98 二人が誓ったこと
俺の部屋に入ってきたザックは、どこか暗い顔で、歩き方も弱々しかった。
魔王軍の兵士に何かされたのかと心配したが、怪我はしていないという。
どうやら単に疲れているだけらしい。それを聞いて、俺はほっと息をついた。
「ザックさん。フランツさんに聞いたかもしれませんが、僕はフランツさんのところで働くことにしました。だから……これ以上、僕のそばにいる必要はありません。僕はチェザーレの当主じゃないから。ザックさんは、どうか家族のもとへ――」
「ユリウス様」
ザックが俺の言葉を遮り、片膝をついた。
「俺は、あなたの従者です。あなたがフランツさんのもとへ行くというなら、俺もお供します」
「ザ、ザックさん。どうしたんですか? やっぱり体調が悪いんですか?」
真摯なまなざしに、きちんとした所作と丁寧な言葉遣い。どれを取っても普段のザックとは違っていて、俺がザックの不調を疑うのも無理はなかった。
「そうですよね。今までの俺は、名ばかりの従者だった……」
ザックは自分で口にした言葉に、かすかに苦笑した。
「でも、これからは違います。俺は、古の約束どおり、チェザーレの当主であるユリウス様をお守りする。その役目を、どうか俺に続けさせてください。お願いします」
ザックはそう言って、深々と頭を下げる。
そのとき、俺の視界にザックのつむじが飛び込んできた。
思わず、つん、と指で突く。
「ユリウスさま?」
びっくりしたように俺を見上げるザックと目が合った瞬間、俺の腹は決まった。
これからは、チェザーレの当主として振る舞おう、と。
「俺とザックは、二人でこの離宮を出て行く。そして、フランツさんのところで始末屋見習いとして働く。きついことや大変なことがあると思うけど、俺についてきて!」
俺は腕を組み、精一杯強そうな顔で笑ってみせた。
ザックは目を細めて「はい」とだけ返事をしてくれた。
「俺は、誓います。常にそばにいて、あなたをお守りすると」
ザックが、いかにも仰々しくそんなことを言う。
なら、俺も負けじと言い返した。
「じゃあ、俺は、チェザーレの当主として、ザックには嘘をつかないと誓うから」
俺はこのとき、ザックの本当の主になったんだ。
そのときからずっと、俺はザックに支えてもらっている。だからこそ、嘘やごまかしなんてしたくない。
◇◇◇
「……そうだ、俺はあの日、お前に嘘はつかないと誓ったんだ」
昔のことを思い出し、ユリウスの胸に、ちょっぴりほろ苦い思いが広がった。
でも、ザックから容赦ない声が飛んできた。
「なーに、いい話にまとめてるんです。嘘をつかないと誓ったあ? ユリウス様、俺に嘘つきまくりじゃないですか」
「え、お前、何を言い出すんだ」
てっきり主従で手を取り合う感動の場面になると思っていたのに、全然違う反応をされて、ユリウスは焦った。
「ほら、昔、近所の子からラブレターもらっておきながら、そんなのもらってないって言い張って、そのまま放っておいたこと、ありましたよね。で、あとでその子の親が、無視するなって押しかけてきて、大騒ぎになったじゃないですか」
「あ!」と、ユリウスが情けない声を上げる。
「魔物の森に薬草摘みに行ったときだって、具合が悪いのを隠したじゃないですか。そのせいで、いざ魔物と戦うことになったら、思いっきり足手まといだったし」
「うっ」
当時を思い出したのか、ユリウスの肩がびくりと震えた。
「でも、一番ひどかったのはダンス教室です。ちゃんと通うって約束したくせに、一度も行かなかった。あのとき、女の子とデートしてたんですよね?」
「デートは一回だけで……あとは、その、図書館に行ってた」
ユリウスが、消え入りそうな声で弁解する。
「あのダンス教室の費用、俺の虎の子だったんですよ。それを全部無駄にして」
ザックの声がじわじわと低くなる。いまだに根にもっているらしい。
「す、すまない。あとで、ちゃんと返すから……」
「あー、それからワグナー伯爵家の――」
「わかった、わかったから、もうやめてくれ!」
堪えきれなくなったように、ユリウスは頭を抱え込んだ。
うつむいたユリウスの視界に、飲み干されたビールの空き缶が入ってきた。
その数、合計六本。
ザックは、ユリウスの目を盗んで一人で五本も飲んでいたのだ。
「おい。お前、何本飲むつもりだ、こら!」
「えー、拓海さまの勝利を願うんですから、たっくさん飲まないと。えへへ」
ザックが、赤い顔で笑いながら、新たなビールに手を伸ばした。
「馬鹿、これ以上は絶対駄目だ!」
ユリウスはザックの手を止めようと、勢いよく立ち上がり、椅子をガタっと鳴らした。
◇◇◇
二階の自室で勉強をしていた拓海は、棚の上で寝ているコディが布団を蹴りあげているのに気づき、そっと布団をかけ直した。
そのとき、階下からなにやら音が響いてきて、思わずふっと笑う。
「静かなのより、うるさいのが嬉しいって、あるんだな」
そうつぶやくと、イヤホンで小さく音楽を流しながら、また机に向かった。
ページをめくる指先が、さっきより少しだけ軽くなった気がした。




