3話. ウタ王国へ
帰国するウタ国の一行に紛れ、リルを乗せた馬車は秘密裏にウタ国へと向かった。
時折、意識が朦朧として苦しむリルに、クアは簡易術式で回復を助ける。しかし水晶の効果が薄れる10日目を過ぎると、リルの容態は徐々に悪化していった。クアはリルがウタ国に着くまでになんとか持ちこたえるよう、あらゆる術式を試した。
ようやく、馬車はウタ国に到着する。
馬車がウタ国の王宮に近づくと、リルは激しく苦しみだした。しかし、王宮の門をくぐった途端、リルの容態は安定する。
「...ク、クア様...急に体が楽になりました」
「ああ、王宮には結界が張ってある。禍の力も抑えられたのだろう」
「クア様、禍...とは?」
「後で説明しよう」
リルは王宮に入るとさらに体が軽くなり、自力で歩けるまで回復した。
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ウタ国は森が赤く染まる、美しい秋の季節を迎えていた。空気はラス王国よりも澄んでいて、肌寒い。
リルはウタ国に憧れがあった。自分が生まれたラス王国よりもずっと昔、はるか古代から栄えていた遠い東の王国。
自然豊かで美しい狼や赤い鳥がいると聞く。リルは華やかなラス王家に生まれたが、宮殿の外にはほとんど出たことがない。そのため、城内ではよく絵を描いて過ごしていた。
ラス王国の宮殿には、ウタ国から贈られた絵画が飾られている。赤い森と岩山から流れる滝が描かれた、美しい風景画だ。リルはいつかこの風景を見てみたいと思っていた。
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ウタ国の王宮は古代から続く特徴的な屋根と、ダークブラウンの木で造られた二階建ての建物で、左右に横長の構造をしている。
この国にはラス王国のように石造りや高い建築物はなく、建材は赤い森に自生する木が使われている。
そして、各建物には岩山から湧き出る湯が引かれており、いつでも湯に入れる。
リルは王宮の沐浴室で体を清めた後、ウタ民族の紋様が入った寝衣を着せてもらう。
体力の落ちていたリルは軽い食事をとり、その日は眠りについた。
次の日、リルは目を覚ますと、部屋の窓から赤い森と滝が見えることに気付く。
昨日はウタ国に着いたのが夜で気付かなかったが、その景色は宮殿にあった風景画そのものだ。
リルは感動するも、この景色をこのような状況で見るとは思いもしなかった。
朝食の後、リルはウタ民族のドレスを着せてもらった。色は淡いピンク色で、足首まで覆う長さだ。襟ぐりが広めに開いており、上から被りウエストを紐で締める。長袖の袖口や胸元、スカートの裾には鳥の紋様が入っている。
しばらくして、クアがリルの部屋を訪れた。
クアは険しい表情をしている。
「リル王女、私と共に祭壇室に来てほしい。大神官様に会ってもらう」
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クアによると、神官はウタ王国の古代文明から伝わる「術式」を伝承する役職で、大神官様はクアの師匠にあたるという。
リルはクアと共に祭壇室に向かった。扉を開けると、祭壇室の中は暗く、祭壇には数本のろうそくが灯っていた。
祭壇の横に、高齢の大神官と呼ばれる男性が立っていた。
挨拶の後、リルを祭壇の前の台に寝かせると、大神官は香を焚いた。香の煙がすっと上に伸びていく。
横になったリルは怖くて目を硬く閉じ、胸の前で手を重ねていた。
大神官がなにやら聞いたことない言葉を唱えると、クアも復唱する。
大神官とクアの目には、リルの体の中央あたりが紫に光っているのが見えていた。
パンッ
大神官が手を合わせる音が室内に鳴り響く。
「リル王女、調べは済んだ。部屋で休むとよい」
リルは先に部屋に戻ったが、大神官とクアは祭壇室に残ったままだった。
ほどなくして、クアがリルの部屋に戻って来た。
「...リル王女、大神官様と私で先ほど、あなたに取り憑いた「禍」を読んだ。禍とは我が国に古代から存在する、実体のない存在だ。これからしばらくの間、リル王女には術式を受けてもらうことになる」
クアはリルが怯えないよう、命に係わるということは伏せていた。
「これは王宮に張った結界と同じ力を入れた水晶だ。これを常に着けていてくれ」
クアはぎこちなく、リルの頭から水晶のペンダントをかける。
リルは、自分の体調は何かの病の一つだと思っていた。得体の知れない「禍」に取り憑かれたと知り、クアの説明を聞きながら、恐怖で手が震えてしまう。
「私はいつ、ラス王国に戻れるのでしょうか...」
「それはまだ、わからない」
クアはリルの手が震えていることに気付く。
少しためらったあと、クアはリルの手に自分の手を重ね、硬い表情のまま何かを唱えた。
「....」
リルは急に手を触れられ、驚いてクアを見る。クアの透き通るブルーグレーの瞳を間近ではっきりと見つめた。
クアはすっと目をそらし、立ち上がる。
「心を落ち着かせる術式だ。効果はあったようだな」
クアが部屋を出て行った後も、リルはクアに触れられた手をしばらく押さえていた。




