第二十八話 幽霊のさっちゃん その5
勇気をだして二人の幽霊に話かける。
「その女性って、まさか……」
そこまで言ったところで、ミカちゃんが僕をみて言う。
「うん。絶対マコだね」
やっぱり、そうだった。この幽霊のさっちゃんに僕の通勤路を教えたのは、やはりあのマコさんだった。
「なんで君達は、僕の所に幽霊を案内するんですか!」
半分は怒って、もう半分は呆れた感じでミカちゃんを問い詰める。
「それは、ひーさんだからだよ!」
なぜかミカちゃんも怒っている。
意味が分からない。なんで僕が怒られるのだろう。
「意味がわからないんですけど……」
僕はそう呟くが、僕を無視して、また女子トークが再開される。
「私にあの場所を教えてくれた、その人とは、お知り合いなんですか?」
慣れたのか、わりと普通に、さっちゃんはミカちゃんに話しかけている。
「うん! そいつはマコって言って、あたしもマコも、あたしの親友のリナも、このひーさんに助けて貰ったんだ!」
「そうだったんですね」
「うん! だからマコもさっちゃんに、ひーさんの通勤路を教えたんだと思うよ」
「そっか……みなさんは、私の事を心配してくれてたんですね」
さっちゃんの分厚い眼鏡の奥が、少し潤んでいるのがわかった。
「今日は……本当にありがとうございました」
さっちゃんが、ゆっくりとこちらを向き、丁寧に頭を下げる。
「本当にもう良いの?」
ミカちゃんは、少し名残惜しそうな顔をしている。
「はい。自分が生きていた時の事を思い出して、ここに来てみようかと思った事もあったんですが、一人で来ても意味ないって思ってたんです。
ただ、一人で思いでの場所を見て回るだけじゃ、何も変わらないって……」
さっちゃんの表情が、さっきまでと少し違って見える。
ウジウジした暗さが薄れて、どこか穏やかになったように感じた。
「でも、一緒にデートみたいに思い出の場所を回れて、すごく嬉しかったです」
「僕も、楽しかったですよ」
僕もさっちゃんに慣れたのか、全然怖くなかったし、実は本当にデートをしているみたいで実際に少し楽しかった。
「……本当ですか?」
「本当です!」
「そうなら……嬉しいなぁ」
さっちゃんが嬉しそうに笑った。
長い前髪に隠れて、顔は半分しか見えないけれど、確かに笑っていた。
「……むう!」
ミカちゃんが小声で何か唸っている。
振り返ると、腕を組んですごく不機嫌そうな顔をしていた。
何がそんなに気に入らないんだろうと考えていると、さっちゃんがまた、モジモジしながら顔を赤くしている。
「あの……最後にひとつだけ……もう一つだけ、わがままを言っても良いですか?」
別に断る理由は見つからない。一緒にあの世とやらに行きましょうとかでなければ……。
「なんですか? こうなったら最後まで付き合いますよ」
そう返すと、さっちゃんは出会った時、以上にモジモジとして、顔を真っ赤にしている。
「キ、キス……してみたいんです……」
想像もしていなかった頼みに、おもわず、えっ?っと言葉が漏れる。
「はぁ?」
この頼みには、ミカちゃんも首をかしげている。
「一度も……したことなくて……だから……」
さっちゃんが真っ赤になりながら言う。
「それで、本当に未練を何も残さずに、逝けると思うんです」
「う、うーん……キスはさすがに……」
と、断りを入れるが、「……お願いします」と、さっちゃんも引き下がる様子がない。
僕は考える。
まさか、そうやって、僕の魂的なものを吸うのか?
それで僕を、道連れにしようとしているのか?
