第97話 Mが拒否した理由
――最初の選択。
――レイン → M。
――M → 拒否。
その文字だけが。
壁に残っている。
俺は。
しばらく。
何も言えなかった。
「……俺」
自分の胸を指す。
「Mを選んだのか?」
ミラが。
壁を見る。
「そう書いてあるね」
「何を選んだんだ?」
「それは」
「まだ分からない」
俺は。
ため息をつく。
「この施設」
「肝心なところだけ隠す癖があるな」
「レインがすぐ知りたがるからじゃない?」
「施設側にまで俺の性格を理解されてるのか」
「有名人だね」
「嬉しくない」
すると。
壁の文字が。
ゆっくり。
変わった。
――選択内容:人生の共有。
「……」
ミラが。
固まる。
「人生の共有?」
「ああ」
「Mと?」
「たぶんな」
その下。
――レイン:要求。
――M:拒否。
さらに。
――拒否理由:一人の人生を二人で生きることはできない。
俺は。
その文章を。
何度も読む。
「……」
ミラが。
静かに言う。
「Mは」
「レインと一緒に生きることを」
「断ったんだね」
「そうみたいだ」
「どうして?」
俺は。
答えられない。
すると。
壁に。
続きが現れた。
――Mの発言。
――『あなたの人生は、あなたのもの。』
――『私の人生も、私のもの。』
――『混ぜてはいけない。』
「……」
ミラが。
目を伏せる。
「なんか」
「私」
「これ」
「分かる気がする」
「……」
「レインと一緒にいるけど」
「レインにはなれない」
「私の人生は」
「私のものだから」
俺は。
少しだけ。
笑った。
「それ」
「今のお前と」
「同じだな」
「うん」
壁に。
新しい記録。
――M:自己選択を優先。
――レイン:拒否された。
――計画:開始条件を満たす。
「……」
「待て」
俺は。
その最後の一文を見る。
「Mが俺を拒否したことが」
「MIRA計画の開始条件?」
01が。
頷く。
「おそらく」
「なぜ?」
「二人の人生を」
「分離する必要が生じた」
「……」
俺は。
嫌な予感がした。
「だから」
「名前を分けた?」
「名前だけじゃない」
01が。
指を折る。
「人格」
「記憶」
「役割」
「身体」
「そして」
一拍。
「人生」
ミラが。
小さく呟く。
「全部」
「分けた?」
「ああ」
俺は。
壁を見る。
――MIRA計画:第一段階。
――分離対象を決定。
――対象A:レイン。
――対象B:M。
その下。
――分離方法:未定。
そして。
――第三対象:必要。
「……第三対象?」
俺は。
眉をひそめる。
「二人を分けるのに」
「三人目が必要だった?」
M-02が。
静かに言った。
『うん』
「知ってるのか?」
『少し』
「誰?」
『僕』
「……」
俺は。
M-02を見る。
「お前が第三対象?」
『違う』
「じゃあ?」
『僕は』
一拍。
『第三対象から』
『生まれた』
「……」
俺の背中に。
嫌な汗が流れる。
「第三対象って」
『名前』
「……名前?」
『二人を分けるために』
『一つの名前が必要だった』
ミラが。
首を傾げる。
「名前を?」
『うん』
『二人の人生から』
『一つだけ取り出す』
「……」
『それを』
『別の存在にする』
俺は。
これまでの記録を。
思い出す。
アルド。
レイン。
ミラ。
共有された名前。
返却された名前。
捨てられた名前。
選ばれた名前。
全部。
一つの線に。
繋がり始めていた。
「……」
壁に。
新しい文字。
――第三対象:名前。
――名称:未確定。
――人格:未確定。
――身体:不要。
――目的:分離。
「身体はいらない」
俺が呟く。
「じゃあ」
「最初から」
「人間じゃなかった?」
M-02が。
頷く。
『うん』
『最初に作られたのは』
『人間じゃない』
「じゃあ何だ?」
『名前』
「……」
俺は。
額を押さえる。
「また名前か」
ミラが。
笑う。
「この物語」
「名前好きだね」
「俺もそう思う」
だが。
