第二十七話 幽霊のさっちゃん その4
僕たちはさっちゃんの案内で、最初のデートの場所にやってきた。
そこは桜並木の続く道。
今はちょうど桜の季節で、月明かりが歩道に模様を作っている。
しかし真夜中だからか人通りはほとんどない。
そんな真夜中の桜の木の下で、顔が長い前髪と眼鏡で隠れて半分見えない幽霊と、胡坐をかいてフワフワと浮いている幽霊に挟まれている。
視える人が見れば両手に花と思うのか、それとも2体の霊に憑かれた哀れな男に見えるのかは分からない。
ミカちゃんには慣れたとはいえ、やはり真夜中の人気のない所に幽霊と居るなんて怖すぎる。
さっちゃんが、ふと数歩前に進むと、懐かしそうに並木道に咲く桜の木を見上げた。
「ここでいつも彼を見かけてたんです。あの人も、いつもこの道を歩いてて……。私はその彼とすれ違うまでの、わずかな時間が好きでした」
「話しかけなかったんですか?」と素朴な疑問を尋ねてみる。
「無理です……私なんかが話しかけても……」
また、さっちゃんの自己否定が始まりそうだったので、僕は慌てて話題を変えた。
「その人って、どんな人だったんですか?」
「……普通の人です。特別かっこいいとかじゃなくて……。でも、なんか凄い惹かれる雰囲気でした」
さっちゃんが少し顔を赤くする。
「すれ違うまでのわずかな時間でしたが、見てるだけで幸せでした」
言い終わると、さっちゃんは目だけを僕に向ける。
「あ、あの……」
さらに顔を赤く染めて、つま先を擦り合わせるようにモジモジしている。
「はい、なんですか?」
「い、いえ……。なんでもないです……」
さっちゃんが慌てて目を逸らす。
耳まで赤くなっている。
この反応はなんだろうと思っていたその時、視界の上に見覚えのある赤チェックのスカートがちらっと見えた。
「じーーーーー」
僕の目の高さくらいのところを、フワフワと胡坐の姿勢で浮きながら、ミカちゃんが険しい顔で僕の事を睨んでいる。
「……怪しい」
そう呟くミカちゃんを、さっちゃんはちらっと見たけど、何も言わずに視線を逸らす。
「ありがとうございました。ここはもう大丈夫ですので、次の場所に行っても良いですか?」
「はい。わかりました」
僕達はさっちゃんが、好きな人を見ている事しか出来なかった桜並木を後にした。
その好きだったという本人は居ないのに、これで未練がはれるのだろうか?
むしろ、また会いたいと思ってしまい、未練が増しそうな気がしないでもない。
しかし、さっちゃんの表情は出会った時とくらべ、少し切なそうではあるが、足取りは嬉しそうだった。
幽霊に対して足取りという言葉を使う事に、少し違和感はあるが……。
次にさっちゃんに案内されたのは、住宅街の中にある小さな公園だった。
先ほどの桜並木の所をまっすぐ進むと、5分も歩かないで着く。
ブランコと滑り台があるだけの何の変哲もない公園。
深夜だから当然、誰もいない。
街灯の薄明かりだけが、古びたベンチをぼんやりと照らしている。
公園の中に一歩入ると、さっちゃんが立ち止まり、公園の中をじっと見つめた。
「ここが、デートの最後の場所です」
さっちゃんは僕の方を見ず、懐かしそうに公園を眺めている。
「え? もう終わりで良いの?」
僕達の少し後ろを憑いて来ていたミカちゃんが、とうとう我慢できなかったのか、話に参加してくる。
まぁ、普段から良く喋るこの幽霊にしては、ここまで良く我慢してきた方だろう。
さっちゃんが公園から視線を外し、僕達の方に向き直る。
「はい。あの人と私の思い出って、さっきの場所と此処にしかないんです」
少し切なそうにしている、さっちゃんにミカちゃんが返す。
「んじゃ、ここも思い出の場所ってこと?」
「はい。ここであの人を好きになったんです」
