第94話 現在、生存
――温かい。
手の中の金属板が。
まるで。
生き物みたいに。
熱を持っている。
「……」
俺は。
それを見つめた。
表には。
――M-01。
裏には。
――レイン。
そして。
その下。
――所有者:未確定。
「これ」
ミラが。
そっと覗き込む。
「レインの名前が書いてあるね」
「ああ」
「でも」
「所有者じゃない」
「そうみたいだ」
01が。
金属板を見つめる。
「それを」
「俺に貸してくれ」
「いいけど」
01が。
受け取る。
――ジュッ。
金属板から。
小さな音。
「熱っ!」
01が。
反射的に放り投げた。
「……」
「……」
「……」
ミラが。
真顔で言う。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「手」
「痛い」
「冷やす?」
「頼む」
「レイン」
「何だ?」
「水ない」
「……」
俺は。
ため息をついた。
「この施設」
「本当に設備が悪いな」
すると。
床に落ちた金属板が。
カタッ。
と動いた。
俺たちは。
一斉に。
そちらを見る。
金属板が。
ゆっくり。
裏返る。
――所有者:拒否。
「……」
01が。
眉をひそめる。
「俺を拒否した?」
「違う」
俺は。
しゃがみ込む。
「所有者になること自体を」
「拒否してる」
ミラが。
首を傾げる。
「じゃあ」
「誰のものにもならないってこと?」
「たぶんな」
その瞬間。
金属板に。
新しい文字が浮かんだ。
――M-01:役割を拒否。
――人格:自由領域へ移行。
「……!」
俺は。
息を呑んだ。
「M-01も」
「自由領域に?」
01が。
静かに言う。
「なら」
「俺とは違う」
「何が?」
「俺は」
一拍。
「役割を拒否した記憶がない」
「……」
「俺は」
「最初から」
「番号なんて知らなかった」
その言葉に。
俺は。
何か引っかかった。
「……それ」
「おかしくないか?」
01が。
こちらを見る。
「何が?」
「お前」
「五十年前に」
「M-01の番号を」
「使われたんだろ?」
「ああ」
「なら」
「本物のM-01は」
「五十年前から」
「番号を拒否してた可能性がある」
「……」
01が。
金属板を見る。
「つまり」
「俺が持っている01は」
「誰かの空席だった?」
「たぶん」
ミラが。
突然。
小さく手を上げた。
「質問」
「何だ?」
「じゃあ」
「本物のM-01は」
「ずっと番号なし?」
「そうなる」
「私と同じじゃん」
「……」
俺は。
ミラを見る。
「そうだな」
「だから」
ミラは。
笑った。
「仲間だね」
「お前」
「何でも仲間にするな」
「いいじゃん」
「よくない」
その時。
M-02が。
箱の中から。
静かに言った。
『違うよ』
「何が?」
『M-01は』
一拍。
『番号を捨てたんじゃない』
「じゃあ?」
『番号を』
『最初から』
『持ってなかった』
「……」
俺は。
金属板を見る。
「どういうことだ?」
『M-01っていうのは』
『名前じゃない』
『役割でもない』
『記録上の分類』
「……」
『本当のM-01には』
『別の名前がある』
ミラが。
少し驚く。
「知ってるの?」
『知らない』
「……」
「お前」
「さっきから」
「知ってるのか知らないのか」
「どっちなんだ」
『分からない』
「便利な言葉だな」
『レインもよく使う』
「余計なこと覚えるな」
M-02が。
笑った。
だが。
次の瞬間。
箱の壁に。
ひびが入った。
――ピシッ。
「……!」
ミラが。
後ずさる。
「これ」
「壊れるんじゃない?」
俺は。
M-02を見る。
「大丈夫か?」
『うん』
「本当に?」
『たぶん』
「その言葉」
「信用できないな」
ひびが。
さらに広がる。
――ピシッ。
――ピシッ。
そして。
箱の中から。
少年の手が。
外へ出た。
「……!」
M-02が。
自分で。
箱を押し開ける。
ガタン。
少年の身体が。
ゆっくり。
現れる。
まだ。
輪郭は曖昧だ。
だが。
以前より。
はっきりしている。
「……立てるのか?」
『うん』
少年は。
一歩。
床へ降りる。
そして。
俺を見る。
『名前』
「……」
『まだ』
「決めてない」
『うん』
「それでもいいのか?」
『いい』
「どうして?」
『名前がなくても』
