76話 回帰
カイラがもう片方の目を瞑る……瞬間、姿がパッと消えた。
「当たりだな」
「調子に、乗るなっ」
短剣が投げられ頬を掠める。飛んできた方向に目をやると…滞空するカイラの姿が。
先ほど飛ばされたので上下左右関係なしに移動できることは分かっていたが…滞空も出来ると。
そうとなればカイラの『異能』は単純な瞬間移動などではないだろう。
「…位置の、座標の指定ってところか」
となれば疑問がある。今の今まで位置の固定を使わなかったことだ。
それが意味することは…
「あぁそういうことか?」
恐らくは固定もまた瞼を閉じることが必要であり瞼は二つしかない。一度に座標を指定できるのは二種のみ。
ならば試しに『呪い』を使おうと意志を持って目の前の対象へ放つようにした…が、そう上手くは行かないらしい。
遠くから引っ張るような感覚はあったもののどこかでまた固定されてしまった。
「はぁ…っ」
「もしかして…結構疲れるのか?」
「だまれ…」
額に汗が滲んでるぞ?口だけは未だ達者なようだ。
「まぁそうだよなぁ…大事な大事な命だ。大切にしろよ?」
「だまれと言ってる!」
おお、こわいこわい。かなり感情を露にしているが…おかげで動きが単調だ。
すぐ背後に移動した後短剣が乱雑に首元に。先程と同じ軌道で。
しかしそんな分かり切った動き、当たるわけもなく手首を掴み取った。
「こんなものっ」
振り払うことは出来ないだろう。だからまた…眼を瞑ろうと─────
「それしかないよな?」
「なっ」
したところでレックスは、空いている手でカイラを抱き寄せた。
さてここでもう一つ疑問だ。恐らくカイラの『異能』の効果である『対象の座標指定』。
この対象は…どこまでの範囲で切り分け移動している?仮に出来るとしてそれはこの状況で行えるのか?
パッと、視界が切り替わった。
* * *
「なるほどなぁ」
背中が焼けるように痛む。一部切り取られたようだ。
だが…懸けはレックスの勝ちらしい。きちんとレックスの手はまだカイラの手首を掴んで離していない。
「っ離せ!」
「悪いがお断りだ」
空いている手で短剣が胸に突き刺される。
体勢が悪かったな…これなら死なない可能性すらある。
「いやっ」
「お前らはタフだからな…全力だ」
手は離さず、グッと反り…
レックスは容赦なく、隙だらけの頭目掛けて頭突きを放った。
「がっぁ…」
カイラの身体が力無く傾く。かなり効いたようで額からダラダラと血が垂れており…意識が飛びそうだ。
「まだ行くぞ?」
そこからは一方的だ。先ほどから一転して…レックスがカイラに対して攻める形で。
ひたすら、小さな額に頭を打ち付ける。何度も、何度も、何度も…もう立ち上がる気力すら与えないために。
「…ぁ」
十数回を超えた頃…ようやく、カイラは膝を付き地に伏せた。
「終わりだ」
ようやく放たれた三人の視覚を退けた。後はフィーナを取り返して…取り返して、どうするんだろうか。
……そこからのことはまだ考えちゃいなかった。生き返ってすぐ襲われたのだからそれもそうだろう。
「ま…それはこれから考えりゃいいか…」
「止まれぃ!不死王!」
叫ぶような声が…遥か上空から届いて思考は中断された。
* * *
声を発したのは初めに落としたはずのあの天神。他の天神から支えられながら滞空していた。
周りにはざっと百ほど兵の服装をした天神もまた、滞空している。
「随分と細くなったんじゃねえの?」
「っ…よく動く口だな」
依然として翼はもがれたまま。それでも立っているとは…不死王に対する恨みは本物だな。
「…持ってこい」
「はっ」
「あ…?」
その男がまた別の天神へ指示を出し天神がどこかへ行った。
何が目的か…これだけ居たところで結局意味は…
空への干渉は難しいため中断していた思考を回しながら…何が起きるかを待っていると…
「持ってきました!」
「…は?」
その光景が、目に入った。
胸部が綺麗に貫かれ力無く抱かれている…フィーナ。
その傷を、レックスに見せつけるように前面に押し出してくる。
「悪趣味だな。いつからお前らの趣味は死体集めになったんだ?」
「…まだ生きているだろう?」
すぐに気を取り直しまた挑発しようとしたが、出鼻を挫かれた。
…気付いたか。
「いや、間違いなく死んだ…だがお前が守るということはそれだけの意味か…価値があるのだろう」
「はっ、勘違いしてんじゃねえ。単純に…眼の保養にいい女だったからな。せめて遺体は埋めてやろうと思ったんだよ」
「虚を吐くのが下手なのだな。不死王」
ダメだな。もう誤魔化しは効かないようだ。
「何が目的だぁ?」
「言わずとも分かるだろう。交渉だ」
フィーナの身体へ、剣の切っ先が当てられる。
「貴様の話は聞かん。もう…ここで終わらせる」
「終わり、ね…」
終わらないからここまで来てしまったのだが…
まぁこちらの事情を話したところで意味はもう無い。黙って次の言葉を待つ。
「俺は考えた…不死である貴様を殺す方法を、この数百年でな」
「へぇ…」
何を言い出すつもりだと…身構える。
どうしても殺せないから『不死王』なのだ。それを殺すだと?首を切られても、心臓を穿たれても死なないのに?
