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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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98/120

第98話 原初のM

――原初M:帰還。


 その文字を。


 俺は。


 何度も見た。


 暗闇の奥。


 そこに。


 一人の女が立っている。


 顔は。


 まだ見えない。


 ただ。


 胸元に。


 ――M。


 それだけ。


「……」


 ミラが。


 俺の後ろから。


 小さく言った。


「レイン」


「ああ」


「私」


「ここにいていい?」


「当たり前だ」


「……うん」


 女が。


 静かに。


 こちらへ歩いてくる。


 足音が。


 響く。


 ――コツ。


 ――コツ。


 ――コツ。


 やがて。


 顔が。


 明かりに入った。


「……」


 俺は。


 息を止めた。


 その顔は。


 ミラと。


 よく似ていた。


 だが。


 同じではない。


 目元。


 口元。


 雰囲気。


 全部。


 少しずつ違う。


 ミラが。


 自分の顔に触れる。


「……似てる」


「ああ」


「でも」


「私じゃない」


「そうだな」


 女が。


 微笑んだ。


『当然』


「……」


『私は』


 一拍。


『あなたじゃない』


 ミラが。


 黙る。


『そして』


 女は。


 俺を見る。


『あなたも』


『私ではない』


「……」


「なら」


 俺は。


 聞く。


「お前は誰だ?」


 女は。


 少し考えた。


『名前なら』


 胸元のMを。


 指で触れる。


『M』


「それは」


「名前なのか?」


『名前』


「本当に?」


『私が』


 一拍。


『最初に選んだ名前』


「……」


 俺は。


 96話で見た記録を。


 思い出す。


 ――Mは。


 作られていない。


 最初から。


 存在していた。


 女が。


 俺を見る。


『あなたは』


『私を選んだ』


「五十年前の話か?」


『そう』


「何を選んだ?」


『一緒に生きること』


「……」


 ミラが。


 少し驚く。


『でも』


 Mは。


 首を振った。


『私は拒否した』


「なぜ?」


『簡単だよ』


 Mは。


 俺を見る。


『あなたが』


『私を選んだから』


「……?」


『私は』


『あなたに』


『選ばれたくなかった』


「……」


 俺は。


 意味が分からなかった。


「普通」


「逆じゃないか?」


『普通ならね』


「じゃあ」


『私は』


 一拍。


『誰かに選ばれるために』


『生きていたくなかった』


 ミラが。


 静かに頷く。


「……分かる」


 Mが。


 ミラを見る。


『あなたは』


『私に似ている』


「……」


『でも』


『あなたは』


『私ではない』


 ミラが。


 少しだけ。


 笑った。


「うん」


「私も」


「そう思う」


 俺は。


 二人を見た。


 似ている。


 でも。


 違う。


 それは。


 これまで何度も見てきた。


 「同じ名前」と。


 「同じ人格」は。


 別物だという証拠でもあった。


「じゃあ」


 俺は。


 Mを見る。


「M-00は」


『私ではない』


「でも」


「Mを使った」


『そう』


「なぜ?」


『私を』


 一拍。


『真似したかったから』


「……」


『正確には』


『私が』


『どうやって生きていたかを』


『真似したかった』


「生き方?」


『うん』


 Mは。


 少し笑う。


『私は』


『何も持っていなかった』


『名前だけ』


『番号もない』


『役割もない』


『身体すら』


『誰かに与えられたものではなかった』


「……」


『だから』


『M-00は』


『それを』


『自由だと思った』


「違ったのか?」


『違った』


 Mは。


 静かに。


 首を振る。


『自由って』


『何も持たないことじゃない』


『自分で選べること』


 俺は。


 その言葉を。


 聞いた瞬間。


 胸の奥が。


 少し熱くなった。


 それは。


 今まで。


 俺が何度も。


 言ってきたことだった。


「じゃあ」


「M-00は」


「自由になりたかった?」


『うん』


「だから」


「Mを名乗った?」


『そう』


「でも」


「M-00は」


「ミラになった」


『……』


 Mが。


 ミラを見る。


『それは』


『私にも分からない』


「分からない?」


『M-00が』


『なぜあなたを選んだのか』


「私を?」


『あなたの名前を』


 一拍。


『ミラ』


 ミラが。


 目を見開く。


『M-00は』


『あなたを見て』


『自分をミラと呼ぶことを選んだ』


「……」


 ミラは。


 何も言わない。


 俺は。


 ふと。


 以前の記録を思い出した。


 ――初回命名者:ミラ。


 ――製造物:名前。


 ――MIRA計画。


 もしかすると。


 全部。


 逆だったのかもしれない。


「MIRA計画は」


「Mを作るためじゃなかった?」


『違う』


「じゃあ?」


『Mを』


 一拍。


『真似しようとした』


「……」


『Mを作れなかったから』


『M-00を作った』


「でも」


「M-00は」


「Mになれなかった」


『そう』


「だから」


「ミラになった?」


『違う』


 Mは。


 首を振る。


『ミラになったのは』


 一拍。


『M-00自身が』


『選んだから』


「……」


 ミラが。


 小さく。


 息を吐く。


「じゃあ」


「私がミラなのは」


