59話 魔術師の語り合い
「結局……その力でしか語り合えないんだよ。魔術師っていうのはね」
魔力量、蓄えたその知識、研鑽してきた技術、それらをぶつけ合う。
そのための領域を今編み上げた。
「ここなら怪我しても…この数分間の出来事は無かったことになるからさ。全力で掛かってきて」
「…それは…なんたる…」
「言うてもまだ未完成品だから上手くいくか分かんないけどっ……って!速いね!」
感動していた表情は嘘のように、素早くアルベルトは動き出していた。
飛行魔術を加速させて宙返り。そのまま背後へ陣取り…詠唱を口に─────
しなかった。
「詠唱破棄…っ!」
「この程度…どうとでも出来ますでしょう?」
上位精霊の魔術かってところだろう。それでも不意打ちには十分だ。
無数の光の弾が空中に線を描きながら私目掛けて飛来する。
「だったら…『永夜よ、満ちよ──ノクティス・エレボス』!」
「なっ…精霊王の…短縮詠唱!?」
光の着弾点へ私は闇を生み出す。闇は永夜の如く、光を黒へと染めていく。やがて放たれた全てが後…私は彼を見据え、言葉を吐く。
「…力の差に絶望した…かな?」
「いえまさか…」
なんだ…私が魔術を使う様子を伺っていたからビビってんのかと思ったけど…杞憂だったらしい。
むしろその笑みと目は一層獰猛さを増している。
「寧ろ…胸が高鳴っている…こんなにも、まだ先は遠い」
「それが強がりじゃなかったらいいけどね」
なんて…口では言うものの、アルベルトの態度と目からは嘘じゃないこと等分かっている。
何よりも私の口角が上がっていることが…その証拠になる。
「今度はこっちから…」
「戦場において待ったなど無いでしょう?」
「へぇ…いかにも正々堂々を好みそうなのに?」
今度は両サイドから攻め立てられる。
うわ、拘束術式と節約術式を混ぜた精霊魔術?…これ、喋ってる時から練ってたね?明らか即時に出したやつじゃないよ。
「勝ちに来てるね?」
「当然!」
最初から師匠を越えようなんて…生意気…!
「いいよ…なら私も…」
本気を、出すとしよう。
* * *
目の前の少女の放つオーラ、圧と言うべきか。それが明らかに異様になったのをアルベルトは感じ取った。
(このまま押していいのか?…っ分からん!)
今使っている魔術は2つ。アルベルトは同時に発動出来る魔術は3つ、無茶をして4つまで。今が仕掛け時なのかどうか…
一瞬の逡巡、後…答えを出す。
「『絶対零度』!」
アルベルトが選んだのはここで勝負を終わらせるほどの火力を畳み掛けること。長引かせたらまずいと長年の勘が告げていたから。
拘束魔術を帯びた光の弾が着弾。手応えはないもののこれは防御結界にぶつけても展開するようになっている。問題なし。
そのまま次なる一手、氷の魔術によって吹雪が発生する。
それはもう…魔術による防御が無ければ凍ってしまうほどの。
これも手応えは芳しくなかった。ただ…ここまでは想定内だった。
最初からこれを決めてにするつもりだったのだから。
「『神怒の風雷』!」
巨大な雷の槍が天空から落下する。
(防御に思考を回させ回避を無くした。ならば…)
これに貫通術式と隠蔽術式を付与。
「『天蓋の彼方に在す純粋なる光の御子よ、全ての闇を焼き払い、聖なる輝きと共に降臨せよ!光精霊ルミエル・ソレイル、』」
更に術式解析の余裕を与えないための追撃。これで、5つ目の同時発動。若干の気分の悪さを感じたものの、これならば…
「5つ同時発動ね…中々」
(笑っている…?)
本当に、心底楽しそうに…少女は笑った。
アルベルトはその態度に一瞬怯むも…全てを掛けた一撃に集中する。
─────一瞬の明暗。共に轟音が鳴り響く。
神雷が少女へ突き刺さる。到底受け切れる威力じゃない。
勝利を確信した…その時。
「─────っ!?」
とてつもない連続の衝撃波がアルベルトを壊すために襲いかかった。
* * *
アルベルトは28歳、現在は妻もいる宮廷で働く魔術師だ。
「なぁアルベルト。お前は次の皇帝は誰になると思う?」
「リューカス…そんなこと考える暇があるなら手を動かせよ」
「なんだよ、釣れないなぁ」
同僚であり友人のリューカス。彼は人当たりがよく皆から好かれている研究所の中心人物だった。出世有望株という話も聞く。
「俺はなぁ─────」
どうでもいい話だと適当に聞き流していたと思う。
ただこの時は…魔族との戦争が終わり、帝国内は平和で、実際気にする必要もなかったのだから当然とも言えた。
だから、ただ純粋に帝国がより良くなっていけばと研究に尽力していた。
…………
…………………………
「第2皇子がクーデター!?」
「第1皇子の部隊と既に幾度もぶつかり合ってるらしい!」
「第3皇子も─────」
…地獄が始まった。理由は継承権争い。前皇帝が急死したのが最も大きかったのだろう。
我先にと皇子たちは名乗りをあげた。
「…なぜ……どうして…」
これだけならば…自分らに被害の無いよう逃げればよかった。でも、最悪なのは…
アルベルト達の研究が戦争にて使われ出したこと。
─────帝国のためのものじゃなかったのか?
