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幽霊女の奴隷になったひーさんの悲鳴が響く街  作者: もものけだま


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第十四話 ミカちゃんの未練 その6


 次の日の翌朝、僕は病室で目を覚ました。


 窓から差し込む朝日が眩しく、目を細めながら体を起こす。


 頭を触ってみると、昨日よりも痛みが和らいでいる。


 なにやら院内は少し騒がしく、看護師たちが色々な所で噂話に花を咲かせていた。


 朝食を食べ、しばらくすると担当医が病室にやってきて、簡単な診察を受ける。



「特に問題ないですね。今日退院できますよ」



「ありがとうございます」



 その後、退院の手続きを済ませると病院を後にした。


 リナさんの様子を見て来ようかと思ったのだが、とても病室には近づける雰囲気ではなかった。


 昏睡状態だった患者が目を覚ましたと、医者たちが大騒ぎをしているのを見てホッとする。


 自動ドアを抜け、自分が昨日転んだ事故現場で一度立ち止まる。


 昨夜の出来事が夢だったのかと思うほど、外は明るく穏やかだった。



「リナさんは、きっと大丈夫だな」



 そう呟きながら病院の門を出る。


 そして家路につきながら、ミカちゃんのことをふと考えていた。


 もしかして、もう成仏しているんだろうか。


 リナが目を覚ましたのだから、ミカちゃんの未練は解消されたはず。


 昨晩の出来事から、今までミカちゃんが僕の前には姿を現す事もなく、ちゃんとお別れを言えなかったことが心残りだった。



「二人ともとっても素敵で綺麗でした。ミカちゃん、ありがとう」



 そう呟きながら僕は自分のアパートへと歩いていった。


 

 

 アパートに着き、僕は鍵を開けて中へ入る。


 

「はぁ、まさか入院するとは思わなかったな。とりあえず風呂に入りたい」



 そんな事を考えながらリビングに入る。


 

「おかえり。遅かったから、今日も入院するのかと思ったよ」



 すると、部屋の中から聞き慣れた声が響いてきた。



「え?」



 信じられない光景が目の前に広がっている。


 ミカちゃんが僕の部屋で普通に座っていた。浮いているわけでもなく、普通に胡坐をかいて座っている。しかしブーツは脱いでおり、小さな苺がいっぱい書かれた靴下が見える。

 

 しばらくその光景に呆気に取られたが、我に返ると叫ぶようにミカちゃんに訊ねた。



「なんでだよ! 成仏してないのかよ! 未練は解消されたはずでしょ! ってかリナさんは? リナさんを放ってこんな所で何してんだよ!」



 思わず叫ぶ僕を見て、ミカちゃんはきょとんとした顔をする。



「うん……。言いたい事はわかる。実際、あたしも成仏するとそう思ってた」



 ミカちゃんは少し困ったような顔で笑う。



「でも、成仏できなかった。その後に看護師さんが見廻りに来て目覚めたリナを見つけて大騒ぎになったんだけど、あたしは消えるでもなく、その光景をボーっと見てる事しか出来なかった」



 そう言いながら、ミカちゃんは自分の顔を隠すかのように少し俯く。

 

 成仏できなかった事が恥ずかしいのか、それとも昨晩の大きな嬉し泣きを見られたことが恥ずかしいのかは分からない。

 

 そんな顔を見たら怒る気も失せて来た。そもそも怒る事など何もない。

 

 だが、また会えた事が嬉しくて、つい大きな声を出してしまっていた自分に気付く。変な空気になったので、間を埋めるように訊いてみる。

 

 

「まあ、ミカちゃんは成仏したくて、リナちゃんを目覚めさせたじゃないしね……」



「なんでだろうって、ここで朝まで考えたんだけど。たぶんまだ未練が残ってるんだと思う」



 その返事に肯きながらも、気になったワードが含まれている事に気付き、また少し大きな声で詰め寄る。



「未練って何ですか? って言うか、ここで朝まで考えてた? もしかして、昨日の夜にはもうここに居たの?」



「ひーさんは朝から元気だな。こっちは幽霊なんで、日中は元気が出ないんですけど? 低血圧の酷いヴァージョンなんですけど?」



「……ミカちゃんも、朝からすっごい元気じゃないですか」



「ははは、まぁ良い事があったからな」



「それで、その残っている未練ってなんなんですか?」



 僕の問いに、ミカちゃんはゆっくりと話し始めた。



「あのね、リナが飛び降りた時なんだけど、誰かが助けてくれた気がするんだよね。


 あたしの力だけじゃリナを支えきれなかった筈なのに。

 

 というか、あたしもリナと一緒に落ちてただけなんだけど。

 

 でも、誰かがリナを下で受け止めてくれた……気がする。

 

 その時はよく分からなかったんだけどね。

 

 あたしの声に反応してたし、その人はたぶん幽霊だと思う。

 

 だからあたしは、その幽霊にお礼が言いたい」



「はぁ?」



「その人を探し出してお礼を言わないと、モヤモヤして成仏できない!」



「……本気で言ってるの?」



「うん! それとね……」



「まだ何かあるんですか?」



 ミカちゃんは胡坐を直し正座になる。武道をやっていたからなのか、背筋を伸ばして座りなおしたその正座は、とても綺麗だ。

 

