第十七話 幽霊娘と山デート その2
山は日が沈むのが早いと聞いた事がある。
僕がミカちゃんに「そろそろ帰ろう」と提案し、それを無視されてから数十分後。
太陽は完全に山の向こうに沈み始め、辺りは夕暮れの薄明かりに包まれていった。
鳥のさえずりも聞こえなくなり、静けさだけが山を支配している。
……ヤバい。……本当に暗くなってきた。
そんな僕達は、この徐々に闇に飲み込まれていく森の中で完全に迷子になっていた。
上空から帰り道を探していたミカちゃんが、フワッと僕の前に舞い降りてくる。
「だめだ~! 全然見えない!」
上から帰り道を探してくると告げ飛んで行ったのに、悪びれる様子もない。それを見た僕は現状の恐怖も相まって、つい強い言葉を返す。
「見えないじゃないでしょ! ミカちゃんが迷子になっても、上から探せるから大丈夫って言ったんでしょ!」
ひとつ大きく伸びをしながら、ミカちゃんが答える。
「見えないものは見えないんだから、しょうがないじゃん」
やはり、悪びれる様子は全く感じない。それどころか、この現状に対し危機感すら感じられない。
「道を探すと言って飛んでったのに、そこまで高くまで飛べないなんて……。周りの木の半分の高さまですら飛べて無いじゃないですか!」
「もう! そんなに怒んないでよ!」
ミカちゃんは目を細め僕を睨んでいる。しかしすぐに腰に手を当て、ぱっちりした大きな目に戻り、自信満々な態度になる。
「確かにあたしの見た目は天使っぽいけど、あたしには羽根がないからね~」
「……はい?」
こいつは何を言っているのかと、呆れながら返事を返す。
「幽霊のあたしが、空高くまでなんて飛べる訳ないって!」
「そんな幽霊事情なんて知りませんよ」
さらに呆れながら返事を返すと、さらにとんでもない言葉が返って来た。
「見た目は天使だけどね。可愛くてゴメンね。勘違いさせちゃってゴメンね♡」
「……ミカちゃんが天使に見えた事なんて、ありませんけどね」
「あ?」
眉間に皺をよせ、鋭い目つきで僕を睨んでいる。
ミカちゃんは背が低い。
なのに顔を上に向けずに、下から僕を睨みつけている。
「……天使は絶対にそんな顔はしないと思う」
「あ?」
———数時間後———
僕の頭のあたりを胡坐の姿勢でフワフワと浮きながら、周りを探索していたミカちゃんが叫ぶ。
「ひーさん見て見て!」
「お! やっと道を見つけました?」
「あれあれ!」
ミカちゃんが指差した先には、木々の奥にぼんやりと何かの構造物が見えた。
「……あれは何?」
「鳥居だ! 神社だよ!」
確かに朽ちた鳥居と、社の屋根が木々の向こうに見える。
喜ぶミカちゃんに僕が大きな声をあげる。
「帰り道じゃないじゃん! 来る時にあんなの無かったじゃん! って事は帰り道じゃないって事じゃん!」
「おお! ひーさんは元気だな~」
「元気なんじゃなくて必死なだけです。ミカちゃんと違って僕は命がけなんですよ!」
なんでこいつは、こんなにも通常運転で居られるんだと思ってしまう。
ここは何も灯りの無い真っ暗な森んだぞ。やはり幽霊だから、暗闇も、野生の獣も、この世の者でない者達の事も怖くないのか?
