58話 魔導図書館
〜翌朝〜
「うわぁ……!」
帝都アウレリアの通りに出た瞬間、ルカが思わず声を上げた。
石畳の道の両側には店が並び、人々が行き交う中を魔導馬車がゆっくりと進んでいく。
光るランプ、見慣れない魔導具を並べた店。どこを見ても魔術の気配があった。
「魔女様! 見てください! あれ光ってます!」
ルカが指さした先には、淡く輝く魔導ランプが並んでいる。
「はいはい、そんなにはしゃがないの」
「だってすごいです! 街中どこも魔術ばかりで…!」
きょろきょろと辺りを見回すルカの様子に、前を歩いていたフレアがくすりと笑う。
「ふふん、驚きました?ここが帝都アウレリア! 魔術の中心都市ですよ!」
「すごいです!」
ルカは目を輝かせたまま頷く。
通りの店先には魔導具が並び、空中に浮かぶ広告板のようなものまで見える。
王国ではあまり見ない光景ばかりだった。
「主…ここ、うるさい…」
ミツハはゲンナリした様子で耳元をペタンと折っている。私達の感覚では分からないが聴覚の敏感な獣人には結構うるさく聞こえるらしい。
「そう?」
「後人混み嫌い…ん」
手を差し伸べられる。これは…手を繋げってことかな?
「これでいい?…ルカも、あんまり先走らないでね?」
「はいっ!」
うーん…はぐれなきゃいいんだけど…心配だなぁ…
「フレアさん、あちらの…バカみたいに大きい建物はなんですか?」
エマが、時計台のその奥…装飾のなされた赤黒い壁をした建物を指さして問う。
…やっぱりあれ、いやでも目につくよねぇ…
「はいっ!あれは─────」
1拍置いて、フレアが答えた。
「魔導図書館です!!」
「魔導…」
「図書館?」
ルカとミツハ…そしてエマも、困惑したような表情で…
「あれが、ですか?」
うんまぁ…そうだよね。
だって…下手したら、王国の城と同じぐらいの大きさしてるんだもん。
「はいっ!」
何にせよ…皆気になるらしく次の目的地は自然と決まった。
* * *
「5名ですね。館内ではどうぞお静かに、ルールを守ってご利用願います」
「はーい」
フレアが手続きを済ませ、許可証を私たちへ配る。
魔力登録するタイプか。しっかりしてるねぇ…
「…物凄い蔵書量ですね」
「うん、多分…世界の何処よりも、ここには魔術の教本があると思うよ」
「そうですっ!司書さんも把握し切れていないそうですがおよそ1千万冊は保管してあるらしいです!」
フレアが観光大使らしく説明する。
…それにしても、1千万ね……まぁアイツが書いたもの以外もあるにしたって…すごいな。
「し、師匠!早速…」
「うん、エマは大丈夫だろうから…好きにいっておいで…3時間ぐらいしたらここに集合で」
「分かりました!」
エマがここまではしゃいでるの…珍しいな。嬉しそうだったし良かった良かった。
「ルカは…フレア、おすすめのがあったら教えてあげて。ミツハはちょっと…一緒に探し物しようか」
「はいなのです!」
「お任せあれ!」
「ん…」
ルカとフレアは元気よく別れていく。あの二人相性良さそうだな…
ミツハはギュッと、私の手を握り私を見上げる。
「私達も行こうか」
「うん…主、私を残したのは…ハクレンのこと?」
「流石ミツハ。私の弟子だもんね」
察しが良くて助かる。
現在ミツハは『聖獣』の力を失っている。それは『不死王の骨』を討つために力を使い果たしたから…だけでなく、どうやらミツハの命を繋ぎ止めたのだと本人は言っている。
「これだけあるんだし、『聖獣』に関する書物もきっとあるはずだよ」
「頑張る…!」
ふんふんと張り切って尻尾を揺らす。
「久々の魔導書…心躍るね」
「主、読み聞かせして」
「えー…しょうがないなぁ」
なんだか…あの山小屋で暮らしてた頃を思い出すなぁ…
* * *
探し物もある程度ひと段落ついた頃…いくつかの本を抱えたエマが私の元へやってきた。
集合時間まではまだ時間があったため怪訝にしているとエマが私に尋ねた。
「あの、師匠ここの本の作者…ほとんど同じ人じゃないですか?」
「お、よく気がついたね」
エマが指す名は…「アルベルト・ヴィンセント」
…懐かしい名前だ。
「…何か有名な人なんでしょうか?」
「こいつはねぇ…私の、二番目の弟子だよ」
「……えぇ!?」
エマが驚愕の声を上げ、「この人が…兄弟子?」と信じられないような顔をしている。
「ふふ、びっくりしたでしょ?」
「まぁ、はい…そうですね…そうなんですか…」
「エマさえ良かったら話してあげようか?…偉大な、人類魔術の時代を作った男の話」
…そう、そうだ。きっと私の弟子の中で…最も世の中に影響を与えたと言える。エマならもちろん…
こくりと頷き、肯定を言葉にした。
「ぜひ…知りたいです」
私は…懐かしく感じる気持ちを蘇らせながら、過去の話を始めた。
* * *
* * *
* * *
巌窟な男だった。それが、アルベルトという男の全てを見た私の感想である。
「貴方が、森に住まう魔女殿でしょうか?」
「……誰?」
その時の私は色々あって少しやつれていたと思う。丁度…いやなことがあった時期だったんだよね。
「どうか私を、弟子に」
そう言いかけたところで、私は勢いよく扉を閉めた。
「魔女殿!?魔女殿!」
「…めんどくさ…」
出るんじゃ無かったな、そう思いながらその日は無視して寝床についた。
…………
……………………