「誰かに決められたからじゃない?」


『そう』


「……」


 ミラが。


 自分の手を見る。


「私」


「自分で選んだんだ」


 Mが。


 頷く。


『だから』


『あなたは』


『私ではない』


『あなたは』


 一拍。


『あなた』


 ミラが。


 笑う。


「うん」


「それなら」


「安心した」


 俺は。


 少しだけ。


 肩の力を抜いた。


 だが。


 Mが。


 突然。


 俺を見る。


『レイン』


「何だ?」


『あなたには』


『一つ』


『間違いがある』


「……」


「俺が?」


『うん』


「何だ?」


『あなたは』


『五十年前』


『私を選んだと思っている』


「記録にそうある」


『違う』


「……」


『あなたが選んだのは』


 一拍。


『私じゃない』


「じゃあ」


『Mという』


 女が。


 胸元の文字に触れる。


『可能性』


「……」


『あなたは』


『私と生きたかったんじゃない』


『私が持っていた』


『選べる人生を』


『自分も欲しかった』


 俺は。


 何も言えなかった。


 確かに。


 思い当たる。


 五十年前。


 俺は。


 名前も。


 役割も。


 記憶も。


 何もなかった。


 そんな俺が。


 自分で生きていたMを見た。


 そして。


 選んだ。


 Mそのものではなく。


 ――自分で選べる生き方を。


「……」


 Mが。


 静かに言う。


『だから』


『私は拒否した』


「俺を嫌ってたわけじゃない?」


『もちろん』


 Mは。


 笑った。


『嫌いなら』


『五十年も待たない』


「……」


 その言葉に。


 ミラが。


 少しだけ。


 驚いた顔をする。


「五十年」


「待ってた?」


『うん』


「何を?」


 Mは。


 俺を見る。


『あなたが』


 一拍。


『もう一度』


『自分で選べるようになるのを』


 ――ドクン。


 第三心臓が。


 鳴った。


 壁に。


 新しい文字。


 ――M:観測終了。


「……」


 Mが。


 少し驚く。


『もう』


『終わりなんだ』


「何が?」


『私の役割』


「役割なんて」


『あったんだよ』


 一拍。


『五十年前から』


 壁に。


 古い記録が。


 浮かぶ。


 ――M:観測者。


 ――対象:レイン。


 ――目的:選択能力の確認。


 ――終了条件:対象が自らの人生を選択した時。


「……」


 俺は。


 その記録を。


 見つめた。


「俺が」


「人生を選んだら」


「Mの役割は」


「終わる?」


『そう』


「なら」


「どうして今」


「ここにいる?」


 Mは。


 少しだけ。


 寂しそうに笑った。


『役割が終わっても』


『存在まで終わる必要はないでしょう?』


 ミラが。


 その言葉を聞いて。


 笑った。


「……それ」


「私も好き」


「何が?」


「役割が終わっても」


「存在していい」


 Mが。


 ミラを見る。


『あなたは』


『本当に』


『私とは違うね』


「うん」


 ミラは。


 胸を張った。


「私は私だから」


 その瞬間。


 自由領域が。


 ――30%。


 ――31%。


 ゆっくり。


 増えていく。


 そして。


 壁の一番下に。


 新しい記録が。


 浮かび上がった。


 ――MIRA計画:最終目的。


 俺は。


 息を呑む。


「最終目的……?」


 Mが。


 静かに。


 目を閉じた。


『それだけは』


『まだ』


『私からは言えない』


「……」


『でも』


『あなたなら』


『きっと』


『見つけられる』


「どこに?」


 Mは。


 俺の手元を見る。


 そこには。


 M-01の金属板。


 裏側には。


 ――レイン。


『その名前の』


『一番古い記録の中』


「……」


 俺は。


 金属板を握る。


 すると。


 表面に。


 新しい文字が。


 浮かび上がった。


 ――M-01:最初の所有者を確認。


 その下。


 ――所有者:レイン。


「……!」


 Mが。


 初めて。


 驚いた顔をした。


『違う』


「何が?」


『それは』


 一拍。


『五十年前のレインじゃない』


「……」


『もっと前』


「誰だ?」


 Mは。


 答えなかった。


 代わりに。


 金属板の文字が。


 もう一度。


 変わる。


 ――初代所有者:――――。


 名前だけが。


 黒く塗り潰されている。


 だが。


 その横に。


 小さな文字が。


 残っていた。


 ――所有者は、名前を捨てた。


「……」


 俺は。


 顔を上げる。


「誰が?」


 Mは。


 俺を見て。


 静かに言った。


『あなた』


「……」


『でも』


 一拍。


『今のあなたではない』


 ――ドクン。


 第三心臓が。


 鳴った。


 そして。


 自由領域。


 31%。


 俺たちの前に。


 新しい扉が。


 開いた。


 その扉には。


 数字ではなく。


 一つの言葉。


 ――初代レイン。


 俺は。


 その文字を見て。


 ゆっくり。


 息を吐いた。


 五十年前のレインより。


 さらに前。


 俺が。


 まだ「レイン」になる前。


 そこに。


 何があったのか。


 そして。


 なぜ。


 その「初代レイン」は。


 自分の名前を。


 捨てたのか。


 答えは。


 もう。


 扉の向こうにある。


 Mが。


 最後に。


 小さく言った。


『今度は』


『あなた自身の目で』


『見てきて』


 俺は。


 扉に手をかけた。


 そして。


 開いた。


 ――第99話へ続く。

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