第十一章⑦『花嫁の覚悟』
「……王よ。どうか、その手をお放しください」
「――貴様。今、この王に何と申した?」
「いやしくも私は、夫となる御方と既に愛を誓った身。たとえ王の命令であっても、私はあなた様のもとへはいけませぬ」
涙に濡れ震えていたはずの花嫁の眼差しも声も、いつのまにか凛と透き通っていた。
新郎と無理やり引き離された花嫁の大半は、泣き喚くか、涙ながらに諦めていくか。
しかし、目の前の美しく無垢な花嫁は、新郎と誓った愛に殉ずると述べた。
花嫁の殊勝な覚悟を耳にした途端、愉悦の美酒によって王の心臓を燃やしていた炎は、急激に冷めていく。
「……そうか。つまり貴様は死にたい、というのか」
愛のために死を選択した花嫁に、暴君王は興ざめすると共に、豪奢な鞘から銀月さながら耀く剣を抜いた。
鋭利な切っ先は、美しい花嫁の鼻先に向けられる。脅かせば、王様の怒りをかった死の恐怖と神罰に花嫁は恐れ伏せ、凛とした顔を歪ませて泣き喚く。
そんな憐れで惨めな醜態を期待し、王は氷柱のような冷笑を浮かべた。
「かまいません。どうか一思いに」
しかし、金剛石のように純粋で固い愛と覚悟を抱いた花嫁の、純真な瞳。
まるで、恐るべき王に対して真っ直ぐな感情をぶつけ、その不敬を詫びることもなく姿を消した――蒼海のように純粋で穢れの混じらぬ眼差しと重なった。
花嫁の凛然とした瞳と記憶越しに、”彼女”に咎められているような錯覚に襲われた。
「よかろう。ならば望み通り、この王が直々に処罰を下す」
「! ああ! やめてください! 王様! どうかっ!」
己の庭の片隅で慎ましやかに咲いていた無垢で可憐な花の心を、王は深く傷つけた。
否、結局自分が壊し損ねた、眩いほどに無垢で真っ直ぐなあの瞳を思い出すたびに、王は言いようのない苛立ちで心が波立つ。
記憶の底から胸に沁みて不快極まりない、小娘の幻影を振り払うように、王は銀月の剣を遂に振り下ろす。
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