114 台所のきまずい尋問
嶌村家の台所には、気まずい空気が流れていた。
床に正座し、膝を突き合わせたユリウスとザックは、どちらも押し黙っている。
重苦しい沈黙に包まれた台所で、流しの蛇口から落ちた水が、ぴちゃりと音を立てた。
このまま黙っていてもやり過ごせないと腹を決め、ユリウスは重い口を開いた。
「昼過ぎから、俺は部屋で酒を飲んでた。それで、気がついたら、あいつが部屋にいて」
「あいつって?」
「あ、その、前にディタイガーを連れてこの家に不法侵入した、あの仮面の娘だ」
「……ああ。あの子ですか。それで、なんでその子がユリウス様の部屋を知ってるんです」
ザックが冷たい目で尋ねる。
「それは、わからない。教えてないし……。俺も結構酔ってたし、いつの間にか一緒に酒を飲んでて、それで、その……朝起きたら、ベッドであいつが寝てた」
ザックの視線が突き刺さり、最後のほうは、消え入りそうな声になってしまった。
「じゃあ、あの下着はあの子の忘れ物なんですね?」
「……そうだ」
「それが何でユリウス様のポケットにあったんですか」
「それは、今朝、パーシーが――」
ユリウスは、ザックを隠しているんじゃないかとパーシーが大騒ぎしたことや、その騒ぎを聞きつけたマーサが、マスターキーで勝手に部屋の中に入ってきたことを話して聞かせた。
「今朝、散々な目にあったのは、お前のせいでもあるんだぞ」
ユリウスが恨みがましい目をザックに向けると、ザックはうっと詰まる。
「すみません。パーシーのことは、俺も持て余していて」
ザックにその気はないが、パーシーは一途にザックを想っており、ホテル・マーサで鉢合わせるたびに、何かしら騒ぎになるのだった。
ユリウスを糾弾していたザックも、自分のせいでユリウスが大変な目に遭っていたと知り、しゅんと肩を落とす。
「すみません。俺のせいで……それで、その子はマーサに見つかったんですか?」
「いや。俺が、マーサとパーシーと話している間に、いなくなってた」
そこまで聞いて、ザックは顎に手を当てて、なにやら考え込んだ。
「あの子、何者なんですかね? ユリウス様の部屋を知っているのも気になるけど、誰にも気づかれずに部屋からいなくなったなんて……怪しいですね」
「そうだな」
そうだ。今度あいつに会ったら、聞くことが山ほどある。それに、あいつの忘れ物のせいでひどい目にもあった。今までの分と合わせて、きっちりお仕置きをしてやらないと。
ユリウスの胸の中では、仮面の少女への憤りが赤い炎のように燃え上がっていた。
そのころ、二階にいる拓海は、部屋の中をうろうろしていた。
「どうなったんだろ。話は終わったのかな」
ザックから部屋に行くように言われて、大人しく待っているものの、気になって仕方がない。
そこで拓海は、コディを呼んで頼みごとをした。
「お願い、コディ。ちょっと台所へ行って、二人の様子を見てきて」
コディは机の端に腰掛けたまま、拓海が手を合わせて必死にお願いしてくるさまを眺めていた。
どうしようかなあと、面白がっているような表情だった。
「ねえ、お願いを聞いてくれたら、コディの欲しいお菓子を買ってあげる」
その言葉に、コディの目がきらりと光った。コディは、その言葉を忘れるなよ、と言わんばかりのどや顔をみせると、すっと影の中に消えた。
そして、待つこと三分。コディが戻ってきた。
「ど、どうだった?」
焦る拓海を手で制し、コディはポシェットからメモ帳を取り出して、何やら書き出した。
そして、びりっとメモを一枚破り取り、拓海へ差し出す。
「こ、これは!」
その紙を見た拓海は、顔色を変え、部屋を飛び出して階段を駆け下りた。
「待って。待って下さい。二人ともー」
台所のドアを壊しそうな勢いで開け放ち、拓海が飛び込んできた。
「拓海様? どうしたんですか、そんなに慌てて」
ユリウスとザックは驚き、そろって拓海に目をやる。
「駄目です。ユリウスさんがその、その、持っていた理由はわかりませんが、僕は気にしません。たとえユリウスさんが変態……じゃなかった、なにかそっちの趣味でも、僕は気にしません!」
拓海の熱い叫びに、台所が一瞬、静まり返る。
「変態って……」
悲しそうな顔で呟くユリウスに代わり、ザックが前に出て説明する。
「拓海様。あれは、俺たちが住んでいるホテルで拾った物です。たぶん、洗濯物が風で飛んだんでしょう。ユリウス様はそれを拾って、受付に届けるつもりだったのを忘れて、そのまま持って帰ってきちゃったんです。だから、拓海様」
ザックが拓海の肩に両手を置き、まっすぐ目を合わせた。
「安心してください。ユリウス様は、変態ではありません」
「そうなんですか。良かったあ……」
ザックと拓海が、目の前に立ちはだかっていた大きな問題を乗り越えたかのように心を通わせる様子を、ユリウスは複雑な思いで見ていた。
なんだか、俺だけ蚊帳の外な気がする。
「あれ、それで拓海様、どうしてあんなに慌ててたんですか?」
ザックが拓海に尋ねた。
「あ、あの。コディに様子を見てきてってお願いしたら、こんな絵を渡されて……」
拓海が二人の前に、一枚の紙を差し出した。そこには、大きな包丁が描いてあった。
「あはは。それは、刃傷沙汰に使うんじゃなくて、料理に使ってるってことだと思いますよ」
ザックが楽しそうに笑う。
「え? 料理?」
「はい。夕飯の支度がまだだったので、ザックと私で取りかかったところです」
ユリウスが、手にしていた包丁を見せた。
「なんだ、そうだったんだ。僕はてっきり」
拓海がほっと胸を撫で下ろしていると、ドアの隙間からこちらを見ていたコディと目が合う。
「こら、コディ。僕を騙したね。喧嘩がエスカレートしたんじゃなくて、料理をしていたんじゃないか。もう。さっきのはなしだからね」
コディは、ご褒美の菓子がもらえないと知り、あからさまに落ち込んだ顔になる。
そんな二人の様子に口元をゆるませ、ユリウスとザックは顔を見合わせた。
今夜は、皇子教育の今後を左右する特別授業がある。
それは、拓海にとって過酷なものになるだろう。
せめて、今だけは楽しい時間を過ごしてほしい。
そう思いながら、ユリウスはやりかけの料理に戻った。




