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50話 獣の勘

視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。所謂五感においてこの世界で獣人族を越えられるものは存在しない。

運動能力も、それを最大限に活かせる体格を持つのも獣人族だ。


つまり何が言いたいか?


「近接戦において…獣人族に勝るものはいない」


世界の常識とも言える。まぁそのせいで獣人族は腕っ節だけが取り柄だと思われがちなのだが。


今はどうだっていいだろう。それが華奢な女相手には関係の無いことだから。



 * * *



暗殺者は…内心焦っていた。否、内心どころか表にもそれが出て来ている。


「っらぁっ!!」


「っ…!真っ直ぐ突っ込むしか脳がないの!?」


そうは言うものの当たれば致命、掠っただけでも薄皮を持っていかれる。

はっきり言ってここまで躱し続けていること自体奇跡に近い。


それほどに、暗殺者とヴォルフの間には埋められない差がある。


「ちょこまかと鬱陶しい!」


横凪の一振体制を低くして躱す。繋がる逆袈裟を手に持ったナイフを滑らせ、いなす。


…が、現実は甘くない。その卓越した技術すらも…


「ぅぅぅっらぁぁっ!!」


圧倒的な力を前にしては無意味なのだ。

ほんの一瞬、雄叫びと共に魔力の拍動がヴォルフに起こる。


そう、獣人族の基礎技術にして最高峰の技術。『身体強化魔術』によってヴォルフの身体は通常よりも遥かに速く、力強く振るわれる。


まるで剣そのものが動いているように暗殺者には見えた。


「手の内は大体分かった…」


「早すぎる────」


「捉えたぞ…」


暗殺者は決死の防御魔術を発動した。ここまで魔術は見せなかった。それ故ヴォルフの反応が1コンマ遅れる。


「悪いけどっ… 」


その隙を利用してナイフをヴォルフの顔目掛けて投げる。そして、暗殺者はすぐさま間合いの外へと逃げ出した。


「正面切ってやり合うわけないでしょう!」


木々をかき分け逃走開始。流石のヴォルフでもすぐには追いつかまい…と、思い込んでいた。


「捉えたって、言ったよな?」


「…は?」


その声は真横から届いたもの。その方を向けば…木々の破片を服や髪に付けているヴォルフが空を舞っていた。


木々諸共薙ぎ倒して突き進んできたのだと、悟った時には遅かった。


首元に衝撃。一瞬意識が落ちそうになるも、緩む。


「さぁ、知ってることを吐いてもらおうか…」


「やなこった…」


最悪の状況からの尋問が始まる。



 * * *



エマは、その久しい姿を見て思わず声を掛けていた。


「エマ姉…」


見慣れぬ巫女装束を着ているものの、狐耳に付けたブローチが彼女であると証明する。


「お久しぶりです、ミツハ。少し背が伸びましたか?」


彼女はミツハ。エマの妹弟子にあたる。


「何者だ、お前」


ミツハのそばに居た男がエマへ向けて言葉を放つ。

どうやら彼女の護衛か何かだろう。どうしたものかと、エマが何かするよりも先に…ミツハが口を開く。


「下がりなさい」


「ですが…」


「その耳は飾りかしら?」


「…失礼します」


エマはその光景に懐かしさを覚えた。どうやら親しい者以外に対しては未だああなるらしい。


「エマ姉…えっと……説明する時間が足りない…」


「それとなくは聞いているので大丈夫です。それより今は…」


ミツハの膝で眠る白虎へと目をやる。とてもじゃないが無事とは言えない。苦しそうにずっと呻いている。


「見せて貰えますか?」


「うん」


エマは白虎へと近付き、その額に手をかざす。


「『記憶読解(リード・メモリー)』」


そして、魔術を使う。精神干渉の派生系。記憶の読取だ。


「……なるほど……供物ですか…これは…それを食べた時から苦しんでいるようですね。何か心当たりは?」


「…そういえば…供物の担当者が…変わったって」


「…間違いなく人の手が加わってますね。なんならその後…っ…攻撃されています」


「そんな…」


ミツハが心配そうに白虎を見つめる。それがどういう意味か…関係性の分からないエマには分からない。

ただどうにかしてやりたいと思ったのは確かだ。


「ミツハ、この子のこと教えてくれる?」


「うん……名前は、ハクレン。『聖獣』なんだけど…えっと、聖獣って言うのは────」


たどたどしい言葉。その一つ一つをエマは噛み分ける。


「…今はとにかく魔力の補給ですかね。ミツハ、出来ますか?」


要するにミツハとハクレンは繋がっているのだ。そこから直せるのではとエマは考察した。


「やってみる…!」


「私は…師匠を探してきます。師匠なら何か分かるはずですから」


エマは『聖獣』について何も知らない。フィーナも伝える必要はないと思っていたからだ。

それ故、エマは自身にできることとしてフィーナを探すことにした。


「…落ち着いて、ミツハ。決して…下を向かないで」


別れ際、ミツハの頬に手を当て…ほんの少し、魔術を使う。

