113 勘違いの行方
ザックに二階へ行くよう言われ、台所を出た拓海だったが、残してきたふたりのことが気がかりで、その場を離れられなかった。
「大丈夫かな、ユリウスさん」
息を殺して扉に耳を押しつけていると――。
「拓海様。そこではなく、自分の部屋に行ってください」
中から聞こえたザックの声に、拓海は飛び上がり、
「ごめんなさい」と言いながら廊下を走っていった。
自分の部屋に入ってドアを閉めると、拓海はベッドに腰を下ろした。
「大丈夫かな、ユリウスさん……。ザックさん、すごく怖い顔をしていた。でも、ユリウスさんのあれは、何なんだろう……」
拓海はユリウスがポケットから取り出したものを思い出し、ひとり顔を赤くした。
台所の床に正座させられたユリウスは、扉の前で聞き耳を立てている拓海にザックが声をかけるのを見ていた。
さっきの激怒したザックの顔、昔、見たことがある。
あれは、先代がとある犯罪組織のねぐらを偵察に行ったときだ。俺はザックに内緒で、こっそりついていった。自分はもう子供じゃない、役に立てると証明するために。
けれど、俺の軽率な行動は犯罪者に気づかれ、乱闘騒ぎに発展した。その結果、俺は怪我を負った。
俺は、ザックに大目玉を食らった。
自分の力を過信するのは、愚か者のすることだと。
あのときの拳骨は痛かったな
そんなことを思い出していたら、ザックが振り返った。
来るか、とユリウスは身構えた。
だが、予想に反して、ザックの大きな目には涙が浮かんでいた。
「おい、どうした?」
「ユリウスさまー」
ザックはユリウスの前に座り込んだ。
「そういう趣味だったんですね」
「は?」
「お袋が見合いを何度勧めても断ってたのは、そっち系が好みだからなんですね」
「そっち系?」
「あの下着。あれって、明らかに未成年が使うものでした」
「そ、それは」
確かに、あの仮面の娘は、十代半ばくらいだ。ユリウスの脳裏に、その姿が浮かぶ。
「……気になってたんです。誰とも長続きしないのは、ユリウス様の人格に欠陥があるんじゃないかって」
おい。今、さらりと失礼なことを言ったな。ユリウスは思わずむっとした。
「でも、そうじゃなかった。杉咲先輩の首を触ったとき、ユリウス様は偶然って言ってました。でも、本当は、未成年の女の子が好きだったんですね……」
ザックが顔を覆って派手に泣き出した。小声で、そういう性癖になってしまったのは、俺の育て方が悪かったせい――なんて泣きながら言っている。
「おい。早とちりするな。俺は別にロリコンじゃない。っていうか、俺だってまだ若いんだ」
その言葉に、ザックははっとしたように顔を上げ、ユリウスの顔をまじまじと見つめた。
「たしかに、ユリウス様の年齢なら、十代の女の子との恋愛は……ありです」
「そうだ。俺の年齢なら、ありなんだ。だから、ザックが心配するような話じゃない」
なぜこんな流れになったのか自分でもわからなかったが、このまま話をまとめてしまえば、あっちの件はうやむやにできると、ユリウスは思った。
「恋愛対象については、俺の早とちりでした。すみません」
ザックが深々と頭を下げた。
「いや、わかってくれればそれでいい。さ、それより夕食づくりが途中だったろ。手伝うよ」
ユリウスはそう言って立ち上がろうとした。
だが、ザックはその手を掴み、ふたたびユリウスを床に座らせた。
「ザック?」
「……じゃあ、次は、下着がどうしてユリウス様のズボンに入っていたのか説明してください」
やはり無理だったか。
ザックの落ち着いた声に、逃げられないと悟ったユリウスは大きなため息をついた。




