第十話 ミカちゃんの未練 その2
僕が前に会った事もあるリナさんが幽霊だと言われ、その言葉に僕は息を呑む。
ミカちゃんの言葉を聞きながら、僕はあの時の出来事を思い返した。
あの時、リナちゃんに会った場所は、確かに少し様子がおかしかった。
ミカちゃんは女子寮だと言っていたが、あの建物は薄暗くてボロボロで、どう見ても人が住んでいる感じがしなかった。
ましてや女子寮とは思えないほど、そこらじゅうが汚れていたのが気になっていた。
しかも夜遅くに男の僕が何回も叫んだのに、通報されるどころか誰も出てこなかった事も、よく考えてみるとおかしい。
「……あの女子寮って、今はどうなってるの?」
「もう誰も住んでない。あたしの事件があったすぐ後に、安全面に不安があるとかで使用されなくなった」
「……そうだったんだ」
「うん……騙したみたいで、ごめんね」
「別に騙されたなんて思ってないけど……。ミカちゃんを刺した犯人は、そのまま女子寮まで行ってリナさんまで……。
それでリナさんは地縛霊になってしまったから、僕に未練を晴らして欲しいって頼んだんだね。あの時は、ミカちゃんの未練だと思ってたよ」
「……ひーさんは勘違いしてるよ。
リナはストーカー野郎にやられた訳じゃない。
本当のリナは、病院で眠ってる。
だけど、昏睡状態で、もうずっと目を覚まさない」
「なんで?どういう事なんですか?」
僕の問いにミカちゃんの声が震える。
そして少しの間を空けた後、顔を歪めながらゆっくりと話し出した。
「あたしが通り魔に刺されて死んだ事を、リナは自分のせいだって思い込んじゃったんだよ。
だからリナは……リナは寮の屋上から飛び降りたんだ」
「え?」
「あたしはその場にいた。幽霊になったあたしは、その瞬間を見たんだ。何度も何度もヤメロって叫んだ。でも声が届かなくて……」
涙がミカちゃんの頬を伝っていく。その涙を拭う事もせずに、まっすぐに僕を見つめている。
「あたしはリナを止められなかった。リナが落ちていく時、あたしは空中でリナを抱きしめたんだ。でも幽霊のあたしじゃ支えきれなくて……そのまま私達は落ちて行った」
ミカちゃんは一度言葉を切り、震える手で涙を拭った。
「その後、どうなったのかは思い出せない。
……気づいたら、あたしは自分が死んだ場所に戻ってた。
リナがどうなったのか分からなくて、あたしは必死でリナを探したんだ。
でも、あたしの声が聞こえる人も、あたしを視る事が出来る人もいなかった。
だから色々な幽霊達に聞いて回った。
幽霊達の相談相手になったりしながら、リナがどうなったのかを調べたんだ。
そうしたら、あるときにリナに似た幽霊を見かけたって奴に出会った。
あたしはそいつ等からその場所を聞いて、それであの女子寮に行ったら本当にリナがいたんだ。
あたしが何回も訪れた時には居なかったのに、あるときからリナが女子寮に現れるようになった」
「僕が会ったリナちゃんは、そのリナちゃんだったんだね」
「……うん。でもリナはあたしの事が視えてないし、声も聞こえてなかった。
リナはずっと暗い部屋に籠って、ずっとずっと泣いているだけだった。
他の幽霊とは話せるのに、リナとだけ話せない理由がわからなくて、遠くまで行って色々な幽霊に聞いて回ったんだ。
そうしたら、ある幽霊が自分が入院してた病院に、リナが居たって教えてくれて、あたしは急いで会いに行ったんだけど、そこであたしが出会ったリナは、ずっとベッドで眠ったままだった。
それで女子寮にいるリナは生霊なんだって分かった。
それからが長かったな~。
幽霊だから時間はいっぱいあったんだけど、何も出来ないまま時間がどんどん過ぎて行ったよ。
そしてあるときに、マコからひーさんの事を聞いたんだ。
だから、ひーさんに頼んでリナの未練を消せば、リナの生霊が消えて、魂みたいなのが本体に戻ると思ったんだ。
そうなればリナも目を覚ますと思った。
でも、だめだった。
リナは眠ったままで起きなかった」
そこまで話すと、ミカちゃんは小さく静かに、一度深呼吸をして、僕の目を真っ直ぐに見つめてきた。
ボロボロと涙を流しながら、僕をまっすぐ見つめている。
普段の幼い見た目よりも、さらに幼く見えるほどミカちゃんは泣き崩れていた。
そんな姿を見て僕は思う。
この子は、ずっと一人で頑張ってたんだろうな。
その小さい体で、ずっと一人で頑張ってたんだろうな。
ミカちゃんが成仏できなかった理由は、リナちゃんを助けたいからなんだと、この時に痛いほどおもい知った。
そしていつもミカちゃんが帰っていた場所は、きっとリナさんが眠る病室なんだとなんとなく気付いた。
……助けよう。……この子は僕が救ってあげよう。
生まれて初めて、幽霊の為に何かをしてやろうと思った。
「……もう、どうすればいいのか分からないんだ」
ミカちゃんは涙を流しながら僕に頭を下げた。
「ひーさん……お願いします。
リナを助けて下さい。
あたしの声はリナに届かないんです。
でも……ひーさんなら……。
お願いします。ひーさん……助けて……」
震える声で懇願するミカちゃんを見て、僕は迷わず答えた。
「分かった!僕が手伝う!」
その言葉を聞いた瞬間、ミカちゃんの顔に笑顔が戻る。
「僕が絶対リナさんを助けて見せる!」
「ありがとう……ひーさん……」
「そしてミカちゃんの事も、僕が救ってやる!」
「え?あたしも?」
「もちろん! ミカちゃんは僕の友達でしょ? 友達が困ってたら助けるのは普通でしょ?」
「……ありがとう」
そう言ってミカちゃんは再び涙を流した。
でもその涙はさっきまでの悲しい涙ではなく、どこかに希望を見出した涙のように見えた。