─────皆は知っていたのだろうか?
─────そもそも…大変な時にどうして争う?今は力を合わせ前へと進むべき時だろう。
分からなかった。関心を持っていなかったから余計にだ。
「っ…!」
いっそこんなもの…無くなった方がマシだ。
そう思って、アルベルトは研究してきた資料を何度も、何度も、何度も燃やした。
それで幾らか被害は収まったのか…それは知る由もない。ただそれだけで戦争が終わるほど現実は甘くなかった。
アルベルトは失望した。この国─────ひいては、国のことも考えず権力というものに取り憑かれ暴れる輩に。
* * *
「なぁ、リアレ…俺はどうしたらいいんだ」
仕事を辞めてきたことを告げた。妻のリアレも情勢は知っているため頷くのみだった。
「…なんで、今なんだろうな」
「…そうね」
「俺が宮廷魔術師になっていれば…何か違ったんだろうか」
話は何度も受けたが全て断った。興味も無かったから。
「…あぁ…俺は…」
「貴方」
リアレは…俯くアルベルトへ優しく呼びかける。
アルベルトはゆっくりと顔を上げる。
リアレの、笑顔が目に入った。
「私も…貴方がどうしたらいいか分からないわ。でも…私、貴方には笑っていて欲しい。理想を押し付けるようなことかもしれないけど、それでも…笑ってて欲しいわ」
「…?」
なぜ今そんなことを…と考える間もなくリアレは続ける。
「ただでさえ表情が硬いんだもの。せめて眉間の皺は無くさなきゃ」
「…そう…だな。でもどうやって…笑えばいいんだ」
今の状況を、笑えるか?もういっそおかしくなって、発狂するように笑うのか?
─────違う。そんなのを求めているわけがない。
「貴方にも、あるでしょう?大好きなものが」
「…そうだな」
たった一つ、極め続けてきた魔術。
「もう少し…頑張ってみるよ」
「えぇ、私は…ずっと貴方の味方だから」
優しく、微笑む。背は低くも…どこか大人びて見える彼女。
こんなにも愛おしかっただろうか。
「確かに、笑えるといいな」
「あ、今少し笑ってたよ!」
…そうだ。アルベルトは…
全ての人が笑って過ごせる世界を作りたい。否…作るのだ。そうでなければ…到底自分も笑っていられることなどないのだから。
* * *
だから無謀にも魔女に挑むと決めた。のに…
「…なっ…にが…」
「風魔術の応用で衝撃波を生み出したの。君がやったのと同じように…隠蔽してね」
「拘束は…」
「あーあれ?よく出来てたけど私の魔力量には合わなかったかな」
節約術式を使い過ぎて威力が落ちていたのだろうか─────等と、反省する暇もない。
今、アルベルトは天を仰いでいる。
立ち上がれそうもないし魔力が底を尽きかけている。
撃てて後1回…だろうか。
「今の、ついでに物理結界を付けてみても良かったかもなぁ……もうダメそう?」
「っ…まだっ…」
「…無理は良くないよ?」
ゆるりと、アルベルトは立ち上がり…杖先を少女へ向ける。
分かっている。無謀だと。
分かっている。自分には無理だと。
だとしても、だからって…
「諦めて溜まるか!」
叫び、雄叫びを上げながら駆ける。
さしものフィーナもこれには驚いた。あまりにも、無防備過ぎたから。
「『紅蓮の王座に座す不滅の暴君よ─────』」
最後の詠唱を堂々と口にしながら、1歩ずつ距離を詰める。
「こっちも─────」
フィーナも同じく精霊魔術を使おうとした。が…
「『魔力乱動』!」
「ぇっ!?」
アルベルトは詠唱を破棄。当然魔術は発動しなかった。代わりに使った魔術が機能しフィーナの魔術が一瞬、乱される。
「うぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
既に魔力は今ので尽きた。ただ…距離を詰めるには充分な時間稼ぎになった。
アルベルトは慣れない動きだが拳を溜め…そのまま少女の顔へ─────
「………あれ?」
「っ……出来ません……」
覚悟はあったものの、姪っ子と同じぐらいの歳に見える少女を殴ることなど出来ず…そのまま魔力切れの反動で意識を失った。