 そして真剣な顔で、僕の目をしっかりと見据えている。



「リナも一般病棟に移っちゃったから、本当に帰る場所がなくなっちゃったんだよね。だからここに住むことにした♡」



「はい?」



「よろしくね」



 にっこりと笑いながら、とんでもない事を言いだす幽霊が目の前に居る。

 

 小さい頃から霊的な者達を見る事ができた僕にとって、そういう者達には散々な目にあわされてきた。そんな者達に入るミカちゃんと一緒に暮らすなんてありえない。つい大きな声がでる。



「なんでですか! なんで僕の部屋に住み憑くんですか!」



「だって、前にひーさんがあたしに帰る所あるのって聞いたじゃん! あれって家に来ても良いよって事だろ?」



「違いますよ! 本当にどこに帰るのか気になってたんで聞いただけです!」



「もう。照れちゃって……可愛い」



 呆気にとられて無言になる僕を無視して、勝手に話を進めて行くミカちゃん。



「って事で、さっそくあたしの寝床を作ろうぜ! あっ、それともあたしと一緒に寝る?」



 重なるアホな発言に呆気にとられて無言になる僕を無視して、勝手に話をするミカちゃん。



「どした? 嬉しさのあまり声も出ないか?」



 確かにミカちゃんと再会できた事を、嬉しいとは思っている。

 

 それに良く見れば可愛い顔をしているし、性格も良い奴には入るだろう。

 

 そんな子と同棲生活……。有りなのかと思いながらも、よく考えてみる。

 

 もしかして、こいつは僕に憑りつく気なのか?

 

 そうして徐々に弱らせて、あの世とやらに連れて行く気なのか?

 

 そうなった僕も幽霊になって、ずっとこいつにこき使われるのか?



「ひぃぃぃぃ! 無理無理、絶対に無理!」



 つい大きな叫び声とともに断りを入れると、ミカちゃんの表情が険しくなる。いつもの大きな目が細くなり、ギロっとした目でこちらを見ている。

 

 怒っている。目の前の幽霊が怒っている。その顔に怖くなり、恐る恐る理由を訊ねてみる。

 

 

「なんで僕の家なんですか?」



「だって他に行くとこないし!」



 怒っている。目の前の幽霊はもの凄く怒っている。その顔に怖くなり、別の案を提示してみる。



「マコさんの家とかはダメなんですか?」



「マコんとこは家族がいるから迷惑だろ!」



「リナさんの家とかはダメなんですか?」



「リナには家なんて無いし、あったとしても、これ以上迷惑はかけられないじゃん!」



「僕は? 僕には迷惑をかけても良いんですか?」



「ひーさんは大丈夫でしょ」



「何が大丈夫なんですか!」



 訳の分からない理由に、つい大きな声で反論してしまう。



「だって、ひーさん優しいじゃん」



 目の前の幽霊の顔は、いつもの表情に戻った。しかもなんだか機嫌も戻ったようだ。



「……理由になってないですよ」



 呆れたようにそう返すと、ミカちゃんは正座の姿勢のまま、

自分の短いスカートの裾を掴む。


 こいつは幽霊だが、赤と黒のチェック柄の短いスカートからは、細く白い脚がしっかりと伸びている。

 

 掴んだ裾をほんの少しだけ捲りながら呟く。



「そう言えば……」


「どうしたんですか?」



 返事を返しながらも、僕の目はミカちゃんのスカートに釘付けになる。



「さっきひーさんの洗濯物と一緒に、あたしの短パンも洗濯してるんだよね」



「え?」



「ってことは、今のあたしのスカートの中は……」



「中は?」



「ここに住んでも良いなら教えてあげる♡」



 思考が上手く働かない。

 

 僕はさっき退院して来たばかりなのだ。

 

 しかも頭を打って入院したのだ。

 

 思考がおかしな方向に傾いても、それはしょうがない事なんだと自分に言い聞かせる。



「……少しでしたら、ここに住んでも良いですよ」



「やったー。決定! 今日からここがあたしの家だね」



 目の前の幽霊は、両手を大きく上げて喜んでいる。

 

 その幼い顔には喜びが溢れている。本当に嬉しそうだった。

 

 そんな顔を見せられては何も言う事なんて出来なかった。



「はぁ……。もう好きにしてください」



 完全に諦めた僕は深い溜息をつく。


 こうして、僕の家にミカちゃんが住むことになった。


 まさかの展開に僕は頭を抱えるしかなかった。


 でも、ミカちゃんが成仏していなかった事に少しホッとしている自分もいる。


 ミカちゃんに最後の別れを言えなかった後悔が少しだけ和らいだような気がした。



「……もしかして、僕ってミカちゃんに憑りつかれてるの?」



「さぁ、どうなんだろうね」



「……まぁ、いいか」



「え。何? 何か言った?」



「何でもないです」



「ふーん」



 ミカちゃんはご機嫌で僕の荷物をどかし始めたが、その横顔を見ていると、やっと本当の笑顔を見れた気がして僕も嬉しくなった。



「あっ! こんな所に変な雑誌が挟まってる」


「待って! 勝手に寝室に入らないで!」


「あっ!」


「あっ!」



 ミカちゃんが雑誌をベッドの下から出すと同時に、二人で同時に声をだし固まる。



「いや~~~ん。ひーさんったら」



 僕の隠していた秘蔵の雑誌で、お世辞にも大きいととは言えない自分の胸を隠しながら、上目づかいで僕を見てくる幽霊のミカちゃん。



 ……こいつは今まで出会った中でも、一番最悪の幽霊だった。


 

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