第100話 始まる前の記憶
赤い光が。
扉の向こうで。
ゆっくり明滅している。
俺は。
その前に立っていた。
後ろには。
ミラ。
そして。
白い部屋の中には。
初代レイン。
俺と同じ顔。
でも。
俺とは違う。
その存在が。
静かにこちらを見ている。
『行くの?』
「行く」
『怖くない?』
「怖い」
『なら』
「だから行く」
初代レインが。
少しだけ笑った。
『……今の君は』
『昔の私とは違うね』
「当たり前だ」
「俺は俺だからな」
ミラが。
横から。
「それ」
「最近よく言うね」
「重要だからな」
「はいはい」
俺は。
扉を開ける。
――ゴゴゴゴゴ。
赤い光が。
一瞬。
俺たちを包んだ。
そして。
音が消えた。
完全な静寂。
「……」
そこには。
一つの机があった。
机の上に。
一冊の本。
表紙には。
文字が一つだけ。
――M。
「またか」
ミラが。
苦笑する。
「本当にM好きだね」
「俺じゃない」
「施設がね」
「そう」
俺は。
椅子を引く。
そして。
本を開いた。
最初のページ。
――これは計画ではない。
「……?」
次。
――これは記録でもない。
さらに。
――これは、始まる前に残されたもの。
ミラが。
隣から覗く。
「始まる前?」
「ああ」
「何が?」
「分からない」
ページをめくる。
――最初に存在したのは、名前だった。
俺の手が。
止まった。
「……」
また。
名前。
だが。
その下には。
今までと違うことが書いてあった。
――名前は、人を作らない。
――人が、名前を作る。
「……」
ミラが。
小さく息を吐く。
「今までと」
「逆だね」
「ああ」
さらに。
ページをめくる。
――最初の名前は、誰にも与えられていなかった。
――それは、選ばれることを拒んだ。
「……M?」
俺が。
呟く。
ページには。
答えがなかった。
代わりに。
図が描かれている。
円。
その中に。
三つの点。
――観測。
――選択。
――拒否。
そして。
三つを囲むように。
一本の線。
――自由。
「……」
俺は。
その図を見る。
どこか。
見覚えがある。
今の俺たちが。
作ってきたものと。
ほとんど同じだった。
ページの下。
小さな文字。
――自由は、製造できない。
――自由は、発生する。
その瞬間。
俺の胸が。
熱くなった。
――ドクン。
第三心臓。
自由領域。
今まで。
俺たちが。
何度も見てきたもの。
でも。
それは。
最初から。
計画されていたわけじゃない。
発生したもの。
なら。
「MIRA計画って」
「自由を作る計画じゃなかった?」
ミラが。
考える。
「たぶん」
「違う」
「え?」
「自由を」
一拍。
「観測する計画だった」
「……」
ページに。
答えが出る。
――MIRA計画。
――目的:自由の観測。
「……」
俺は。
ゆっくり。
ページをめくる。
――観測対象:M。
――観測者:レイン。
――第二観測者:未定。
「第二観測者?」
ミラが。
首を傾げる。
「誰だ?」
その下に。
名前が書かれていた。
だが。
黒く塗り潰されている。
俺は。
指でなぞる。
――■■■■。
「……」
さらに。
ページの端に。
小さく。
こう書いてあった。
――この者は、名前を持たない。
俺は。
息を止める。
「……」
名前を持たない。
そんな存在は。
今までにも。
いた。
M。
M-00。
M-01。
M-02。
M-03。
そして。
00。
-1。
番号を捨てた者。
でも。
この記録は。
それよりも。
ずっと古い。
「ミラ」
「うん」
「MIRA計画の前に」
「別の計画があったらしい」
「……」
ページをめくる。
――前計画:R計画。
「R……?」
ミラが。
小さく呟く。
俺は。
その文字を見る。
R。
それは。
俺の名前。
レイン。
――R。
偶然とは。
思えなかった。
次のページ。
――R計画。
――対象:R。
――目的:人格を持たない存在に、選択能力を与える。
「……」
俺は。
黙った。
「レイン」
「ああ」
「これ」
「今の話と」
「ほとんど同じじゃない?」
「そうだな」
