107 仮面の少女が飲んだのは
少し時を戻して。
仮面をつけたリリアーナがユリウスの部屋をノックすると、しばらくしてドアが開いた。
「あ、あのね……」
ユリウスを心配して来たはずなのに、いざ顔を合わせると、何を言えばいいのかわからない。
だが、リリアーナを見たユリウスの第一声は――。
「なんだ。また来たのか」
「え? またって何よ。初めてですけど」
「ふん……。入るなら、さっさと入れ。まったく勝手なやつだ」
その言い方に、さっきまでの緊張が馬鹿らしくなる。リリアーナは、むっとしてずかずかと部屋に入った。
「なにこれ? 一人で飲んだの?」
小さなキッチンの丸テーブルには、飲み終わったビールの空き缶が何本も転がっていた。
「ああ。昼前に起きてから、ずーっとな」
そう言って、椅子に腰かけたユリウスは、飲みかけの缶ビールを口に運ぶ。
「ちょっと、まだ飲むの? 体によくないわよ。病気だって治ったばかりでしょ」
リリアーナが心配しても、ユリウスは、「いいんだよ。今日は」と言って手元に視線を落とした。
リリアーナも思わず黙る。
明日はチェザーレ一族が亡くなった日だもの。つらくて、お酒だって飲みたくなるよね。でも、飲んでばかりじゃなくて、何か食べたほうがいいのに。
そう思ってあたりを見回すと、冷蔵庫の前にコンビニの袋が置いてあった。人間界からもってきたのだろう。
袋をのぞくと、酒のほかにスナック菓子やチョコが入っている。
「あー、これ。限定発売の「とろ~りピーチチョコ」じゃない。売り切れで買えなかったのよね」
口にしてから、人間界情報の話題を出してしまったことに気づき、リリアーナははっと身を固くした。
だが、酔っているユリウスはそれに気づかない。
それどころか、「食べたいなら、食べていいぞ」と勧めてきた。
「うそ、ほんとう?」
「ああ。今日は、精進落としなんだ……だから、お前も付き合え」
「……うん。わかった」
リリアーナはもう一つの椅子に腰を下ろすと、さっそくチョコレートを一粒、口に入れた。
ユリウスはかなり酔っていた。
だから、部屋の前に立っていた仮面の少女を見たときも、ああ、また夢を見ているのかと思った。
前に見た夢の少女は、もっと大人びていて、どこか妖しい雰囲気だった気がする。でも、いま目の前にいる少女は違う。
美味しそうにチョコレートを頬張る姿が、なんとも可愛らしくて、なんだか目が離せなかった。
ふと、その口元にチョコがついているのが見えた。
ユリウスは思わず、そっと指で少女の唇をなぞる。
「なっ」
「チョコ、ついてたぞ」
そう言って、ユリウスは指についたチョコをぺろりとなめた。
その瞬間、少女の顔がぼんっと音がしそうなくらい真っ赤になった。
「あ、あ、あ」
「うん? なんだ?」
「あ……あ、熱くなったから、あたしもジュース飲む」
リリアーナは勢いよく席を立つと、さっきの袋に入っていた、フルーツの絵が描かれた缶をひっつかんだ。
そして、そのまま一気に喉へ流し込む。
ごく、ごく、ごく。
飲み干してから、「ふうー」と口元をぬぐう。
あれれ。なんだろ。足もとがふわふわする。
どうやらそれは、ジュースではなかった。
女性向けの甘い缶チューハイだったらしい。
アルコールとは縁のないリリアーナは、自分が酔っているとは思わなかった。
ただ、体がぽかぽかと温かくて、すごく気分がいい。
ここに来た目的も、ルルとの待ち合わせのことも、もう頭から抜け落ちていた。
「ねえ……ひっく。美味しかったから、もう一本、飲んでもいい?」
「ああ、好きなだけ飲め。今日は、そういう日なんだから」
「はーい」
リリアーナは、上機嫌で新たな缶チューハイを手に取る。
こうして、隣の部屋でルルがやきもきしている間に、リリアーナはすっかり酔っ払いになっていた。




