第95話 選ぶこと
扉の向こうから。
声がする。
『ねえ』
『今度は』
『僕を選んでくれる?』
俺は。
扉を見つめた。
「……」
嫌な予感しかしない。
「レイン」
ミラが。
隣に立つ。
「どうする?」
「入る」
「即決?」
「いや」
「入らないと」
「また勝手に進むだろ」
「なるほど」
「施設の都合に付き合うのも疲れた」
俺は。
扉を開ける。
――ギィィィ。
その先は。
真っ暗だった。
明かりが。
一つもない。
「……何もないな」
ミラが。
後ろから顔を出す。
「本当に?」
「見えない」
「じゃあ」
ミラが。
俺の肩を叩く。
「レイン」
「何だ?」
「前」
「……」
暗闇の中に。
小さな子供が。
立っていた。
十歳くらい。
裸足。
白い服。
そして。
顔がない。
「……」
俺は。
思わず。
一歩下がる。
子供が。
首を傾げる。
『怖い?』
「少し」
『そう』
「お前がM-03?」
『うん』
「名前は?」
『ない』
「……」
『まだ』
M-02が。
後ろから。
小さく言う。
『俺と同じだ』
M-03が。
振り向く。
『先輩?』
『たぶん』
「先輩って」
俺が。
思わず口を挟む。
「何の先輩だ」
『名前がない先輩』
「……」
ミラが。
吹き出した。
「いいじゃん」
「何が?」
「新しい分類」
「いらない」
M-03が。
俺を見る。
『レイン』
「何だ?」
『僕を選んで』
「……」
やはり。
来た。
俺は。
子供の前に。
しゃがむ。
「何を選べばいい?」
『僕を』
「どういう意味だ?」
『僕を』
『ここに残すか』
『消すか』
――来た。
いつもの。
二択。
「嫌だ」
『……』
「その二つからは選ばない」
M-03が。
首を傾げる。
『でも』
『システムは』
『それしか用意してない』
「なら」
「システムの方を変える」
ミラが。
嬉しそうに笑った。
「出た」
「何が?」
「レインの第三案」
「もう慣れただろ」
「うん」
M-03が。
困ったように。
こちらを見る。
『第三案なんて』
『ないよ』
「なら」
「作ればいい」
その瞬間。
壁に。
文字が浮かぶ。
――第三選択肢:生成。
――生成条件:選択者本人。
「……」
俺は。
思わず。
笑った。
「もう」
「前みたいには止められないらしいな」
だが。
次の文字。
――ただし。
――第三選択肢を生成した場合。
――選択者は、選択される側へ移行します。
「……」
ミラの顔が。
強張った。
「レイン」
「ああ」
「それ」
「かなり嫌な条件じゃない?」
「そうだな」
M-03が。
俺を見る。
『だから』
『選ばないで』
「……」
『僕を選ぶと』
『君が』
『選ばれる』
「誰に?」
M-03が。
暗闇の奥を指差した。
『僕に』
「……」
俺は。
黙った。
「つまり」
「俺がM-03を選ぶ」
「M-03が俺を選ぶ」
「そう」
「循環する」
『うん』
ミラが。
頭を抱える。
「また面倒なのが出てきた……」
「同感だ」
すると。
暗闇の奥から。
別の声。
『違う』
俺たちは。
一斉に。
振り向く。
そこに。
別の影があった。
M-03とは。
違う。
大人の姿。
顔はない。
胸に。
数字だけ。
――03。
「……」
M-03が。
怯えた。
『あれは』
「誰だ?」
『僕じゃない』
「じゃあ?」
『僕になるはずだった』
影が。
一歩。
近づく。
『M-03』
『候補』
その言葉と同時に。
壁に。
表示が出る。
――M-03:人格候補。
――03:役割候補。
――選択者:レイン。
「……」
俺は。
また。
二つに分かれた存在を見る。
「M-02と」
「同じだ」
M-02が。
首を振る。
『違う』
「何が?」
