第99話 初代のレイン
扉の向こうは。
白かった。
今までの地下施設とは。
何もかも違う。
壁も。
床も。
天井も。
全部が。
真っ白だった。
「……」
俺は。
足を踏み入れる。
――コツ。
足音が。
妙に響く。
「レイン」
ミラが。
後ろからついてくる。
「何だ?」
「ここ」
「嫌な感じがする」
「俺もだ」
01が。
入り口で止まった。
「俺は」
「ここから先へ行けない」
「……」
「なぜ?」
「番号が」
一拍。
「反応している」
01の胸元。
そこには。
いつの間にか。
薄い光が浮かんでいた。
――01:入室権限なし。
「……」
M-02も。
扉の外で。
立ち止まる。
『僕も』
「入れないのか?」
『うん』
「M-03は?」
『……』
M-03は。
扉の前まで来た。
だが。
一歩も。
動かない。
『僕も』
『ここには』
『入れない』
「……」
つまり。
この先に行けるのは。
俺と。
ミラだけ。
Mは。
少し離れた場所で。
こちらを見ている。
『行って』
「お前は?」
『私は』
一拍。
『ここまで』
俺は。
頷いた。
「分かった」
そして。
ミラを見る。
「行くぞ」
「うん」
俺たちは。
二人で。
白い部屋を進んだ。
しばらく。
何もない。
ただ。
真っ白な空間。
「……」
ミラが。
突然。
立ち止まった。
「レイン」
「どうした?」
「ここ」
「何かある」
「どこ?」
「下」
ミラが。
床を指す。
何もない。
だが。
俺が。
そこに手を置くと。
――カチッ。
床が。
開いた。
「……」
「見つけるの早いな」
「なんとなく」
「怖い才能だな」
「褒めてる?」
「半分」
床の下には。
一枚の紙が。
置かれていた。
俺は。
拾い上げる。
紙は。
異様に古い。
文字も。
今までの記録とは違う。
手書きだった。
――レインについて。
その下。
――最初に名前を付けた時、彼は泣かなかった。
「……」
ミラが。
横から読む。
「名前をつけた時?」
「ああ」
続き。
――彼は名前を欲しがらなかった。
――彼は生きることも望まなかった。
――ただ、誰かが生きているのを見ていた。
「……」
俺は。
紙をめくる。
――彼は観測者だった。
「……」
ミラが。
息を呑む。
「観測者……」
俺も。
その言葉に。
引っかかった。
M-00。
M。
そして。
初代レイン。
全部。
「観測」という言葉で。
繋がっている。
さらに。
ページをめくる。
――彼は誰かを観測することでしか、自分を確認できなかった。
――だから、名前を必要としなかった。
――名前とは、他者から認識されるためのものだから。
俺は。
紙を持つ手を。
止めた。
「……」
「レイン?」
「俺」
「何だ?」
「この感覚」
一拍。
「知ってる気がする」
ミラが。
黙って聞く。
「名前がなくても」
「別に困らない」
「番号がなくても」
「生きていける」
「役割がなくても」
「構わない」
俺は。
紙を見る。
「でも」
「誰かが」
「俺を呼ぶと」
一瞬。
「俺がここにいるって」
胸に手を当てる。
「分かる」
ミラが。
優しく笑った。
「だから」
「私が呼ぶよ」
「……」
「レインって」
俺は。
少しだけ。
目を逸らした。
「……頼む」
その時。
白い部屋に。
声が響いた。
『それが』
『初代レインの始まりだった』
「……!」
俺たちは。
振り返る。
誰もいない。
『名前を持たなかった存在に』
『誰かが名前を与えた』
「誰だ?」
声は。
答えない。
代わりに。
壁に。
一枚の記録が浮かぶ。
――命名者:M。
「……」
ミラが。
驚く。
「またM?」
「ああ」
続き。
――被命名者:未登録。
――命名:レイン。
――理由:観測対象を、人として扱うため。
「……」
俺は。
目を細める。
「Mが」
「俺をレインと呼んだ?」
声が。
答える。
『そう』
「じゃあ」
「五十年前の俺に」
「Mが名前を与えたんじゃない?」
『違う』
「……」
『もっと前』
一拍。
『最初のレインに』
『名前を与えた』
俺は。
黙った。
今まで。
俺は。
自分の名前を。
五十年前の出来事から。
始まったものだと思っていた。
だが。
違った。
レインという名前は。
もっと古い。
Mが。
最初に。
誰かへ与えた名前。
それが。
俺へと。
繋がっている。
ミラが。
小さな声で言う。
「じゃあ」
「レインって」