僕の隣で宙に浮きつつも、先を見つめながらミカちゃんが呟く。
「……行ってみよう」
「え、どこへ?」
「あの神社」
「はい? 夜の廃神社なんて絶対ヤバいですって!」
「大丈夫大丈夫。ちょっと見るだけだって」
本当に廃神社に行くのか、と思いつつも、すこし考えてみる。
このまま暗い森を彷徨っているよりは、朝になるまで待った方が良い気もする。
それならば何もない森の中よりは、例え廃神社であったとしても人工物の方が寒さも凌げるはずだ。
遭難したら動き回るな、と聞いた事もある。
ずっと歩いていたので流石に疲れてクタクタだ。無駄に動き回って体力を消耗させるよりは、まずは体を休めたい。
そう考えて、ミカちゃんの提案に乗る事にした。
「……ちょっとだけですよ? ヤバそうだったら、すぐに帰りますからね?」
「は~い」
帰り道も分からない僕は、ミカちゃんに引きずられるように神社の方へと向かった。
木々の隙間から見える鳥居は、苔むして朽ち果てていた。
かつては朱色だったであろう塗装は剥げ落ち、木材が剥き出しになっている。
その奥には小さな社が見えるが、こちらも屋根の一部が崩れかけており、長年放置されていることが一目で分かった。
「うわー、すっごいボロボロ」
「だから帰ろうって……」
「せっかくここまで来たんだし、もうちょっとだけ!」
ミカちゃんは僕の言葉を無視して鳥居の方へと進んでいく。
僕は仕方なく、その後を追いながら辺りを見回した。
参道は草が生い茂っており、人が通った形跡は全くない。
石灯籠も倒れかけており、手入れが何十年もされていないのは明らかだった。
大丈夫だ。変な感じは無い。じめっとした嫌な感じも、刺すような鋭い気配もしてこない。
野生動物が住み着いて居るのかは分からないが、この世の者でない変なモノが、この廃神社に住み着いている事は無さそうだった。
「こんな所、誰も来ないよね。ここで待ってても助けも来ないよね」
「だからこそ面白いじゃん!」
何が面白いんだろう……。やっぱりミカちゃんは幽霊だから、こういう所が好きなのだろうか……。
薄暗くなった道を歩きながら、僕の恐怖がどんどん強くなっていく。
「ミカちゃん、やっぱり帰らない?」
「えー、もうすぐだって!」
ミカちゃんが振り返って僕に手を振っている。
「ほら、早く!」
「……分かったよ」
僕は重い足取りで鳥居の前まで歩いていき、ミカちゃんの隣に立つ。
ミカちゃんは鳥居の前で地面に降り、ちょこんと頭を下げた。そしてまたフワッと宙に浮きなおすと胡坐の姿勢に戻る。
僕も鳥居の前で一礼をする。
礼儀は大切だ。
この状況で神様に嫌われる訳にはいかない。
出来る事なら、この現状から救って貰いたいのだ。
まだこの神社に、神と呼べる者がいるのならだけど……。
二人で一礼をし、気合を入れなおす。
「じゃあ、行こう!」
両手を大きく上げ、満面の笑みで叫ぶミカちゃんは本当に楽しそうだ。
こいつは幽霊なのに周りを明るくする力がある。
なんの事でもない仕草や言動が周りに元気を振りまく。
そんな姿を見ていると、僕の中の恐怖も少し和らいでくる。
「よし。行こう!」
僕がミカちゃんと一緒に鳥居を潜ったその瞬間だった。
鳥居を潜り境内に足を一歩入れた瞬間、空気が一変した。
神社の境界線。ここは神様が鎮座する場所。
その境界線を越えた瞬間がはっきりとわかった。
さっきまでの山の空気とは違う、ひんやりとした冷たい空気が肌を撫でる。
目の前には屋根は一部が崩れ落ち、壁には大きな亀裂が走っている朽ち果てた社が建っている。
でも不思議なことに完全に崩壊はしておらず、まるで何かに守られているかのようにこの場に佇んでいた。
「うわー、マジでボロボロだね」
「だから帰ろうって言ったのに……」
僕がそう呟いた時だった。
僕達が見ていたはずの朽ちた神社がパッと変わってしまった。
さっきまでは無かったはずの朱色の鳥居が現れ、狐の石像が凛々しい姿で両脇に鎮座している。
そしてカランと乾いた音が響き、境内の石灯籠に火が灯った。
驚きながらも二人でその光景を見つめていると、一つ、また一つと、石灯籠がひとりでに灯っていく。
暗闇の中に浮かび上がる光が幻想的でありながらも、不気味な光景だった。
「ミ、ミカちゃん」
「あ、これはやばいかも……」
ミカちゃんの声が珍しく緊張している。
「ヤバいって、どうすんの? 逃げる?」
「ひーさん。後ろに……」
「……見たくないです。僕はこのまま逃げます」
「無理かも……。完全にこっちを見てる。
ひーさんも見てみなよ。すっごい綺麗な女の人だよ」
「本当に?」
「うん。すっごい綺麗な女の人が私達を見てる」
僕は考える。
自分の中で恐怖心と好奇心が争っている。
綺麗な女の人を見てみたいが、見たらダメなような気がしてならない。
民話や怪談でも良く聞く話だ。
振り返ってはならない。
もし振り返ったら大抵は悪い結果になる。
猫だってそうだ。
好奇心に負けて高い所に登った良いが、その結果降りれなくなるのだ。
僕は考える。
自分の中の恐怖心と好奇心について僕は考えた。