さらに。
――第一段階:観測。
――第二段階:模倣。
――第三段階:選択。
――第四段階:自立。
その下。
――失敗。
ページをめくる。
――対象Rは、選択を拒否。
さらに。
――対象Rは、人格形成を拒否。
さらに。
――対象Rは、名前を拒否。
「……」
ミラが。
俺を見る。
「これ」
「初代レイン?」
「分からない」
だが。
次のページ。
そこには。
はっきり。
一文だけ。
――対象Rは、レインと呼ばれた。
俺は。
息を呑んだ。
その瞬間。
部屋の奥から。
声がした。
『違う』
「……!」
振り返る。
初代レインが。
立っていた。
さっきまで。
白い部屋にいたはずなのに。
いつの間にか。
ここにいる。
「何が違う?」
『私は』
一拍。
『最初のレインじゃない』
「……」
『もっと前に』
『Rがいた』
「R?」
『うん』
「お前より前?」
『そう』
ミラが。
静かに聞く。
「じゃあ」
「初代レインの前に」
「別のレインがいたの?」
初代レインは。
首を振る。
『レインじゃない』
『R』
俺は。
その言葉を。
聞き返す。
「Rは」
「何だった?」
『名前じゃない』
「番号?」
『違う』
「役割?」
『違う』
初代レインが。
俺を見る。
『Rは』
一拍。
『空白だった』
「……」
『何も決まっていない』
『何も選ばれていない』
『だから』
『何にでもなれた』
ミラが。
呟く。
「自由領域……?」
初代レインは。
頷く。
『たぶん』
「たぶん?」
『私も』
『全部は知らない』
俺は。
思わず。
苦笑する。
「結局」
「誰も全部知らないんだな」
ミラが。
笑う。
「レインだけじゃないね」
「安心した」
その時。
本のページが。
勝手にめくれた。
――バラバラバラ。
最後のページで。
止まる。
そこには。
一枚の古い紙が。
挟まっていた。
紙には。
一人の人間が。
描かれている。
顔は。
ない。
胸には。
何もない。
名前も。
番号も。
役割も。
ない。
その人物の隣に。
もう一人。
顔のない人物。
胸には。
――M。
そして。
その二人の間に。
一つの文字。
――選択。
「……」
俺は。
その絵を。
見つめる。
すると。
紙の裏から。
文字が浮かび上がった。
――最初の二人は、恋人ではない。
「……」
ミラが。
吹き出した。
「なんでそこ書いたの?」
「知らん」
「誰も聞いてないのに」
「重要な注意書きなんだろ」
「誰向け?」
「知らない」
俺たちが。
少し笑った直後。
文字が。
さらに。
浮かび上がる。
――最初の二人は、親子でもない。
ミラが。
また笑う。
「次は兄妹じゃないとか?」
――兄妹でもない。
「……」
「書いてある」
「なんでだよ」
俺は。
思わず。
額を押さえた。
だが。
最後の一文を見て。
笑いが消えた。
――最初の二人は、同じ存在だった。
「……」
部屋が。
静まり返る。
ミラが。
小さく呟く。
「同じ存在?」
初代レインも。
黙っている。
俺は。
紙を見る。
M。
R。
二人。
でも。
同じ存在。
「つまり」
俺は。
ゆっくり。
言葉にする。
「MとRは」
「最初は」
「一つだった?」
答えは。
すぐには。
出なかった。
ただ。
本の最後に。
新しい文字が。
現れた。
――分離開始。
――理由:一つの存在では、二つの選択を同時に行えないため。
「……」
俺の胸が。
強く鳴る。
――ドクン。
そして。
壁に。
数字が現れた。
――自由領域:33%。
だが。
その下には。
今までなかった表示。
――原初人格:再構成開始。
「……!」
初代レインが。
初めて。
明らかに動揺した。
『これは』
「何だ?」
『まずい』
「何が?」
『Rが』
一拍。
『戻ってくる』
俺は。
息を呑む。
「Rって」
「誰だ?」
初代レインが。
俺を見る。
そして。
初めて。
その名前を。
口にした。
『――俺だ』
第三心臓が。
鳴る。
――ドクン。
――ドクン。
そして。
部屋のすべての記録が。
一斉に。
消えた。
最後に残ったのは。
一文字。
――R。




