第十三章⑩『意地悪』
シャムスの一言一句は氷柱のようにエアに突き刺さってくる。
昔のような一触即発の危うさや殺気はない分、命の危機は感じないものの、恐怖に変わりない。
獅子はやはり獅子のままなのだから。恐らく義兄は拗ねているだけなのかもしれない。
大方、山積みの王務をようやく済ませて庭園を訪れると、親愛なる友と義妹が自分抜きで何やら和やかな雰囲気に包まれているのが、気に入らなかったのだろう。
突き刺さるような視線を浴びる中、エアはしどろもどろになりつつも精一杯の言い訳を零す。
「そんなことっ。私は、ただ偶然この庭園で暇を持て余していた時、偶然義兄さまよりも先に訪れたエレツと逢って、お話をしていただけです」
「そういうことさ、シャムス。エアは帰ってきた私を、労ってくれただけだ。何も君を仲間外れにしたつもりはないんだ、許してあげなよ」
「なるほどな。お前がそういうのであれば、よかろう……ただ一言、ひっかかるものはあるが」
エレツがエアを庇ってくれたこともあってか、憮然と佇んでいたシャムスから許しの言葉が紡がれた。
冷徹な雰囲気はそのままだが、とりあえず胸を撫で下ろしたエアが義兄にお礼を述べた矢先。
「ありがとうございます。義兄さ……――え……? !!」
「お前が気に入ると思ったのでな。この私が直々に”お土産”を持ち帰ってやったぞ。ほら、中々に美しい新緑色をしておるであろう?」
シャムスはひとひらの美しい新緑の葉っぱを、エアが被っているアイビーの冠に乗せた。
白葡萄酒のように美しく愉悦に濡れた眼差しで、エアを見下ろしているシャムスは上機嫌に見えた。
一方、土産を受け取ったエアは、これまでにないほど目を見開き、凍結した野花さながらに全身を凍りつかせた。
シャムスの不気味なほど柔和な笑顔と、エアの凍りついた表情の理由を理解したエレツも、双眸をきょとんと見開いた。
双方の反応を交互に窺うエレツの唇から、あっという声が漏れるが時すでに遅し。
「っ――いや、いやっ。いやあぁぁ!」
草花をこよなく愛するエアのために、シャムスがエアの頭に贈ったものは、太陽の光を集めたかのごとく美しいひとひらの青葉……と錯覚させる緑の物体。
糸状の触覚と手足を、よちよちと動かす"カメムシ"であった。
エアの悲鳴を合図に、最後まで堪えていた笑みをシャムスは噴火させるかのごとく爆笑し始めた。
「ふはははははっ。馬鹿め! この私がただの葉っぱ切れを拾ってくるとでも、本当に思ったか! だが喜ぶがよいぞ? エア。お前のために、エメラルドのように眩く美しいカメムシを、ふはははっ、この私が直々に見繕ってやったのだ。お前のためにな? 王であるこの私からの下賜、泣いて感謝するがよい! ふはははははっ」
「いや、いやあぁっ。ひどいです、義兄さま! こんなの、あんまりですっ。お願い、助けて、エレツっ」
極上の葡萄酒を呷った時と同様、上機嫌に高笑うシャムス。
意地悪なシャムスは、葉っぱとひどく酷似した若草色のカメムシを、エアの頭に乗せてきた。
エアは、恐怖のあまり愕然と震え、悲鳴を響かせながら混乱する。
突然目の前に虫が現れ、頭の上に乗ってくれば、誰でも当然驚く。
とはいえ、自然に慣れ親しんでいるエアが、虫一匹でここまで騒ぎ立てるのは珍しい。
理由は、幼い頃のエアがカメムシに鼻を噛まれて、ひどく痛い思いをした記憶にある。
以来、あらゆる自然や生き物を愛し、慈しむエアでも、カメムシだけはどうしても苦手である。
そんなエアのトラウマを知ったうえで、シャムスはエアに子どもじみたいたずらを仕掛けてきたのだ。
エアが恐怖で泣き叫び、嵐に揺らされる野花のように戦慄する姿に、シャムスはさらに愉しげに笑い転げる。
・




