第十五話 ミカちゃんの未練 おまけ
アルバイト先の店長に相談され、ひーさんは自らの経験から、その解決策をあれやこれやと店長に話していた。
時給は出すからと言われていたので、店長との話が終わり、タイムカードを切った頃にはもう20時を過ぎていた。
ひーさんが店の外に出た時には、すっかり日も落ち、町はすでに夜になっている。
盆地だからなのか、この町の夏は異様に暑い。
日が沈んでからも、生暖かい風が町を吹き抜けている。
これは、幽霊のミカと同棲生活を始める事になった現在から、時は10年ほど遡り、まだ高校生だった頃のひーさんの話。
「はぁ、疲れた……。未成年の僕に、こんな時間までバイトをさせて良いのかよ」
アルバイトからの帰り道、僕が足早に夏の夜の歩道を歩いていると、何処からか痴話げんかのような声が聞こえてくる。
「ダメ! そんな事をしたらダメ! 早くこっちに戻って来て!」
ふと声のする方に顔を向けると、またもや僕の視界の端は余計なものを捉えてくる。
遠くて良く見えないが、3階建のアパートのような建物の屋上。そこに設置されている柵を超えた所に、誰かが二人立っているのが見えた。
「なにあれ。屋上で月見でもしてるのか?」
その光景を気にしつつ、たいして交通量も多くない車道に沿って作られている歩道を歩き、その建物の前まで行く。
ここがこの場所から数分歩いた先にある、女子高の為の寮だと言う事に気付いた。
さらに屋上に居る一人がスカート姿だと言う事にも気付く。
「あんな所に居たら、スカートの中が下から丸見えじゃん」
夜だとはいえ、歩道からその建物までは数メートルしかない。
屋上の二人の話声は微かにしか聞こえないが、この距離からでも姿は良く見えるのだ。
この女子寮には、建物に沿って花壇が作られている。その花壇まで行って上を見上げれば、スカートの中を見る事は容易だろう。
そんな事を思いながら、屋上のふたりをボーっと見ながら歩道を歩いていた。
「……ごめんね……ミカ」
「リナ! ダメ!」
すると、叫び声と共に一人が屋上から落ち、すぐさまもう一人もそこから落ちた。
「マジかよ! あんな所で月見なんかしてるから!」
気付いたら僕は、その人が落ちてくるであろう場所に向かって走っていた。
「誰か! 誰か助けて下さい!」
落ちながら叫んでいる女の子が声が聞こえてくる。
「待ってて! 僕が下で受け止める!」
花壇に向かって足から滑り込み、両手と胸で、落ちてくる二人を受け止める準備をする。
間一髪で間に合ったと思った。
しかし屋上から落下してくる人間二人を受け止められる訳もなく、僕はあえなく落ちて来た二人の下敷きになり、訳もわからぬまま意識を失った。
気が付くと病院に居て、鎖骨と、あばら骨の数本が骨折をしており、三ヶ月の入院だと言われた。
何故こんな目にあったのかの記憶は無い。
気がつくと激しい痛みと共に、病院のベッドに寝かされていた。
救急車を呼んでくれた人の話では、誤って二階のベランダから落ちてしまった女性が、たまたまその下を通っていた僕に当たったとの事らしい。
自ら命を絶つために飛び降りたのでは? と噂もされたそうだが、それならば二階からではなく、屋上から飛ぶだろうと言う事になったそうだ。
なぜそういう結論になったのかというと、僕とその女性の怪我の具合から推測した衝撃は、二階くらいの高さから落ちた時くらいのものらしい。
もし屋上から飛んだのだとしたら、落ちた女性も僕も助かっていないとの事だった。
運悪く落ちてしまった女性が僕に降ってくるとは……。
本当に僕は運が悪いと思う。
そのせいで、この世の者でない奴等がいるこの病院に、三ヶ月も入院するはめになった。
しかし僕に当たったお陰で、その女性は気絶しただけで無傷で済んだらしい。
自分が居た事が誰かの為になった事で、ちょっと心が救われた気がした。
夜になると、この病院には僕にしか聞こえないであろう、やかましい幽霊の叫び声が聞こえてくる。
その声に驚いて悲鳴をあげると、怪我をした場所が痛み、激痛が僕を襲う。
その幽霊は大きな声で叫びながら、毎晩全部の病室を見廻っていく。
そんな幽霊を視たくないし、僕が視える事も知られたくはない。
なのでそいつが去っていくまで、固く目を閉じ寝たふりをして過ごさねばならない。
今晩も廊下の奥から、その幽霊の叫び声が聞こえてくる。
「おーい! リナー! どこに居るんだよー」
誰かを探して彷徨う幽霊の声が響くこの病院で、今日も眠れない夜を迎えると思うと、本当に憂鬱になる。
おしまい




