第十八話 幽霊娘と山デート その3
深夜の山奥にある廃神社にいる美女なんて、絶対人間ではない。
それは分かっているが、だからこそなのか、この世の者ではない美女に興味が湧いてしまうのだ。
雪女や玉藻前。元来そういった者達が出てくる話の中で、美女と呼ばれる女性はただの美人ではなく絶世の美女と言われるレベルの美人さんの事が多い。
ならば一目見てみたいと思ってしまうのは僕だけでないはずだ。
震えながらも頭を悩ませている僕に、ミカちゃんがあっけらかんとした口調で言う。
「逃げようか振り返ろうか、すっごい悩んでるね。まぁ、逃げる前にとりあえず見てみなよ」
確かにその通りだ。どうせ逃げるのなら逃げる前に一目だけでも見ておこう。
恐る恐る顔だけを向けるようにゆっくりと後ろを振り向くと、真っ赤の鳥居の所には、白い装束を纏った女性が音もなく立っていた。
長い黒髪が腰まで届き、青白い肌が灯籠の光に照らされていた。
「ひぃぃぃ!!」
僕は思わず叫び声を上げながら後ずさりする。
心臓がバクバクと音を立て足がすくんで動かない。
「帰る! 今すぐ帰る!!」
そう叫びながら逃げようとすると、ミカちゃんが僕の腕を掴んだ。
「待って待って!」
「待てない! 無理。絶対無理!」
「少し落ち着けって! 何かあったら、あたしが守ってやるから!」
「ミカちゃんに僕を守れるわけないでしょ! 神社が変わるんだよ? 灯篭がなんか凄い事になったんだよ? あの長い髪の色白の美女は、きっと凄い力を持った幽霊だよ!」
「ビビってるくせに、しっかりとあいつを見る余裕はあるんだね」
呆れながらもパニック状態の僕を必死に止めようとするミカちゃん。
しかし僕の恐怖は限界に達していた。
僕は外へ走り出そうとしたが、ミカちゃんが必死に止める。
揉み合いになっている僕達を、白い装束の女性は無表情のまま見つめていた。
そしてミカちゃんも真剣な顔で僕を見つめている。
「早く!早く逃げようよ!」
僕は必死に掴まれた腕を振り払おうとする。
そんな僕に向かって、ミカちゃんが真顔で恐ろしい事を呟く。
「ねぇ、ひーさん」
「何?」
「今日はここで一泊しよう!」
こいつは何を言い出すのかと思った。
不思議な廃神社ってだけでも相当怖いのに、さらに幽霊まで居る場所になんて泊まれる訳がない。
やはり幽霊はこういった場所を好むのか。しかし僕は生きた人間だ。
僕の視線より少し高い所を浮いているミカちゃんに向かって全力で講義をする。
「は? そんなの無理無理無理! 廃神社でしかも幽霊が居るのに泊るなんて無理! そういう変なお泊り会は幽霊同士でやってください!」
「あたしだけ此処に泊っても良いんだけど、そうなるとひーさんは今から夜の森を一人で帰るんだよ?」
「……え?」
その発言を聞き少し冷静になる。
此処から逃げる事ばかりを考えていたので、帰りの事などまったく気になんてしてなかった。
ミカちゃんの言葉が僕の頭の中でリピートされる。
ミカちゃんも幽霊なのだが、それでも夜の森を一人で帰るのは怖すぎるので一緒には居たい。
ミカちゃんは掴んでいた僕の腕を離すと、小さな子供にでも言い聞かせるように言う。
「あいつを良く見て。悪い感じはしないでしょ?」
恐る恐る神社の幽霊を見てみる。
長い黒髪の色白の美女がこちらを見ながら立っている。
気配を探ってみると、確かに負の感情を持った者ではなさそうだ。
小さい頃からこういった者達が視える僕には、多少の知識と経験がある。
それをフルに使い考える。
大丈夫なはずだ。
経験上、ヤバい奴はもっと嫌な感じを纏っている。
しかも着ているのは巫女服っぽい装束だ。
悪霊の類は人を騙して呼び込むこともあるが、本質を隠す事は出来ても、その本質は変える事は出来ない。
なので、神聖な巫女服の類には触れる事も出来ないはず。
そして僕は結論を出す。
夜の森を一人で彷徨うくらいなら、この神社にもまだあるだろう魔の者を防ぐ結界を信じて、朝までここで耐えよう。
僕は完全に諦めの境地に達していた。
「……わかった。朝までここに居る……ぐすん」
「決まりだね!」
「……はい」
泣きそうになりながら肯くと、僕の頭を撫でてくる幽霊のミカちゃん。
「良し良し、良い子でちゅね。何かあったら、あたしが守ってあげまちゅからね」
「よろしくお願いします」
プライドを捨て本気でそう懇願する僕の前に立ち、両手を腰に当て無い胸を張りながらミカちゃんが叫ぶ。
「うん。あたしに任せなさい」
小柄で童顔のミカちゃんが頼もしく思え、少しだけ、本当に少しだけだが安心する。
こうして僕は廃神社で一晩を過ごすことになり、灯籠の火が揺れる中、僕の長い夜が始まろうとしていた。
つづく




