第十三章⑨『義兄』
「――ほう。"大いなる王"である親友の私を差し置いて、唯一無二の友に馴れ馴れしくまとわりついているのは何だ? さしずめコバンザメというべきか、なぁ? エアよ」
「――!! に、義兄さまっ。お、お帰りなさい」
「ああ。我が義妹よ。いつから貴様は、王であり、兄であるこの私よりも偉くなったというのだ?」
「いえ、そ、そんなおつもりは、まったく……っ」
甘く温かな雰囲気に包まれていたエアとエレツの間に、今日の王務を終えたシャムスが、暴風さながらに突如乱入してきた。
一方、義兄が自分に対して光らせる冷やかな感情に、エアはただ一人気付いた。
春風で温まっていた心が、一瞬にして凍てつくほどの威圧感に耐えながらも、シャムスの帰りを歓迎した。
「やあ、おかえり、シャムス。お仕事は終わったのかい?」
「ああ。仕事の合間に、兵士どもが次々と些事の報告をしてきおって。おかげで余計な手間と時間がかかったわい」
エレツはエアに向けるのと同様、穏やかに澄んだ瞳に親友シャムスの姿を映し、温かく迎えた。
意図的ではないにせよ、とっさに助け船を出すように穏やかな声をかけたエレツに、エアは内心胸を撫で下ろした。
高圧的なシャムスの視線は、エアからエレツへ即移った。
清廉の花さながら柔和に微笑む親友に、シャムスも冷然たる月の瞳に柔らかな光を宿した。
普段よりも遥かに気さくな態度で、親友に言葉を紡ぎ始めた。
孤独で空虚な暴君であったシャムスは、自分の全てを晒け出せる対等な親友に、生まれて初めて出逢えたからか。
気難しいシャムスも、エレツの前では少年さながらに晴れやかな笑みを浮かべることが多くなった。
シャムスと同等の人智を超える強さを湛えながらも、穏やかで心優しいエレツの魂に少なからず感化されたのかもしれない。
「む? エレツよ。お前の頭を飾っているものは一体何だ」
「蓮華草の花冠だよ。私のためにエアが一生懸命編んでくれたんだ。綺麗だろう?」
「ほう……。蓮華草など、貧相な花だと思っていたが。我が麗しい友の身を飾る栄誉を賜ったものの全ては……まさに石ころも金剛石に、野花も薔薇のように、美しく華やぐというわけか」
「ふふっ。買いかぶり過ぎだよ、シャムス。私自身も、本来は所詮枝木でしかない。この身では、蓮華草のように可憐で美しい色の花びらも、甘い蜜と香りを咲かせることまでは叶わないからね。でも、先ほどの称賛はむしろ、神の神秘性、と人間としての美しさ、獅子のような雄々しさ、多様なるものを備えた君に当てはまると思うのだけど?」
「お前は相も変わらず、そのような世辞にも聞こえぬ世辞を、自然と紡ぐ天然ものよの。だがまあ、王である私としては、当然のことであるな。そうであろう? エア」
蓮華草の花冠でより美しく着飾った親友の姿に、シャムスは甘い眼差しすら浮かべて和んでいた。
しかし、金月の視線が不意にエアへ流れ移った。
途端、先ほどまで甘やかにほころんでいた顔を憮然とさせ、冷徹で意地の悪い耀きが再び宿った。
「に、義兄さまのおっしゃる通りです」
「ほう、貴様もそう思うか、私の唯一無二の"可愛い義妹"よ。義兄は嬉しいぞ。だが、それにしても――」
恭しく答えるエアに対し、シャムスの柘榴色の唇はより深い笑みを描く。
しかしエアを見据える金月の瞳は相変わらず冷淡なままで、笑みはひどく意地悪な色を湛えている。
以前と比べ、シャムスの態度は凪いだ海のように軟化してきたとはいえ、やはり傍若無人で意地の悪い本質は変わっていない。
特にエレツと一緒にいる時のエアを捉えるシャムスの双眸は、大抵冷え渡っている。
そのうえ皮肉や意地の悪い言葉を投げかけてくるため、エアはシャムスに睥睨されると未だ萎縮することが多い。
自然と身構えるエアの怯えを見透かすように、ふっと冷笑を零したシャムスは、心底愉しそうに口を開いた。
「王であるこの私が王務に勤しんでいる間に、何やら我が義妹は私の親友と随分楽しそうに談笑しておったとは。大いなる王であり、一番の親友でもある、この私を差し置いて」
「い、いえ、滅相もございません。義兄さまを差し置いて、断じてそんなつもりは」
「よもやお前、私がいないのを良いことに、私の親友を口説き落とそうなどと企んでいたわけではあるまいな? お前の指のごとき小さな蓮華草をひたすら編んだ努力と堅実さは、誠に殊勝ではあるが」
・