さらに僕は考える。
でも、これで、さっちゃんが成仏できるなら……。
僕が混乱していると、さっちゃんがさらに一歩近づいてきた。
長い前髪の隙間から見える目が、上目遣いでこっちを見つめてくる。
少し潤んだ目が、僕をじっと見つめている。
「わかりました! これで成仏できるなら、お手伝いします! いや、させて下さい!」
「ありがとうございます」
さっちゃんの顔がぱっと明るくなる。本当に嬉しそうだ。
「え? マジで何言ってんの?」
ミカちゃんの声が聞こえるが、今は大事な時なので無視をする。むしろ、恥ずかしいので、しばらく何処かへ行ってて欲しいとさえ思う。
さっちゃんが目を閉じる。
僕もドキドキしながら、ゆっくりと顔を近づけていく……。
「ちょっと、待てぇぇぇ!」
いきなりミカちゃんが、僕とさっちゃんの間に割って入ってきた。
「それはダメだ! 契約はデートだけって話だろ!」
深夜の公園に、幽霊のミカちゃんの声が響きわたっている。
「……ミカちゃん? 煩いですよ」
「はぁ? 煩いって何? 何が煩いの?」
怖い。もの凄く怖い顔で、ミカちゃんが僕に詰め寄ってくる。
「いや、成仏して貰う為には仕方なく……」
僕はじりじりと後ろに下がり、さっちゃんから離れていく。
「キスなんて聞いてない!」
「……でも」と、少し言い訳を言おうとするが、それさえもすぐにかき消される。
「ダメったらダメ! 絶対ダメ!」
ミカちゃんが怒りながら、僕とさっちゃんの間に立ちはだかる。
ふわふわと浮いてはおらず、しっかりと地に足をつけ、見事な仁王立ちをしている。
ミカちゃんが、じっと僕を見つめ、長い沈黙が訪れる。
「ぷっ! あはははははは!」
突然、ミカちゃんの後ろに居たさっちゃんが、明るく笑い出した。
さっきまでのウジウジした雰囲気が、嘘みたいに明るい声を上げて笑っている。
その声に、僕とミカちゃんは同時に固まった。
「冗談、冗談です。ミカちゃんが、どこまで我慢できるか少し試しちゃいました」
口元を両手で隠し、顔が見えないようにしているが、さっちゃんが笑みをこぼしているのはわかる。
「はぁ?」
ミカちゃんが怖い目つきのまま、首をかしげている。
「だって、ミカさんったら、デートには憑いて来るし、ずっと私を睨んでるんですもの……。だから、ちょっとだけお返ししちゃいました」
いたずらっぽく笑うさっちゃんは、さっきまでのウジウジした雰囲気とは全然違う。
そんなさっちゃんに確認もかねて訊ねてみる。
「えっと……最後にキスがしたいって言うのは嘘?」
「はい。私のファーストキスは、あの世で大好きな人が出来た時の為に取っておきます」
元気な声だった。いままで聞いたさっちゃんの声で、一番元気で明るい声だった。
「そんな~。また、幽霊に騙された……」
深夜の公園で、膝から崩れ落ち、夜空を見上げて落ち込む僕。今の僕を見かけたら、変な男がひとりで、危ない儀式でもしているように見えるのだろうか……。
「でも、嬉しかったのは本当です。
私なんかとデートをしてくれる人がいて、とっても嬉しかったです。
ミカさんも、ずっとついてきてくれて、ありがとうございました」
その言葉に、少し救われたような気がした。本当に少しだけだけど……。
「……おう」と、答えるだけで、珍しくミカちゃんも、何も言えずに立ち尽くしている。
すると、さっちゃんの体が光り始めた。
淡い光が足元から立ち上り、少しずつ、さっちゃんの全身を包んでいく。
これは、霊が成仏する時の兆候だ。
その光景を、僕達は黙って見つめる。
「本当にありがとうございました。今日は、とっても楽しかったです。
それに、やっとお話できましたし……」
さっちゃんを包む光が増し、その光のおかげで、さっちゃんの姿が良く見える。
「ひーさん。……あなたに会えて、本当によかったです」
さっちゃんの目は、真っ直ぐに僕を見つめていた。
「これからも、ミカさんと仲良くして下さいね」
「それはミカちゃん次第です」
少し皮肉っぽい、照れ隠しが混ざった言葉を、さっちゃんに返した。
さっちゃんはニコっと笑い、顔をミカちゃんの方に向ける。
「ミカさんは、私の分も、ひーさんと一緒に居て下さいね」
「……わかった」
ミカちゃんは、さっちゃんをまっすぐに見ながら、そう答えていた。
「ありがとうございます。
マコさんって方にも、そうお伝えして頂けると嬉しいです」
「うん。……それもわかった」
「ありがとうございます」
さっちゃんは嬉しそうに笑った。
その瞬間、ひゅ~っと風が吹く。
それは、さっちゃんの足元から、天に昇るように吹いていた。
さっちゃんの眼鏡が舞い上がり、顔からはずれ空へと飛んで行く。
それと共に、さっちゃんの長い前髪がふわりと上がる。
光の中に現れた顔は、息を呑むほどの美人だった。
「え?」
「え?」
僕とミカちゃんが同時に固まる。
切れ長の目に、すっと通った鼻筋。
長い前髪に隠れていた顔は、モデルみたいに整っていた。
「では、そろそろ還りますね」
さっちゃんが最後にもう一度笑うと、光の粒となって天に昇っていく。
やがて、さっちゃんの姿は完全に光の粒になって消えてしまい、深夜の公園には、元の暗さが戻ってきた。
僕たちは、ただその光を見送ることしかできなかった。




