11話. ゆらぎ
クアはリルの決心を受け止めた。
石板の儀式が成功するかはわからないが、リルも早くラス王国に帰りたいだろう。
クアはウタ国の神話にある、望まぬ相手と添うことを嫌がった姫が、命を絶つ物語を思い出していた。
リルが自分との儀式を受け入れるには、かなりの葛藤があったはずだ。
「ただの儀式だ、忘れればいい」そう言うしかできなかった。リルに言った言葉を、クアは何度も頭の中で繰り返した。
翌日、ラス王国のレイから文書が届く。石板を盗みだした者を捕らえたという内容だ。鉱山で金と翡翠を盗み、ウタ文明の保管庫にも盗み入ったらしい。石板に宿っていた異変には気付いていなかった。
クアは大神官に文書を報告すると共に、リルの決心を伝えた。
「大神官様、ラス王国へはリル王女に術を行うとのみ報告します。...儀式については明かさずに」
「それでよい」
クアは大神官から術式の言葉や印の結び、そして万が一、禍が強まった時のために抑え込む術式も合わせて学んだ。
型を習得し、儀式を記した書も受け取る。
リルの決心から、一か月が過ぎようとしていた。
王宮の使用人には、リルの滞在はレイと同じく、外交で滞在していると伝えていた。来国の際に体調を崩してしまい、大神官とクアが治療にあたっていると。
しかし使用人の間では、リル王女はクア様の婚姻相手なのでは、と噂されていた。国王夫妻やヒチ王太子家族が宮を移ったのも、婚姻前に二人きりで過ごすためなのではと。
その噂のためか使用人達は皆、リルに優しい。王宮の二階はクアとリルしか使用しないため、なるべく邪魔しないように配慮していた。
リルはそうとは知らず、禍に取り憑かれた忌まわしい自分に、王宮の人々が良くしてくれることに罪悪感を感じていた。
早くラス王国に戻らなければ...
無事戻ったら、私はユークと結婚するのだろうか...
王女の立場では、リルに選択肢はない。しかし、禍に取り憑かれたと知れたら、ラス王国やユークの公爵家の名誉にもかかわる。
それに、婚姻前に別の方と...
クアに忘れろと言われても、リルはユークに対して罪悪感を持つと感じていた。さらにその気持ちの下には、隠しきれないクアへの思いがあった。
悩んだリルはその日の夜、クアに聞いてみる。
「クア様、術式のことですが、選ばなかった方法について教えていただけませんか」
「リル王女、それを知る必要はない」
「お願いします。私はあの時、恐怖でよく考えられませんでした」
「そうだとしても、他の方法は選ばせない」
「...わかっています。すでに決めたことです。ただ、知ることで...この儀式を受ける覚悟を持ちたいのです」
「リル王女、もし俺が嫌なら他の者に...」
「違うのです!...もし私が禍から解放されて、ラス王国に戻れたとしても...これでよかったのかと、クア様を巻き込んでしまったことをずっと心残りするでしょう」
リルの葛藤を聞き、クアは術の内容を説明した。
「その術は、「禍が望む部位」を生贄として差し出す。禍が体のどこを選ぶかはわからないし、場所によっては命がない」
「もう一つは、術によってその者の「命」と共に禍を貫き、魂に乗せて禍を天に導く。いいか?リル王女、今俺が伝えた術は何があっても実行しない。もし君がこれらを選んだとしてもだ」
リルはしばらく黙っていたが、クアに微笑んだ。
「クア様、私のことを気遣って下さり、感謝しています」
最後は声が震えて涙が溢れた。
「ラス王国に戻れるよう、私も覚悟できました」
リルの涙を見て、クアは思わずリルを抱きしめてしまいそうになるのを抑えた。かわりにリルの手に触れ、心を鎮める術式をかけてから部屋を出た。
自室に戻ったクアは、リルのことを考えていた。
俺の立場も、彼女にとって重荷になるのかもしれない。
他の神官で代わりになる者がいないか。同世代は女性の神官しかいない。男性は既婚者ばかりで、他は12歳、10歳の子供だ。
皆、いざとなれば真剣に儀式に挑んでくれるだろう。しかしクアは、自分以外の者とリルが儀式を行うことに苛立ちを覚えた。
リル王女は俺が救う。
クアの決心も固まった夜となった。




