51話 初めての人力飛行
あぁ、良かった。純粋に暗殺者はそう思った。
ヴォルフの手が止まった。その瞬きの間に暗殺者は『魔術紙片』を起動する。
「しまっ…」
「じゃあ、またどこかで」
これは…『転移』の魔術。精神干渉に近しいグレー寄りの魔術だ。何よりも使い手が少ない分…対応に手馴れているものはいない。
暗殺者の体がその場から跡形もなく消える。
ヴォルフの手は…空虚を掴んでいた。
* * *
しくじった…と、思ったのと同時に安堵する。
「…ヴォルフ」
「師匠…ってなんで裸なんですか!」
「しょうがないじゃん…魔力切れだよ。それに起きた時には何も着て無かったの」
せめて隠す努力はしてほしいものだ。思いつつもヴォルフは上着を手渡す。
普段、フィーナの服は魔力で編んでいる。だから魔力が切れて着ていたものを無くすと…今のようになる。
「…何…ヴォルフ、まさか…また…」
「…流石に好みは変わるんで大丈夫ッスよ」
「もう少し言い方あるでしょぉ?」
くどくどと文句を言い出す。全くこの人は…今がどれほど大変か…
「…ってそうだ…和んでる場合じゃねえ。師匠、今の状況分かってます?」
「うんとね…待ってよ…えーっと…………あ、『不死王の骨』…」
思い出すのにしばらく時間は掛かったものの記憶に問題なし。それを確認したヴォルフは次へと行動を移す。
「師匠、失礼します」
「わっ…」
所謂、お姫様抱っこと言うべきか。その体勢のママヴォルフは地を踏み抜いた。
幸いにも未だ『身体強化魔術』の効果が切れていないため一旦戻って戦線に復帰するのにそう時間は掛かるまい。それ故の判断だったが…
「ヴォルフ…さむぃ…」
「あっ…」
魔術も無く服もない師匠にとって、遥か上空を飛ぶのはかなりの苦行らしい。
仲間達になんて謝ろうか…頭を痛くしながらヴォルフは地上に方向を変えた。
* * *
こうやって丸裸になったのもいつぶりかね……ちゃんとしたお風呂に浸かれたのも当分前だし何ヶ月ぶりぐらいじゃないかな。
そんな呑気に考え事をしながらヴォルフに運ばれている訳だが…
「…ん?何か突っ込んできて…」
「師匠を返しなさい」
薄オレンジ髪の魔術師ローブの少女がヴォルフの背後を取って、告げる。
「っ…」
珍しいね。ヴォルフが唾を飲み込む程の圧って…
「…エマ、待って。こいつは…」
「師匠…なんで裸なんです…?まさか!」
「ちょっ!今はダメだって!私魔力切れてるから…」
「…魔力切れまで追い込んで…最低!」
「誤解だ!」
なんかややこしくなってきたなぁ…
ヴォルフが助けてほしそうに私を見つめる。仕方ない、ここはいっちょ師匠らしく…
「エマ話を」
「師匠今助けます」
「…ヴォルフ、もうめんどいからエマごと連れてって」
「良いんすか?」
「いいから」
ああなったエマを止めるのは私も難しい。もうちょっと冷静になって欲しいなぁ…いや、多分ね?私を探しに来る所まではれいせいだったとは思うんだけどさ、うーん…
「じゃ、お嬢様さんも失礼」
「へっ」
エマが詠唱するよりも早く、ヴォルフは肉薄しエマを肩に担ぐ。流石獣人である。
「離っ」
「えいっ」
ようやく近付けたため私はエマにチョップをお見舞いする。
思いのほか綺麗に入ってエマの額がヒリヒリと赤くなる。
「…落ち着いた?」
「どういうことですか、師匠…」
「ほんとはゆっくり話すつもりだったんだけどね、こうなったからには少し端折るけど…」
エマにヴォルフについて話す。エマは聞くうちに先程の態度からか少し、いやかなり申し訳なさそうな表情に変わっていった。
「…先程は失礼しました。ヴォルフさん…でよろしいですか?」
「そんなに硬くなくて…いい」
「何ヴォルフ、緊張してるの?」
「いやぁ…はは」
うーん、まぁこの2人相性そんなに良くなさそうだし…こんなもんかな。今はそんなことを気にしてる暇もないし。
「…お喋りはこれぐらいにして…早く行こっか」
「了解ッス…師匠、エマ、舌噛まないよう…口を閉じててください」
「…はい?」
エマが聞き返す。まぁ…1度身をもって体験すれば分かるでしょ。私が言ってたことの意味も…
「レッツ、ゴー!!」
「師匠!舌噛みますよ!」
そう言いながらも…ヴォルフは空を蹴る。その程度ならばいいかと呆れた顔で。
瞬間身体にとてつもない圧が働いて…?
