は全身が総毛立った。

 に、逃げなきゃ! そう思うのに、足が床にくっついたみたいで、言うことをきかない。


 そのとき、魔獣の不気味な唸り声がした。

 拓海は一目散に二階へと駆け出した。それと同時に、魔獣が跳躍する。拓海の行く手を阻むように、上段へと飛び乗った。


「うわっ」


 魔獣と目が合った瞬間、拓海は恐怖のあまり足を踏み外し、階段から転げ落ちた。


「ううっ」


 落下の痛みで視界が白くぼやける。動けずにうめいていると、拓海を気遣う声が頭の上から降ってきた。


「大丈夫ですか。皇子さまぁ」


 声のした方へ、なんとか顔を向けると、ショートパンツにロングブーツ姿の少女が立っていた。

 仮面をつけているので顔はわからないが、ゆるく波打つストロベリーブロンドの髪と、白く細い手足は、まるで陶器でできた人形のようだ。だが、その手には、獣を操るための鞭が握られている。

 可愛いと思うより先に、恐怖で思考が追いつかない。


「あらあら、そんなに青い顔をして、驚かせちゃいました? お・う・じ・さ・ま」


「あ、あなたは誰? それと、僕は皇子じゃないから。変な風に呼ばないで」


 拓海は痛みをこらえながら言い返した。


「え、でも、魔界に戻るんでしょう? だったら、ちゃーんとお呼びしないと不敬罪で罰せられちゃいますから」


「そんな、呼び方くらいで罰だなんて」


「あら~、お得意でしょう?」


 少女が拓海の顔を覗き込む。さっきまでの陽気な雰囲気から一転して、その瞳は拓海を蔑むように冷たい目をしている。


「……エリン。例の物を持ってきて」


 少女が声をかけると、魔獣が紙の束をくわえて走って来た。


「ありがとう」


 少女はそれを受け取ると、絵の描かれた大きな紙を、拓海へと向けた。


「え?」

「むかーし、むかし」

「あ、あの……」


 いきなり紙芝居が始まった。

 状況が飲み込めずにうろたえる拓海に、「ちゃんと聞け!」と言わんばかりに魔獣が低く唸る。

 拓海は、慌ててその場に正座した。

 なんだろう。夢でも見ているみたいだと、一瞬だけ場違いなことを考える。


「むかーし、むかし。魔界にいた皇子さまは、罰を与えるのが大好きでした。少しでもミスをすれば折檻、機嫌が悪いと首をはね、自分に意見する者は牢獄いき。やがて、皇子さまを諫める者はいなくなり、皇子さまの横暴はどんどんエスカレート。そうして苦しめられた人たちの涙で、魔界のあちこちに大きな湖ができましたとさ……」


「……あのー。これは一体」

「ふふ。感想は?」

「え、感想? ……あー、えっと、そう、ですね……」


 拓海は、紙芝居をほとんど聞いていなかった。突然のことで面食らったのもあるが、絵があまりに下手くそで、そっちに気を取られたせいで、内容が頭に入ってこなかったのだ。


「ちょっと、感想を聞いているんだけど」


 少女がいら立った声で催促してくる。でも、本当のことは言えないと拓海が悩んでいると、足元で音がした。

 見ると、さっきのコディが、少女に向かってぱちぱちと拍手をしている。


「まあ、ありがとう」


「ちょっと! 危ない人相手に、何をのんきに拍手してるの! それに、君は僕サイドじゃないの?」


 むっとした顔の拓海にそう言われて、コディは廊下へちらりと視線を送る。


「ちょっと、聞いてるの」


 無視されたと思った拓海の語気は強くなったが、当のコディは何の反応も見せず、拓海の影へと飛び込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