7話. レイ王子の異世界と異次元
クアと共に、レイがウタ国に到着した。
レイは初めて目にするウタの建物や街を歩く人々の顔立ち、民族衣装、その何もかもに感動していた。
俺がラス王国を初めて見た時と同じなんだろうか。クアはレイの様子を見て思った。自分にとっては慣れ親しんだ風景を、レイが異世界だと言って興奮しているのが面白かった。
ウタ国は北から南にかけてそびえる山脈に遮られており、山の向こうにウタ国があることは近年までほとんど知られていなかった。現ウタ王の時代になり、山の一部を切り崩してようやく道が開通したことで、他国との国交が始まった。
地理的に一番近いラス王国ですら、かなりの距離がある。そのため、ウタ国の人々は他の国の人をほとんど見たことがない。
レイは銀色の髪と、透き通るピンク色の瞳をしている。安全を考慮し、以前クア達がラス王国を訪問した時のように、クアはレイにウタ民族のガウンと帽子を用意した。
レイはこの衣装を見て「素晴らしい!国に持って帰ってもよいか?」と気に入っていた。
王宮に馬車が到着すると、レイは王宮の背後に広がる鮮やかに染まった赤い森と、雄大な滝の景色に大いに感動していた。
そしてクアが王宮内を案内すると、異国の建築、いつでも湯に入れる沐浴室など、目に映るすべてに目を輝かせていた。
次に二人は王の間に向かう。そこではウタ王と王妃、ヒチとヒチの妻がレイを出迎えた。
レイがウタ国の景色を賞賛し、絵師を呼べば良かったと言うと、ウタ王はラス王国に赤い森の絵を贈ることを約束した。
挨拶を済ませ、クアはレイを王宮の客室に通した。
「クア、王妃と君達王子は生き写しのように似ているな」
「ああ、よく言われる」
「でもクアの方が、なんというか、凛々しいな。王の眉や顔立ちを引き継いでいるように見える」
「そうか?」
いつも無愛想だと言われるクアは、容姿を褒めてもらって少し照れた。ウタ民族はシャイな人々が多く、褒められ慣れていない。
ラス王国を含む三国の人々は明るく、会話をしながら相手をよく褒める。
クアは、レイの親しみやすさや、自然と人を良い気分にさせてくれるところを尊敬していた。
「ウタの人々は皆、髪を伸ばしているのだな」
「髪に霊的な力があると信じられているんだ。まあ、髪が有るうちの話だ」
レイは大笑いをして答えた。
「それは切実な問題だな」
「そんなに笑うことか?」
「俺は...大丈夫だよな?父上もまだ髪はあるし...」
「髪が無くなろうがそれがどうした?帽子が被りやすいぞ」
レイはクアの返答が新鮮だった。髪のことなど微塵も気にしていない。確かにそうだな、そう思い、レイは王子という役目をひととき忘れて笑った。
__
翌日、レイはクアからウタ国の歴史や古代から続く伝承と、神官の役目について教えてもらった。
そしてウタ国の岩山に巣食う、「禍」の存在についても伝えられた。
レイは禍の存在を知ると、岩山や術式の視察を願い出た。
クアは当初、危険を伴うと反対した。しかし開国によって禍が他国へ広がる可能性もあるとレイに説得され、視察を了承した。
数日後、レイはクアを含む神官、そして大勢の護衛と共に禍が巣食う岩山に向かう。
出発の前に、クアの師匠にあたる大神官から禍を跳ね除ける特別なガウンを着せてもらう。
大神官は高齢ですでに髪はなかったが、威厳に満ちたその姿を見て、レイは恰好良いと思った。
王宮を出発した一行は岩山の麓から登り、すぐに中腹にたどり着いた。
中腹は少し開けた岩場で、小さな洞穴がある。見たところ奥行きも浅く、陽の光が差し込んでいた。
「クア、洞穴には何もいないようだが...?」
クアは今回、レイの守護役だ。大神官だけが前に進み、洞穴の前に立っている。
「禍とは何と言えばいいか、こう、落ちている岩のように、そこに有るものではないんだ。形のあるものではない。神官の修行を積むと、術式によって禍の色や姿が概念として見えてくる。中には生まれつき感じ取れる者もいる」
「ではあの場にいるというのか?」
「ああ、今大神官様の背中あたりにいる。あとは、今、洞穴の右下からも出てきた」
レイには全く見えない。
大神官はその場に座り、持っていた香に火を付けて煙を立てた。そして目を閉じて何かを唱え始める。
クアはレイを少し後ろに移動させ、レイの前に立って身構える。護衛達にも禍の姿は見えてはいないようだ。
大神官が唱え終えると、クアの目には禍の存在が薄れていくのが見えていた。
「禍は祓った。場を清め、感謝をする」
大神官がそう言うと、クアや護衛達は一斉に周りの岩に向かって感謝の言葉をかけている。
レイは呆気に取られていた。王宮へ戻る途中で、レイはクアに尋ねる。
「禍とは実体がないのだろう。それならなぜ君達は武装しているのだ?それに最後はなぜあのように感謝の言葉を?」
「あの場にいた禍はもっとも低級で、何かに付いていくくらいしかできない。術式で簡単に浄化されるが、また別の禍が洞穴から生まれるんだ。だから浄化後は周りの石に感謝して、なるべくあのままの場を保つように願う。」
「低級ということは、他にもあるのか?」
「もっとやっかいな禍は、動物や人に取り憑く。狼に取り憑くと、人に攻撃を仕掛けてくる。その時は国の大切な狼だが、殺すしかない」
「それで武装しているのか」
「岩山のさらに上部には、古代の神官が鎮めたという強大な禍もいる。この禍を鎮め続けるために、祈りと儀式がこの国では欠かせない」
クアの話はレイの想像を超えていたが、クアはさらに不思議な話をする。
「この岩山にのみ、夜に不思議な光が空から現れることがある。頂上の上に丸い光が現れ、下に細い光の筋が降りる」
「見たことがあるのか?」レイは訳も分からず聞いた。
「ああ、俺は何度かある。見えない者もいるが。それに王宮の後ろの赤い森、ここは岩山とは別の光に包まれることがある。俺もまだ修行の身で全てはわからないが、どうやら岩山の光は禍を生み、赤い森の光は妖精が生まれるとされている」
「妖精が本当にいるんだな。では、光から何かが生まれるのか?」
「俺の目には禍や森の妖精も光として見えるが、人や動物の中にも、光る実態のないモノが見える。人の命が光ならば、この世界の他のものも、光から生まれるのかもしれない」
レイは混乱していたが、クアの言いたいことはなんとなくわかった。
「しかし、なぜ禍が生まれるのだ?」
「古代の伝承では文明と共に生まれたとされている。何か目的があるのかはわからない」
異世界に来たレイは、さらに別次元に行ったような気分になった。
「...おもしろい。クア、俺達の代で禍を止められるといいな。ラス王国も協力する」
「そうだな。俺もそうしたい」
レイはその夜、客室の窓から光を探したが、星空以外は見つけられなかった。
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レイはウタ国で過ごす日々の間、普段の王子としての重圧から解き放たれた気になれた。
自然や文化にすっかり惚れ込んだレイは、何度となくクアに「リルを妻にどうだ?」と冗談まじりに聞いていた。
リルは18歳になれば南の公爵家と婚姻することになっていると、すでにクアには伝えていた。それでも、「もっと早く、この国のことを知っていれば」とこぼしていた。




