101 魔界での休暇
拓海が中学校に入学して、初めての中間試験が、いよいよ始まろうとしていた。
試験は木曜と金曜の二日間にわたり、五教科で実施される。
一日目の木曜日、拓海はいつもより早く家を出た。
教室に入ると、すでに何人かのクラスメイトが、机の上に教科書やノートを広げている。拓海もカバンを下ろし、窓際の自分の席についた。さっそく数学のノートを取り出し、ページを開こうとしたそのとき、不意に机の上に陽光が差し込む。
顔を上げて窓の外に目をやると、そこには誰かの瞳を思わせる、澄みきった青空が広がっている。
ユリウスさん、もう魔界に着いたかな。空を見上げながら、拓海はふとそんなことを思った。
◆◆◆
ちょうどそのころ、ユリウスは魔界にある自室へ戻っていた。
ダウンタウンに建つ古びたホテル・マーサ。その三階の一室を、ユリウスは住まいとしている。
ザックに持たされた大きな袋を床に置くと、ユリウスは窓を開けて部屋の空気を入れ替えた。この部屋は中庭に面しており、眼下には美しい緑が広がっている――と言いたいところだが、中庭の半分は野菜畑だった。庭であっても労働を課すというのが、マーサの考えなのだ。
「まったく、がめついからなマーサは……」
苦笑いしながら、ユリウスは手元の手紙の束へ視線を落とす。留守の間に届いた手紙をマーサから受け取った際、保管料と称して手間賃を請求されたのだ。
差出人の名を順に確かめていくうち、一枚の葉書に目が留まった。開店記念二十周年を知らせる、飲食店からのものだった。一般エリアにある小さな食堂で、ある事件をきっかけに懇意にしていた店だった。だが最近は忙しく、すっかり足が遠のいていた。
久しぶりに行ってみるか。
そう考えながら、キッチン・マウロと記された葉書を机の上に置いた。
その日の午後、ユリウスは魔王城でブラッドフォード卿付きの秘書官たちと、拓海の特別授業について打ち合わせをしていた。細部に至るまで話を詰めたので、予想以上に時間がかかり、城門を出るころにはすっかり日が暮れていた。
疲れはあった。だが、どうしても立ち寄りたい場所がある。ユリウスは気を引きしめ、歩き出した。
石畳の通りには、夜の明りがぽつぽつと灯り始めていた。