『僕は』
『選ばれなかった』
『こいつは』
『まだ』
一拍。
『選ばれてない』
俺は。
03の影を見る。
「じゃあ」
「俺が選ぶまで」
「お前は何なんだ?」
影は。
答えた。
『空白』
「……」
『僕は』
『誰にも選ばれていない』
『だから』
『誰でもない』
その言葉が。
胸に刺さった。
俺は。
五十年前。
同じ場所に。
いたのかもしれない。
名前がない。
役割がない。
人格も。
記憶も。
決まっていない。
ただ。
誰かに。
選ばれるのを待っている。
「……」
ミラが。
静かに言った。
「レイン」
「ん?」
「この子」
「選ばれたくないんじゃない?」
「……」
M-03が。
顔のない顔を。
ミラへ向ける。
『……』
「違う?」
しばらく。
沈黙。
やがて。
M-03が。
小さく頷いた。
『僕』
『選ばれたくない』
「……」
『選ばれるって』
『誰かになることでしょ?』
「そうかもしれない」
『僕は』
一拍。
『僕のままでいたい』
俺は。
その言葉を聞いて。
少しだけ。
笑った。
「じゃあ」
「簡単だ」
『……?』
「選ばない」
M-03が。
固まる。
『でも』
「お前を消すこともしない」
『……』
「選択を」
「保留する」
壁に。
文字が浮かぶ。
――選択:保留。
――M-03:存在維持。
――人格固定:なし。
――役割固定:なし。
そして。
――選択者:なし。
「……」
俺は。
目を細める。
「選択者なし?」
01が。
後ろから言う。
「レイン」
「何だ?」
「今の選択」
「お前がした」
「ああ」
「なのに」
「選択者が『なし』になった」
「……」
ミラが。
気づく。
「もしかして」
「レインが」
「選ばないことを選んだから?」
「どういう意味だ?」
「選ばないっていう選択そのものを」
「誰のものにもしてない」
「……」
M-03が。
俺を見る。
『ありがとう』
「礼はいらない」
『どうして?』
「俺も」
一拍。
「選ばれたくなかった時期があったから」
M-03が。
静かに。
頷く。
すると。
大人の影――03が。
突然。
崩れ始めた。
「……!」
『待って』
M-03が。
叫ぶ。
『僕を』
『消さないで』
「消してない!」
俺が。
叫ぶ。
「お前は残ってる!」
『じゃあ』
影が。
こちらを見る。
『僕は?』
「……」
答えられない。
影の胸の。
――03。
その数字が。
消えていく。
だが。
完全には。
消えなかった。
数字が。
別の文字へ変わる。
――03:未選択。
そして。
その下。
――所有者:なし。
影が。
笑った。
『……やっと』
『僕も』
『誰のものでもなくなった』
そして。
消える。
M-03だけが。
残った。
俺は。
深く息を吐く。
その瞬間。
壁に。
新しい表示。
――M-03:自由人格候補。
――製造進行率:100%。
――自由領域:27%。
そして。
最後に。
今までとは違う表示が出た。
――M-04:生成準備。
「……」
俺は。
天井を見る。
「もういいだろ」
返事は。
ない。
ミラが。
隣で。
苦笑する。
「まだ続くみたい」
「だな」
M-02が。
M-03を見る。
『次は』
『君が選ぶ番だ』
M-03は。
首を振った。
『違う』
「……?」
『次は』
一拍。
『僕が』
『選ぶ番』
その瞬間。
壁の文字が。
すべて消えた。
そして。
たった一行だけ。
残った。
――M-03:選択開始。
俺は。
初めて思った。
もしかすると。
七人目というのは。
誰かを選ぶ者じゃない。
――誰かが。
自分で選べるように。
選択肢を。
残す者なのかもしれない。
そして。
その考えを。
システムが。
否定しなかった。




