12話. 石板の儀式
儀式の日程が決まり、季節は秋の終わりを迎えようとしていた。
リルの部屋とは別の客室を儀式の場として定め、室内には祭壇が設置された。他の者が入れないよう、ドアは厳重に閉ざされている。
王宮内の者にも儀式の内容は伏せられており、当日は上の階への入室を禁じた。
日が沈み、食事を済ませたリルは沐浴室で身を清め、用意されていた儀式用の衣装を着る。
伝承には禍を祓う際に、シルクを身につけると記されていた。リルには、ウタ国の花嫁が身に着ける白いシルクの寝衣が用意された。肩紐のついたスリップで、胸元と裾には、繊細な刺繍が施されている。
リルは寝衣姿の自分を見て恥ずかしくなり、ガウンを羽織って首元から足元までを覆った。
しばらくして、クアがリルの部屋を訪れた。
クアも身を清めてきたようで、長い髪がまだ濡れている。新郎用の白い上下の寝衣を着ており、上からガウンを羽織っていた。
リルは髪を下ろしているクアを初めて見た。それに、襟の詰まった神官服とは違い、寝衣は襟元が広く開いている。引き締まったクアの胸板が見えていた。見慣れないクアの姿に、リルはドキドキしてしまう。
「リル王女、これから儀式の間に案内する」
二人は儀式の間に入る。儀式用の室内はリルが使っている部屋とほぼ変わらない。部屋の中央には祭壇が設置されていた。
奥にはベッドがあり、シーツの上にはシルク素材の布がかけられていた。禍を祓う際に、シルクの生地が結界の役目を持つという。
まだ秋といえど気温は低く、暖炉には火が灯っていた。
クアは火の灯ったランプと香を手にしており、それらをベッドの横の台に置いた。そして振り向き、リルの方を見る。
リルは緊張で、入口から部屋の中に進むことができない。
「リル王女、祭壇の前に」
クアは祭壇の前にリルを呼び、祭壇の前に座った。それを見て、リルも真似をする。
「今から術式を唱える。そのまま動かずにいてくれ」
「は、はい...」
クアは目を閉じ、祭壇に向かって古代ウタ語の言葉を唱えた。
リルはランプの光ごしにクアの横顔を見て、式典で初めてクアの姿を見たのを思い出した。
クア様、綺麗...
もし、この儀式がクア様ではない方とだったら...
でもこの儀式が成功したら、私はラス王国に帰らなければならない...そして私は...
リルは禍の恐怖におびえながらクアと過ごすうちに、抑えきれないほどクアに惹かれてしまっていた。
リルは涙が出そうになるのを、術の邪魔にならないよう耐えていた。
クアが術式を唱え終えて、リルのほうを向く。
「リル王女、大丈夫か?」
リルはその綺麗な藍色の瞳から涙をいっぱいに溜めていた。
涙がこぼれないよう我慢しているが、ついに涙が溢れ出す。
儀式の途中だというのに、リルは涙を抑えられなかった。
もしかしたら、儀式を通じてクアと一緒になれる未来があるかもしれないと、わずかに期待していた。
しかしクアは、いつも毅然とした態度でリルに接している。ウタ国の王子、そして神官として。
淡い期待を抱いてしまった自分が情けなく、恥ずかしかった。ラス王国に戻った後の現実も、考えたくない。
「何か異変があったのか?」
リルは目の前で心配そうにするクアの顔を見つめた。
「クア様、私は大丈夫です。儀式を続けてください」
クアは涙が止まらないリルの顔にぎこちなく触れる。
そっと、流れた涙を押さえるように頬をなぞった。
「...ありがとうございます。もう大丈夫です」
クアは立ち上がり、リルの手を引いてベッドの前に連れて行く。
「先ほど開始の術式を唱えた。これより、儀式を始める」
クアはベッドの横に置いた香にランプの火を移し、煙を立てた。
すーっと煙が上に上がり、穏やかな香の香りが室内に広がっていく。