きっと今…この少女は強く振舞っているものの不安を覚えていることは間違いない。

だからこそエマは、優しい言葉を掛ける。


「貴方は決して一人じゃありません。私が、師匠が居ることを忘れないでください」


「…ありがとう」


「いえ、寧ろ…これからですから」


そう、ここからだ。エマは自身に出来ることをやる。

そのために…動き出した。


「あの人は…一体何やってんですか…」


まずは、師匠探しだ。



 * * *



ヴォルフは首に当てた指先にほんの少し、力を加える。


「お前…人族で…その衣装、帝国の出だな?」


「へぇ、思ってるよりも賢いんだね…」


「優秀な師が居たからな」


動揺の匂い。間違いなく…師匠の失踪に関与していると、ヴォルフは確信した。


「話を戻そうか、師匠をどこへやった?」


「…殺しちゃった」


「…で?どこにやったかって聞いてんだ」


ヴォルフの動揺を誘うためだろう。ただその程度で怯むほどヴォルフは甘くない。何よりも…あの人が死ぬとは思ってもいないから。


「……言わなぃっ!?」


「選択肢があるとでも?」


力を加える。間違っても加減を誤らないように慎重に、少しずつ。

それがより苦しみを与える方法になるとはヴォルフは知らなかったわけだが…女の顔は間違いなく先程よりも歪みつつある。


「ぃや…死にたく…」


「っ…」


必死の命乞いだろうが…ヴォルフは眉ひとつすら動かさずにジッと女を見つめる。


「なら、吐け」


より一層目力を入れて再三の問い。ヴォルフはこれ以上は無駄な時間を掛けられないと…最後にするつもりで放った。


「…あは…言っちゃったら死ぬって言ったら…どうする?」


「っ…お前の言葉を信じると────」


「緩んだ」


「っ…」


あぁ畜生。ヴォルフはすぐに緩んでしまった力を込めようとしたが…それよりも早く女が動いた。


「『輝羅結界(ダイヤモンド)』」


手と首の間に見えない『何か』が現れ…その隙に女はヴォルフの手から抜け出し、再び逃走を始めた。


「クソっ…待ちやがれ!」


大地を踏み抜き追う。しかし女とて2度も同じ轍は踏まない。


「ぐっ…!?」


『何か』にぶつかり減速。ぶつかる前の速度もありヴォルフにとっても凄まじい衝撃が全身を駆け巡った。


「焦ったら単調になるのは人族だろうが獣人族だろうが一緒…でしょう?」


女は木々のみならずその『何か』を伝ってヴォルフとの距離を離していく。


「…魔術だな…硬い…普通の防御魔術より…」


ヴォルフは今一度落ち着いて、魔術を分析する。幸いにもあの女の匂いは覚えた。いつでも追いつける…はずだ。


「…無機物か。匂いがない」


魔術的というよりは物質に近い物だ。そこまで分かった結果、ヴォルフが出した結論は…


「壊す」


結局のところ、これが一番早い。ヴォルフは更に『身体強化魔術』を加速させる。そして…奥の手も。


「『第六感(シックス・センス)』解放」


ヴォルフも『何か』を伝い、時には壊しながらの追跡を開始した。



 * * *



なんとか抜け出した…が、まだ終わってないと暗殺者は確信していた。


「獣人は適応能力が高いから…」


今はまだ新しく先程編み出した魔術に対応出来なかっただけ。すぐに…その特性を活かして適応するはず。

何よりもあの犬男、まだ本気じゃない。だから全速力で、唯一活路を感じた場所へと向かっている。


「それにしても…魔力濃度が薄い…『不死王の骨』の影響…?」


暗殺者も噂程度でしか『不死王の骨』について知ることはない。

魔力を吸収し『再生』するための機構とは聞いたが…その範囲が既にここまで広がっていることに驚いた。


「まぁ…節約するのには慣れてるから…!」


何度だってこういった状況は乗り越えてきている。暗殺者は次なる手を思考しだした…所で


「…想定より早い…」


「鬼ごっこもしまいだなぁ!」


暗殺者の作った魔術を利用したり、破壊しながら肉薄するヴォルフの姿が視界に入った。


その刹那には────


「っ…!」


紙一重。首の薄皮が切れた。


「…もう慈悲も無いんだ?」


「与えたつもりはねぇ」


嘘つきめ。きっと人に育てられたから少しだけ…情を感じる心を持っている。そのせいでさっき緩んだのをもう忘れたのか…とは言葉にせず、体制を整える。


「…最後の通告だ。死にたくなきゃ…さっさと師匠の居場所を教えろ」


「…考えとく」


肯定ではない。しかしヴォルフはそれを否定と受け取った。

またも見えない速度での肉薄。イカつい顔がすぐ側まで迫る。


「…魔力切れか?」


「そっちは…まだ元気だねぇ…」


ナイフを持った方の腕が掴まれる。


「死んじゃうかもね?」


「知ったことか」


容赦なく、その一撃が腹に叩き込まれ────


「…ヴォルフ?」


…一撃は、当たる寸前で留まった。

ヴォルフの『第六感』は獣人族そのものに備わっている直感に近しいものです。ヴォルフはそれを無意識で魔術と併用することで対魔術師を有利に運べるようにしています。

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