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
エマが悲鳴を上げたのは言うまでもない。
* * *
私達は避難所のすぐ近くで地上へと降り立った。
いやぁ…自分の意志で飛行魔術を発動して飛ぶのと誰かに抱えられて飛ぶのじゃ大分違うんだね。
「…もう大丈夫っすよ、エマ」
「しばらく立てないかもしれません…」
「あー…じゃ、失礼」
一度降りたもののペタンと地面に座り込んでしまったエマを再びヴォルフが担ぎ上げる。
物みたいに扱って悪いけどそんなことしてる場合じゃないしね。
「なんで師匠は平気なんですか…」
「んー…ま、慣れてるからね」
多分エマは飛行魔術やら風の魔術での移動は慣れてるだろうけど、身体強化魔術による移動には慣れていないはずだ。
というかこれに関しては獣人が近くに居ないと慣れるもんでもないし…私の場合、ヴォルフに教えるために覚えてたらそのうち…ってわけだ。
「さて…ほんの数十分だったと思うけど…今はどんな感じかな」
「ミツハ…元気だと良いんですが…」
「あ、エマももう会ったんだ」
…否が応でもこの狭い避難所であればあの巫女装束は目立つ。会ってても不思議ではないが。
ともかく中の状況を確かめるため避難所のテントの入口を開く。
「ただいまー……?」
「我らが依姫様こそが最強!!」
えっ
「依姫様こそ真なる先導者だ!!」
「「おおおおおお!!!」」
何こわっ…
「…皆静かに」
うるさい民の叫びを一括する幼い声が、避難所の中で響く。
「失礼しましたっ!!」
「だからうるさいって…」
ミツハが文句を垂れながら…私らの方へと歩み寄ってきた。
「…ミツハ、元気そうだね?」
「うん、エマ姉のおかげ」
「えっと…?」
エマの話だと供物に何か仕込まれててその影響がってことらしいけど…
一体どういう原理かミツハは元気そうに私の腕にしがみついた。これではいつも通りだ。
「私、特に何も…」
「ううん、エマ姉が見せてくれた魔術のおかげだから、ありがとう」
「……?」
エマも私もしばらく不思議そうな顔をして…私はようやく思い出した。
そういえば…そんな性質もあったっけ?
「『学び継ぐ者』だね。聖獣の特性の一つ」
「うん、おかげでみんなの不安も晴れた。それに、魔力を供給したらハクレンもちょっと元気になった」
だから、エマのおかげだと目を輝かせてエマを見つめている。
「はは…お役に立てたなら良かったです」
そのエマは担がれているからか少し目を逸らして言うのだが。
なんとも珍妙な絵面である。
「どういうことっすか?」
「エマの『精神干渉魔術』を模倣して使ったんだよ。…まぁ、少しやりすぎだけどね」
「…主、あれはあまり使わない方がいい?」
「あー……うん、そうだね。やりすぎると危ないけど…今は、これでいいと思うよ」
いつの時代だって人々は精神的主柱を必要とする。それは天の計らいか偶然か、現れる脅威に立ち向かうため。
今、『不死王の骨』が暴れまわっている中でのそれは『依姫』と『聖獣』であるミツハとハクレンなのだ。
このようにして祭り上げるのはある意味間違ってはいない。当然、やり過ぎたら廃人になったり等の危険があるのだが…
「じゃあ、主…」
期待の籠った眼差しが向けられる。
あぁ、そういうこと。
「私の居ない中でよくやったよ、ミツハ」
頭をポンポンと撫でると嬉しそうにミツハが頬を綻ばせる。
…ミツハも大きくなったね、それに皆を導くべき者としても成長している。これからが楽しみだ。
「未来を見るために、今を打破しなきゃね」
ようやく、状況は振り出しに戻ったと言えるだろうか。
人と獣の反撃が始まる。
別にお風呂に浸かれてないだけで湯浴みはしているので臭くは無いです。
フィーナはフローラルないい匂いがするから(自我強め)