早朝、鼻歌を歌いながらいつもの散歩に出ようと扉を開くと…
「…今日もいい天気♪……なんでいるの?」
昨日の男が家の前で立っていた。ただ昨日よりも髪やら服装やらを整え、そのうえで…なにやら甘い匂いが漂ってきた。
昨日から何も入ってないからかその匂いに刺激されて腹の虫が声を上げる。
「魔女殿!!朝早くから申し訳ない!どうか私を弟子に…」
「断ったはずだけど?」
「お願いします!どうか…!どうか…!!」
男は勢いよく頭を下げた。私は思わず目を見張った。
「……ねぇ、貴方……」
気づけば口が動いていた。それに反応して目を合わせるためか、男が少しだけ顔を上げて…
その眼が、私の目に入った。
どこか絶望していて、それでも飢えている。すべてを貪欲に食らい自身の糧にせんと言わんばかりのものだった。
一体ただの人間がどうしてそのような眼をしているのか…分からなかった。だからか、私は知りたいと思ってしまった。
「それは?」
「これですか…?えぇっと…今流行っている王国産のお菓子です。口に合うかわかりませんが…」
「…そう……手土産を持ってくるぐらいの常識はあるのに夜中に女性の家に突撃してくるんだね」
「うっ…活路が見えた時…どうにも衝動が抑えられないのです。昨日は本当に…」
…研究者気質、というべきか。それはどこか共感できてしまう。だから…言葉を遮って、言った。
「いいよ、上がってって」
「え…?」
「話だけでも聞いてあげるよ。…そこまで必死に強請られちゃ…断るのもなんだか…申し訳ないし」
別にお菓子に釣られた訳じゃない。……いや、ほんの少しは気になったけどそれよりも…
この男に興味を持った。
「貴方、名前は?」
「…私はアルベルト。ただの……一人の魔術師にすぎません」
この時はまだ、本当にただの魔術師でしかなかったこの男が…歴史に名を残す大魔導士になるなんて思いもしなかった。
* * *
「…へぇ、今はしょっぱいのが流行ってるんだ」
「これは……あまり仕事の合間に摘まむのには向いてませんね」
確かに…魔術の研究中はどちらかと言えば甘いほうがいい。
「これ選んだのアルベルトじゃないの?」
「っ……えぇ…と、はい、そうですね。私の妻に選んでいただいて…すみません。私は少しこういったことに疎いのです」
まぁ分かる。私も正直魔術以外はあんまり興味が湧かないから…人のことは言えない。
…だとしてもこういうのを人に選んでもらうのはどうかと思うけどね。
「そう……妻がいる年齢の男、それでいてもう魔術師……そんなのが何の用?すでに学ぶこともあまりなさそうだけど」
見た感じ平均よりも魔力量は多いし精霊も……光か。運がいいね。光に好かれてると他も後天的についてくる可能性が大きい。ただそれももう少し若ければ…ってところかな。
「…少し、話を聞いてもらえますか?」
「ひひよー(いいよー)…」
口に放りながら答える。まぁ…息抜きだとでも思えばいいか。偶には人と話さないとね。
「では……現在私は、一介の魔術師として日々魔術の研究に励んでいます。宮廷魔術師候補にも…名が挙がったこともあります」
「へぇ…」
納得。でも尚更学ぶことないじゃん…
「…そして、宮廷で働いていると、いい話だけでなく…嫌な話も耳にするのです」
「どんな?」
「他を蹴落とし欲を満たそうとする輩…そういえば分かりますか?」
あー…確かに、これだから政ってのは…嫌なんだよなぁ…ってなるし。
「ようやく魔族との戦争が終わり、人類は前へ進むべき時なのです。それなのに…それなのに…あの、葛どもは…」
執念。ただ一つの願いを持ったまなざしが向けられる。
「私は魔術しか知らぬのです。それでも…その魔術で、この国を、皆が前を向いて生きていけるようにしたい」
「…それは本心?」
「はい」
真っ直ぐな肯定。思わず反応が遅れてしまった。
「じゃあ、どうしたいの?」
「…教育の発展、それを現実にするための知識を…求めています」
椅子から降り。膝立ちで頭を垂れる。
「どうか、未熟な私に……!魔女殿の知恵を貸してもらえないだろうか!」
「…いい目標だとは思うよ。ただ…それを手伝う義理も何も、私には無いわけだ」
「っ……おっしゃる通りです、ですが!」
「もういいよ」
ぴしゃりと、言葉を遮る。
「魔術師なんでしょ?そして…私は魔女だ。その時点で私があなたを手伝うには何か理由が必要なんだよ」
実力主義、そういえば良いだろうか。今の時代魔術師というだけでも貴重なのにその上、世界で数人しか存在しないと言われている魔女に協力を仰ごうだなんて…身の丈が分かっていないのだろうか。
「貴方を手伝うに値するか…自身の価値を示して見せて」
瞬間、結界、同時に空間が展開される。
「…ヒントを上げるなら、私……努力家な子は好きだよ」
「…そうですか」
杖に腰掛け宙へ浮く。対してアルベルトは私を見上げたままで……
反射的に、スカートを抑える。今一瞬鼻の下伸ばした!?今日どれ履いてたっけ…
「…あんまり見上げないで、早く!」
「あ……えっと、すみません」
アルベルトも同じようにして、私との勝負の土俵へ着いた。
〜キャラ設定紹介〜
アルベルト(28 男)
妻と魔術を愛する魔術師。帝国内部に絶望し未来を拓くためにフィーナの元を訪れた。
大体時期はアルクトゥルスと同じぐらいの頃合、その後ぐらいをイメージしてます!あんまり詳しい年表作ってないので悪しからず…