次の文字を見て。
俺は。
笑えなくなった。
――第三対象:名称「アルド」。
「……!」
ミラが。
息を呑む。
「アルド……?」
俺は。
頷く。
「一つの名前を」
「二人から分けた」
「そして」
「その名前を」
「アルドにした」
01が。
静かに言う。
「だから」
「所有者が複数だったのか」
「……」
壁に。
さらに。
記録が出る。
――原初名称:アルド。
――所有者:レイン/M。
――分離後所有者:複数。
――人格形成:開始。
「……」
俺は。
今までの。
アルドに関する記録を。
思い返した。
勇者。
死。
名前。
共有。
返却。
そして。
「名前から生まれたアルド」。
もしかすると。
俺たちが。
アルド本人だと思っていたものは。
最初から。
「アルド」という名前を。
人格にした存在だったのかもしれない。
だが。
それでも。
一つだけ。
分からない。
「じゃあ」
「本物のアルドは?」
壁が。
止まった。
数秒。
何も表示されない。
そして。
ようやく。
一行。
――原初所有者:記録欠損。
「……またか」
俺は。
ため息をつく。
だが。
今度は。
ミラが。
何かに気づいた。
「待って」
「何だ?」
「原初所有者」
「記録欠損って」
「誰かが消したんじゃない?」
「……」
俺は。
壁を見る。
「確かに」
その瞬間。
――記録削除者:M-00。
「……!」
ミラが。
目を見開く。
「M-00が?」
M-02が。
震える声で言った。
『違う』
「何が?」
『M-00じゃない』
「でも」
『記録上は』
『M-00』
「……」
『本当は』
『もっと前』
一拍。
『M-00が』
『Mになった時』
「……?」
『M-00は』
『Mの記録を』
『自分で消した』
ミラが。
顔を強張らせる。
「……私?」
『違う』
「……」
『M-00という存在が』
『Mを名乗った時』
『Mの記録を』
『消した』
「じゃあ」
「M-00は」
「Mになりたかった?」
『違う』
「なら?」
『Mを』
『消さないと』
『M-00として』
『生きられなかった』
俺は。
息を止める。
名前を奪った。
名前を借りた。
名前を捨てた。
名前を返した。
この物語で。
何度も繰り返されてきたこと。
でも。
その始まりは。
もっと単純だったのかもしれない。
――誰かが。
誰かの名前を。
自分のものにした。
その瞬間。
壁に。
最後の記録が現れた。
――M-00:人格形成完了。
――新名称:ミラ。
「……」
ミラが。
動かない。
「……私」
その文字を。
見つめている。
俺も。
何も言えなかった。
だが。
さらに。
その下に。
小さな文字が。
現れる。
――ただし。
――M-00が「ミラ」になった時点で。
――原初Mは、まだ存在していた。
「……!」
ミラが。
ゆっくり。
顔を上げる。
「じゃあ」
「Mは」
「まだ」
「どこかにいる?」
壁が。
答える。
――現在:生存確認。
俺は。
目を見開いた。
「……」
そして。
その直後。
部屋の奥から。
聞き覚えのない。
女性の声がした。
『やっと』
『私を探し始めたんだね』
ミラが。
振り返る。
「……誰?」
声が。
静かに。
笑う。
『あなたが』
『私の名前を使っている』
『今のミラでしょう?』
「……」
ミラの顔から。
笑みが消えた。
俺は。
無意識に。
ミラの前へ。
立った。
そして。
暗闇の奥から。
一人の女が。
ゆっくり。
姿を現した。
顔は。
まだ見えない。
ただ。
胸元には。
一文字。
――M。
そして。
その女は。
俺を見る。
『レイン』
「……」
『五十年ぶり』
一拍。
『会いたかったよ』
俺の。
第三心臓が。
激しく鳴った。
――ドクン。
――ドクン。
――ドクン。
壁の数字が。
静かに変わる。
――自由領域:30%。
そして。
新しい記録。
――原初M:帰還。
物語は。
ようやく。
「M」という名前の。
本当の持ち主へ。
手を伸ばした。




