第96話 M-03
――M-03:選択開始。
その文字が。
暗闇の中に浮かんでいる。
俺は。
しばらく動かなかった。
「……選択開始って」
ミラが。
壁を見る。
「何を選ぶの?」
「本人に聞けばいい」
俺は。
M-03を見る。
「何を選ぶ?」
『……』
M-03は。
少し考えてから。
答えた。
『僕は』
『選ばない』
「……」
「それ」
「さっきもやったぞ」
『違う』
「何が?」
『さっきは』
『レインが』
『僕を選ばなかった』
「……」
『今度は』
一拍。
『僕が』
『選ばない』
俺は。
その意味を考えた。
「誰を?」
『全部』
「全部?」
『僕に用意された』
『選択肢を』
壁に。
文字が浮かぶ。
――選択肢を表示します。
一つ。
――03:役割を受け入れる。
二つ。
――M-03:人格を受け入れる。
三つ。
――消滅する。
「……」
M-03が。
それを見る。
『これ』
『嫌い』
「だろうな」
『僕が』
『僕じゃなくなる』
「そうだな」
『だから』
M-03が。
顔を上げる。
『四つ目』
「……」
『僕は』
『僕でいる』
壁が。
震えた。
――第四選択肢:未定義。
俺は。
思わず。
笑った。
「またか」
ミラも。
笑う。
「レインの病気が」
「うつったんじゃない?」
「人を病気扱いするな」
「でも」
「増えてるよ」
「……」
確かに。
増えている。
第三の選択肢。
第四の選択肢。
最初は。
俺一人だった。
だが。
今は。
自分で。
選択肢を作る者が。
増え始めている。
壁に。
新しい文字。
――第四選択肢:承認。
M-03の輪郭が。
少しだけ。
濃くなる。
顔は。
まだない。
でも。
立っている。
自分の意思で。
「……」
その時。
M-02が。
突然。
俺の腕を掴んだ。
『レイン』
「どうした?」
『あれ』
「何だ?」
『僕にも』
一拍。
『あった』
「何が?」
『四つ目』
俺は。
M-02を見る。
『五十年前』
『僕にも』
『四つ目があった』
「……」
「でも」
『選ばれなかった』
「誰に?」
『俺自身』
俺は。
息を止めた。
『俺は』
『二つから』
『選んだ』
「何と何を?」
『レインになるか』
『レインを捨てるか』
「……」
『そして』
一拍。
『どっちも』
『選べなかった』
ミラが。
静かに聞く。
「だから」
「M-02になったの?」
『分からない』
「……」
また。
分からない。
だが。
今回は。
少しだけ。
違う。
M-02は。
分からないことを。
怖がっていない。
『でも』
『今なら』
「ん?」
『選べる気がする』
「何を?」
『名前』
「……」
『僕は』
『まだ』
『名前を決めてない』
「そうだな」
『だから』
一拍。
『誰かの名前を』
『返さなくていい』
「……」
俺は。
アルドの記録を思い出した。
――唯一、名前だけは渡す。
だが。
その記録自体が。
現在のM-00によって。
書かれた可能性がある。
つまり。
まだ。
真実とは限らない。
「M-02」
『うん』
「お前は」
「俺の名前を」
「欲しいか?」
少年は。
首を振った。
『欲しくない』
「……」
『レインは』
『レインのものだから』
ミラが。
小さく笑う。
「いい答え」
俺も。
少しだけ。
笑った。
「そうだな」
その時。
部屋の奥から。
――カン。
音がした。
また。
あの音。
だが。
今回は。
一回だけ。
壁に。
文字が出る。
――M-04:生成中止。
「……」
ミラが。
目を丸くする。
「止まった?」
「誰かが」
「止めた」
「誰が?」
俺たちは。
M-03を見る。
M-03は。
首を横に振った。
『僕じゃない』
「じゃあ」
その瞬間。
俺の背後から。
声。
『私だ』
「……!」
振り返る。
そこに。
一人の男が立っていた。
黒い服。
白い髪。
左目を。
布で覆っている。
杖を。
一本。
持っている。
「……」
俺は。
知っている。
「-一番……?」
男は。
首を振った。
「違う」
「……」
「私は」
一拍。
「-一番ではない」
ミラが。
小さく呟く。
「また?」
「番号違い?」
男は。
苦笑した。
「番号ではない」
そして。
胸元を指す。
そこには。
何もない。
「私は」
「番号を持たない」
「……」
俺は。
警戒する。
「じゃあ」
「何者だ?」
男は。
俺を見る。
「お前が」