「人の名前じゃなくて」
「……」
「受け継がれてきたもの?」
「分からない」
その時。
壁に。
新しい文字が出た。
――レイン:第一世代。
――状態:生存。
――人格:未形成。
――記憶:未形成。
そして。
――役割:観測。
「……」
俺は。
息を呑んだ。
「俺じゃない」
「このレインは」
「初代だ」
ミラが。
頷く。
「うん」
さらに。
記録が。
表示される。
――第一世代、観測開始。
――対象:M。
「……!」
俺は。
Mの名前を見る。
だが。
次の記録に。
目が止まった。
――観測結果。
――Mは、死なない。
「……」
ミラが。
眉をひそめる。
「どういう意味?」
「分からない」
次。
――Mは、老いない。
――Mは、作られていない。
――Mは、名前を持つ。
そして。
最後。
――Mは、自分が何者なのかを知らない。
「……」
俺は。
言葉を失った。
「M本人も」
「自分の正体を知らない?」
「そういうことになる」
だが。
それ以上に。
気になることがある。
「観測対象が」
「M」
「観測者が」
「レイン」
「つまり」
俺は。
ゆっくり。
言葉にする。
「最初から」
「Mとレインは」
「セットだった」
ミラが。
頷く。
「でも」
「途中で」
「分かれた」
「……」
その瞬間。
壁に。
大きな文字が。
浮かび上がった。
――第一世代終了理由。
俺は。
息を止める。
その下。
――観測者が、観測対象を選んだため。
「……」
ミラが。
俺を見る。
「また」
「選択?」
「ああ」
次の文字。
――レイン:Mを選択。
――M:拒否。
――観測関係:終了。
そして。
俺が。
最も見たくなかった文字が。
その下に。
現れた。
――レイン:死亡。
「……」
ミラが。
息を呑む。
「初代レイン」
「死んだの?」
「そう書いてある」
だが。
さらに。
文字が出る。
――死亡理由:観測対象による拒否。
「……?」
俺は。
首を傾げる。
「Mに拒否されて」
「死んだ?」
声が。
静かに答える。
『違う』
「じゃあ?」
『拒否されたことで』
一拍。
『レインは』
『初めて』
『自分を選んだ』
「……」
『その結果』
『観測者であることを』
『やめた』
「それが」
「死亡?」
『そう』
俺は。
目を閉じた。
番号を失う。
役割を失う。
名前を失う。
そして。
「自分であること」を選ぶ。
それが。
この施設では。
何度も。
「死亡」と記録されている。
「……」
ミラが。
俺の手を。
握った。
「レイン」
「ん?」
「死んでないよ」
「……」
「ここにいる」
「そうだな」
「私が呼んでる」
「……ああ」
その瞬間。
白い部屋の中央に。
一つの椅子が。
現れた。
そして。
その椅子に。
誰かが座っていた。
「……!」
俺は。
反射的に。
身構える。
男だった。
顔は。
見えない。
だが。
声だけは。
聞いたことがある。
『久しぶり』
「……」
俺は。
ゆっくり。
目を細める。
「お前」
男が。
顔を上げる。
『やっと』
『ここまで来たね』
その顔を見た瞬間。
俺の中の。
第二心臓が。
強く鳴った。
――ドクン。
「……」
その顔は。
俺と同じだった。
だが。
五十年前の俺でも。
M-02でもない。
もっと古い。
もっと何も持っていない。
ただ。
静かに。
俺を見ている。
「お前は」
「誰だ?」
男は。
答えた。
『初代レイン』
そして。
次の瞬間。
俺の名前を。
初めて。
違う呼び方で。
呼んだ。
『――Mに選ばれなかった方』
白い部屋の壁が。
一斉に。
赤く染まる。
――第一世代:再接続。
――旧レイン:存在確認。
――現在のレインとの接続率:0%。
そして。
最後に。
たった一行。
――接続条件:現在のレインが「自分の名前」を拒否すること。
俺は。
その文字を。
じっと見た。
ミラが。
俺の手を。
さらに強く握る。
「……レイン」
「大丈夫だ」
「本当に?」
「ああ」
俺は。
初代レインを見る。
「俺は」
一拍。
「自分の名前を」
「捨てない」
初代レインは。
静かに。
笑った。
『そう』
『だから』
『君は』
そして。
白い部屋の奥に。
新しい扉が開く。
『まだ』
『私にはなれない』
――自由領域:32%。
扉の向こうには。
赤い光。
そして。
その奥に。
五十年前の記録ではなく。
「始まる前」の記録が。
待っていた。