一拍。
『俺は』
『今』
『ここにいるから』
俺は。
何も言えなかった。
ミラが。
嬉しそうに笑う。
「ほら」
「レインと同じ」
「……そうだな」
その時。
少年の足元に。
一つの影が伸びた。
――M-01。
「……」
少年が。
影を見る。
『これ』
「何だ?」
『俺の?』
「違う」
影が。
ゆっくり。
動いた。
そして。
少年の背後に。
一人の人影が現れる。
顔は。
見えない。
身体も。
半透明。
ただ。
胸元だけに。
一文字。
――M。
「……」
ミラが。
息を呑む。
「M-00?」
影は。
首を振った。
「じゃあ」
「誰?」
影が。
初めて。
口を開いた。
『私は』
一拍。
『M-00ではない』
「……」
『M-01でもない』
「じゃあ」
『M-02でもない』
「……」
俺は。
嫌な予感がした。
「お前」
「Mなのか?」
影が。
こちらを見る。
『違う』
「……」
『Mの名前を』
『借りただけ』
俺は。
目を細めた。
「誰から?」
影は。
答えない。
代わりに。
俺の手の中へ。
視線を落とす。
「……」
M-01の金属板。
そこに。
文字が浮かぶ。
――返却要求。
「返せって?」
影が。
頷く。
『それは』
『私のもの』
「所有者は拒否されてるぞ」
『違う』
「何が?」
『所有者ではない』
一拍。
『起点』
金属板が。
震えた。
――起点:M。
「……」
ミラが。
小さく呟く。
「M-01の起点が」
「M?」
『そう』
「じゃあ」
俺は。
影を見る。
「M-01を作ったのは」
『私ではない』
「……」
『M-01は』
『作られていない』
「またかよ」
俺は。
頭を抱える。
「この世界」
「作られてない奴が多すぎる」
ミラが。
吹き出した。
「確かに」
「笑うな」
「だって」
「レインもそうなんでしょ?」
「……」
「なら」
「仲間じゃん」
「……否定できない」
影が。
静かに。
俺たちを見ている。
『M-01は』
『生まれた』
「誰から?」
『選択から』
「……」
俺は。
その言葉に。
聞き覚えを感じた。
――七人目。
――選択者。
――自由人格。
――名前を自分で選ぶ。
すべて。
同じ方向を。
向いている。
「M-01は」
「最初の」
「七人目だった?」
影は。
少しだけ。
首を傾けた。
『違う』
「じゃあ」
『七人目が』
『M-01を』
『生んだ』
「……!」
俺の背中に。
冷たいものが走った。
「七人目が?」
『そう』
「五十年前の?」
『違う』
「……」
『今の』
影が。
俺を見る。
『君だよ』
――ドクン。
第三心臓が。
鳴った。
壁の文字が。
一気に。
書き換わる。
――七人目:選択者。
――M-01:選択によって発生。
――発生時刻:現在。
俺は。
目を見開く。
「……」
M-01は。
五十年前から。
存在していたはずだった。
記録には。
そう書かれていた。
だが。
今の記録は。
違う。
――発生時刻:現在。
つまり。
「俺が」
「今」
「M-01を作った?」
影が。
答える。
『作ったんじゃない』
「じゃあ?」
『選んだ』
自由領域。
25%。
そして。
俺の手の中の金属板が。
完全に。
光を失った。
その裏側に。
新しい文字が刻まれる。
――M-01:所有者なし。
――役割なし。
――名前なし。
――選択者:レイン。
俺は。
それを見つめる。
そして。
初めて。
思った。
――もしかしたら。
俺たちは。
過去を解明しているんじゃない。
五十年前に。
誰かが始めたものを。
今の俺たちが。
別の形で。
作り直しているのかもしれない。
その瞬間。
影が。
最後の言葉を口にした。
『そして』
『M-01を選んだことで』
一拍。
『次の一人が』
『生まれる』
「……次の一人?」
影の姿が。
消えていく。
『M-03』
――発生条件:M-01の選択。
――現在:未選択。
そして。
部屋の奥。
誰も触れていない壁に。
新しい扉が。
ゆっくり。
開いた。
その向こうから。
子供の声がした。
『ねえ』
『今度は』
『僕を選んでくれる?』
俺は。
扉を見る。
ミラも。
01も。
M-02も。
動かない。
そして。
壁の数字が。
静かに。
変わった。
――自由領域:26%。
物語は。
また。
次の選択を。
俺たちに突きつけてきた。