「五十年前に」
「選ばなかった者だ」
「……」
M-02が。
怯えた。
『……』
「知ってるのか?」
『……うん』
男が。
M-02を見る。
「久しぶりだ」
『違う』
「何が?」
『あなたは』
『僕が知ってる人じゃない』
「……」
男は。
少しだけ。
笑った。
「その通り」
そして。
俺を見る。
「私は」
「五十年前のレインではない」
「……」
「だが」
一拍。
「五十年前のレインが」
「選ばなかった可能性だ」
俺は。
息を呑む。
「可能性?」
「ああ」
「それが」
「M-04?」
「違う」
男は。
首を振る。
「M-04は」
「お前たちが」
「これから作るものだ」
「じゃあ」
「お前は?」
「私は」
一拍。
「作られなかった」
「……」
ミラが。
静かに言う。
「だから」
「番号がない?」
「そうだ」
「名前も?」
「ない」
「じゃあ」
「どうやって呼べばいいの?」
男は。
少し困った顔をした。
「……」
「決めてない」
ミラが。
笑った。
「レインと同じだね」
「そうだな」
俺は。
思わず。
苦笑する。
名前がない。
番号がない。
役割もない。
でも。
ここにいる。
その男が。
俺に向かって。
言った。
「レイン」
「何だ?」
「五十年前」
「お前は」
「私を選ばなかった」
「……」
「その結果」
「お前は」
「今の人生を手に入れた」
俺は。
黙った。
「だが」
男は。
続ける。
「選ばなかった可能性は」
「消えなかった」
「……」
「ずっと」
「お前の後ろにいた」
俺は。
振り返る。
何もない。
でも。
確かに。
さっきまで。
そこに。
誰かがいたような。
そんな感覚があった。
「じゃあ」
「俺が今まで見てきた」
「もう一人のレインも?」
「違う」
「……」
「彼は」
「記憶だ」
「私は」
一拍。
「選ばれなかった可能性」
ミラが。
小さく息を吐く。
「また」
「レインが増えた」
「増やすな」
「私が増やしてるわけじゃないよ」
「分かってる」
男が。
初めて。
笑った。
「……面白いな」
「何が?」
「五十年前のレインには」
「そんな相手はいなかった」
「?」
「お前には」
「ミラがいる」
ミラが。
目を瞬く。
「私?」
「ああ」
「それが」
「何?」
男は。
ミラを見る。
「お前は」
「選択肢ではない」
「……」
「選択者でもない」
「じゃあ?」
「証明だ」
「何の?」
「レインが」
一拍。
「一人では生きていないことの」
ミラが。
黙る。
俺も。
何も言えなかった。
その瞬間。
壁に。
新しい文字が出た。
――七人目:再定義。
――条件:他者を選択肢として扱わない。
「……」
俺は。
その文字を見る。
ミラが。
俺を見る。
「ねえ」
「何だ?」
「これって」
「私を」
「選択肢にするなってこと?」
「たぶんな」
「じゃあ」
「安心した」
「何で?」
「レインが」
「私を選んで捨てるとか」
「そういう展開じゃないんだね」
「……」
「よかった」
俺は。
苦笑する。
「最初から」
「捨てるつもりなんてない」
ミラが。
少しだけ。
笑った。
「知ってる」
その瞬間。
自由領域が。
――27%。
――28%。
――29%。
連続して。
増えた。
そして。
壁の奥から。
新しい記録が。
浮かび上がる。
――五十年前。
――レイン、選択。
――選択対象:M。
俺は。
息を止めた。
「……M?」
男が。
静かに言う。
「そう」
「五十年前」
「お前は」
「Mを選んだ」
「……」
「だが」
一拍。
「Mは」
「お前を選ばなかった」
俺は。
目を見開く。
「……」
「だから」
男は。
消えかけながら。
最後に。
言った。
「MIRA計画は」
「始まったんだ」
そして。
姿が。
消える。
残された壁には。
一行だけ。
――最初の選択。
――レイン → M。
その下。
――M → 拒否。
俺は。
その記録を。
ただ。
見つめていた。
Mは。
俺を拒否した。
なのに。
俺は。
なぜ。
MIRA計画の中で。
何度も。
Mの名前を追い続けているのか。
そして。
五十年前。
俺がMに。
何を選んだのか。
まだ。
その答えだけが。
どこにも。
書かれていなかった。
――自由領域:29%。
静かな部屋で。
第三心臓だけが。
答えを知っているように。
もう一度。
鳴った。
――ドクン。




