第十三話 ミカちゃんの未練 その5
僕の口が勝手に動き、僕の知らない感情が、言葉として溢れ出してくる。
「リナ……ごめんね。あたしのせいで、こんなことになって本当にごめん」
ミカちゃんのメッセージは、謝罪の言葉から始まった。
僕の目から涙が溢れ出し、頬を伝っていく。
「リナ……覚えてる?
あたし達が初めて会った日のこと。
リナが、あたしの初めての友達だったんだよ?
リナ覚えてる?
あたしが他の子に苛められてた時、リナが庇ってくれたの覚えてる?
あたしは昔から小っちゃかったから、よくリナに助けて貰ったよね。
リナがあたしの代わりに、先生に怒られた事もあったよね。
あたしずっと申し訳なくて……。
でもリナは笑ってた。
友達だもん大丈夫だよって笑ってた」
ミカちゃんの想いを通して、僕の中にも二人の過去が伝わってくる。
まだ小さい頃、幼稚園児くらいの二人が、砂場で泥だらけになりながら、砂で一生懸命に何かを作っている映像が僕の中にも思い出として現れる。
孤児院で育った二人は、お互いが唯一の家族だったのだろう。
二人だけなのに、本当に楽しそうにしている。
その想いが、僕の意識を埋め尽くしていく。
「それからずっと一緒だったね。
一緒に学校行って。一緒に遊んで。一緒にバイトして。
一緒に買い物に行って。
ずっとずっと一緒だった。
なのに、あたしが勝手な事してリナを独りにした。
だからリナのせいじゃないよ。
リナは何も悪くないんだよ」
ミカちゃんの発する言葉に連動して、その時の思い出が、映像となって僕の中にも現れる。
窓から夕陽が差し込む放課後の教室で、中学生らしいミカちゃんとリナの二人が、何かを真剣に話している。どうやら進路の事を話し合っているようだ。
僕の意思とは関係なく、どんどん映像が切り変わっていく。
ファミリーレストランの制服を着て、笑顔でお客さんからの注文を聞いているリナ。商品を乗せたトレイを持ち、それを見ているミカちゃんの思い出。
ショッピングモールで買おうか悩んでいるミカちゃんに、呆れながらも笑顔でアドバイスをしているリナ。
そんな二人の思い出が次々と浮かんでくると、涙がさらに溢れ出し、僕の視界を歪めていく。
大きく息を吸いなおし、少しの間をおいてから、ベッドで眠るリナに再度話しかける。
僕はその想いを声に乗せる事だけに集中し、ベッドで眠るリナに届くようにと、僕の願いも声に乗せる。
「あたしはね。あたしはリナをあっちに連れて行きたくないんだ。
リナは生きなきゃダメなんだよ。
あたしの分まで生きて欲しいんだ。
自分勝手な事を言ってるのはわかってる。
でも、リナまでこっちに来る事は無いんだよ。
だからお願い、目を覚まして……。
リナがこんな状態だと、あたしも成仏できないよ。
お願いリナ……。目を……覚まして……」
最後の言葉を絞り出すように、ミカちゃんはリナに向かって懇願する。
ピッピッピッと、静寂の中で、無機質な機械の音だけが響いている。
僕の意識と体の主導権が、徐々に僕のものへと戻ってくる。
僕から抜け出たミカちゃんは、リナちゃんの顔を見つめながら祈っていた。
頼む。届いてくれと願う。この子がリナを目覚めさせるために、何年も独りで頑張って来たのを、僕は知っている。
リナの眠る横で、涙を流しながら祈っているミカちゃんの背に手を当て、もう一度、想いを、願いを、声に乗せる。
「リナ。お願いだから目を開けて……」
その時、リナちゃんの指がわずかに動いた。
それに気づいた僕は息を呑む。
そして、リナちゃんのまぶたが震え始めた。
それはとてもゆっくりで、本当にゆっくりと、リナちゃんが目を開ける。
「……ミカ?……そこにいるの?」
とても小さく、かすれた声が静寂を破る。
「リナ! 居る。あたしはここに居るよ!」
その声に反応し、ミカちゃんがすぐに大きな声で答える。
「……心配……かけて……ごめんね……」
リナちゃんの目から涙が溢れ出し、頬を伝っていく。そして目だけをミカちゃんの方に向け、静かに唇を動かす。
「……ずっと……ミカの声が……聞こえてた。
だから……私は……向こうに行かなかったんだ。
ミカが、いつも呼んでくれてたから……。
私は……こっちに、帰って来れたんだよ」
リナのその言葉に、ミカちゃんは子供のように泣きながら崩れ落ちベッドにしがみ付く。
「リナ! リナ! 良かった! 戻って来てくれたんだね。良かったーー。うわ~~ん! リナーー」
リナには、ミカちゃんが見えないはずだ。
普通の人間に幽霊は見えない。見る事が出来ない。
それなのに、二人はまるでお互いの姿が見えているかのようだった。
お互いの心が、繋がっているからかもしれない。
リナの視線は、ミカちゃんにしっかりと向けられていた。
「……リナ……ごめん」
「……ミカ……ごめんね」
涙を流しながら二人は微笑み合う。
その光景があまりにも美しく、僕は見つめている事しか出来なかった。
ブルブルと僕のスマホが、ポケットの中で振動し始める。
事前にミカちゃんが調べておいた、巡回の時間まであと数分しかない。
僕は静かにナースコールのボタンを押し、看護師が来る前にそっと病室を出た。
誰にも気づかれないように、帰りは一人静かに廊下を歩く。
そして自分の病室に戻りながら僕は思った。
「あれが、奇跡って言うのかな……」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら、誰も居ない院内を歩く。
しかしその時の僕は、これでミカちゃんが成仏してしまうなんて事は考えもしていなかった。
別れの言葉を言えなかった事に、後悔が押し寄せてくるとも知らぬまま、僕は自分用のベッドに横になると目を閉じた。