嘘だ。ありえないと内心で嘲る。
が…告げられたのは単純な言葉では無かった。
「今から貴様の記憶を…消してやる。この世界から、『忘却』の名に懸けて」
「は─────」
その瞬間、先ほどまで遠くに固定されていたはずの『呪い』が─────動き出した。
どういうことか尋ねるそれよりも早く…遠くから、強大で大量の『それ』がこの場へと押し寄せて来ていた。
* * *
『呪い』だ。今まで身体に染み付いていたのだから分かる。
いつも放出している『それ』はいまなおもこちらへ近づいている。
「…どうした?不死王」
「…今すぐ逃げた方がいいぞ」
「は…っ貴様!」
わざわざ親切に指さしてんだ…疑うのはどうなんだ。
「まー待て。一旦落ち着け」
「落ち着いてられるか!ふざけるなよ…」
「だから言ってんだろうが!早く…逃げろってな」
今あそこにある『呪い』は長い期間カイラによって離れた位置に隔離されていたもので制御が効きそうにない。
一度体内に戻す必要があるのか…分からない。このような状況になったのは初めてだ。
「話は後だ。お前らの手にフィーナがある以上…俺はどうしようもねぇんだよ!」
レックスはこれ以上の会話は打ち切りとして、『呪い』の方へと駆け出した。
改めてすごい圧だ…あれをいつも放っているとは…相手が可哀そうになる。
「今回は俺だが…な!」
数秒後にはぶつかる距離まで走った。そこでレックスは右手を突き出した。
衝突する。魔力に似た、でも違う。意志を持ったように荒れ狂う『呪い』。
指先に触れた瞬間ぎゅるぎゅると波打つように身体の中に入り込む。今までのように自在に扱えていたものとは全くの別物だ。
…気を抜くと、呑まれる。
『生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい』
「そうだよな…!そこから始まったんだ…!全部!」
声が聞こえてくる。その通りだと、肯定する。
あぁ…確かに、生きたかったよ。俺は。でも…もう、終わったんだ。
今こうして動いていること自体、奇跡なのだ。
「…だから、そいつには従えねぇ」
ようやく馴染んできた。幾ら離れて暴走していても結局は知っているものだ。全部、全部をレックスは回収していく。
そうして全てを吸収し終えたレックスは…地に、膝を付けながら呟く。
「…フィーナ…」
震える声で、ただその名を呼ぶ。
自身を終わらせてくれた少女の名を。
* * *
レックスは、目を覚ました。
「あ……?」
どうやら寝かされていたらしい。状況を確認するべく周囲を見回すと……すぐ近くに、その顔があった。
「フィーナ?」
「え…あっ起きてる!」
長い薄橙の髪と瞳、いつもどこか微笑んでいる顔、そして柔らかでありながら張りのある元気な声音。
全てが、彼女だと示していた。
「─────っ……よかった……」
安堵の息が漏れた。生きていた。生きている。そのことに、レックスは安心感をようやく掴み取ることができた。
「レックスもそんな顔するようになったんだ」
「……誰のせいだと思ってる」
「あはは〜さて、誰だろうね〜」
話しているだけで暖かな気持ちを覚えていた。
不死王はようやく会えた……お互い生きて出会えた不思議な関係の彼女へ、どう接するか迷いつつも次の言葉を重ねようとして─────
「なぁフィーナ……これから……」
「悪いな、不死王よ。歓談中失礼する」
その男の声が、耳に入った。
「……居たのか」
「誰がお前らを引き合わせたと思っている」
「……そうか」
レックスはようやく現実を認識する。恐らくはあの『呪い』の集合体を吸い取った後気絶していたのだ。そしてその間にフィーナは蘇り、レックスと合わせることに……
「どういう目的だ?」
「今一度、話す必要があると思ったのだよ。お前の態度と……その顔を見て、な」
「はぁ……気持ち悪っ」
「こちらが歩み寄っているというのに貴様はっ」
「ごめんごめん!今ちょっと気が立ってるみたいだから……その、私の顔に免じて、ね?」
すぐに煽る不死王に怒る天神族長。その仲を取り持つのは『色彩の魔女』。なんという不思議な光景だろうか。
お互いが落ち着いた頃……フィーナが最初に口を開く。
「それよりも……話、でしょう?きっと……何よりも大事な」
「あぁ……世界が滅びかねんからな。1度お前への恨みは忘れてやる」
「そうかよ」
険悪な者たちの話し合いが、始まる。
〜キャラ設定紹介〜
カイラ=オルフェン(天神族)
金髪金眼の少女天神。『観測』の役割を持つ。
ちなみに全員生きてます。ただもう二度と立ち上がれないくらいにはダメージが入っているかもですが。
もう少しでこの作品も終わりです……!感慨深い!