「そなの? どういうこと?」
完全に蚊帳の外に追い出された僕を気にする事もなく、女子二人だけで話が進んでいく。
でも、僕と話をしている時よりも、さっちゃんもモジモジせずに会話が出来ているので、これはこれで良い。
さっちゃんは、また公園の方に向き直ると、静かに話し始めた。
「あの日、私がこの公園のベンチに座って本を読んでいた時、迷子らしい子供がやって来たんです。
小さい女の子が一人で泣いてて……。その子は泣きながら、この公園を見渡していました。
私は声をかけなきゃと思ったんですが、なんて声をかけようとか、どうすれば良いんだろうと悩んでしまっていました。
でも、あの人は違いました。
躊躇なくその小さい女の子に声をかけて、しゃがんで目線を合わせて何かを話していました。
しばらくすると大きな声で叫びながら、その事一緒にお母さんを探し始めたんです。
その姿を見て、凄いな、優しい人だなと思って、私もあの人のようになりたいと思いました。
そして私が通勤の為に、さっきの並木道を歩いていた時、偶然にも前からその人が歩いて来るのに気付きました。
その人も私と同じ道を通勤で使っていたらしく、毎朝見かけるようになりました。
それからは、すれ違う度に目で追うようになりました」
さっちゃんは懐かしそうに公園を見ている。
もしかすると、今のさっちゃんの目には、この公園で出会った好きだった人の事が見えているのかもしれない。
「でも結局、一度も話せないまま私は……。
小さい時から持病があったので、長くは生きれないなとは思っていたんですけどね」
「そうだったのか……」と、ミカちゃんが呟く。
先ほどまでの険しい顔は消え、少し泣きそうな顔をしている。
お互い幽霊なので、思う所もあるのだろう。
「さっちゃんは、それが未練になって幽霊になっちゃったんだね」
ミカちゃんがそう尋ねると、さっちゃんが小さく肯く。
「そうだと思います。気がついたら私は幽霊になってて、さっきの並木道に立っていました。
私は自分が死んだことにも気づかずに、ただただあの場所に立ち尽くしていたのだと思います」
そこまで言うと、さっちゃんは僕達の方に向き直り、不思議そうな顔に変わった。
「ですが、ある時に母親らしき人と、嬉しそうに歩いていた女性に声をかけられました。
その人に、困っているなら、住宅街の歩道に行ってみるといいよと言われました。
その時の私は、生きていた時の事も曖昧にしか思い出せずに放心状態でしたので……」
さっちゃんは、少し恥ずかしそうにそう言った。
「それで、あの場所に居たんだね」
ミカちゃんが、いつもの元気な口調でそう返す。
「はい。私はボーっとしたまま、そこに向かっている途中に、ミカちゃんに声をかけられ、その時に私は自分が幽霊だと知りました」
「確かに、あたしが始めて、さっちゃんに声を掛けた時、びっくりしてたもんね」
「まさか自分が幽霊になっているなんて、思いもしませんでした」
完全に僕を無視して話し込んでいる二人は、なんだか楽しそうだ。
さっちゃんも少し表情が明るくなった気がする。長い前髪と眼鏡に隠れて良くは見えないけど、楽しそうなのは伝わってくる。
しかし、そんな二人の女子トークを聞いている時、僕にはどうしても確かめなければならない事に気付いてしまった。
……苦手だ。学生時代も、今の職場でも、楽しそうに話している女子の会話に割って入る事なんてした事はない。
幽霊を視る事が出来る自分は特異体質なのだと思うが、普通に女子の会話に入って行ける男達も特異体質だと思う。
しかし、どうしても確かめなければならない。
片方の女子は一緒に暮らす幽霊だし、中身は女子っぽくないので大丈夫だと自分に言い聞かせる。
僕は意を決して二人の話を遮り、会話に割って入った。




