第93話 やり直す
――製造進行率:99%。
部屋の中に。
声が残っている。
『やっと』
『最初から』
『やり直せる』
「……」
俺は。
周囲を見回した。
「誰だ?」
返事は。
ない。
ただ。
目の前の本だけが。
静かに。
ページをめくった。
――記録者:M-00。
――記録時刻:現在。
「……」
ミラが。
小さく息を呑む。
「今」
「書いてる?」
「ああ」
「五十年前のことを?」
「そうなる」
「変じゃない?」
「全部変だ」
「それもそうだね」
01が。
壁を見ながら。
低く言った。
「記録を書き換えているんじゃない」
「じゃあ何だ?」
「過去の記録を」
「現在から作っている」
「……」
俺は。
眉をひそめる。
「意味が分からない」
「俺もだ」
「珍しいな」
「何が?」
「お前が分からないって言うの」
「俺だって分からないことくらいある」
「へえ」
「何だ」
「ちょっと安心した」
「……」
こんな時まで。
ミラは。
ミラだった。
だが。
その直後。
M-02が。
突然。
叫んだ。
『待って!』
「どうした?」
『その記録』
『消して』
「何?」
『今すぐ』
少年の声は。
明らかに。
怯えていた。
「なぜ?」
『あれは』
『過去じゃない』
「さっきもそう言ってたな」
『違う』
一拍。
『あれは』
『未来』
「……」
俺は。
本を見た。
――記録時刻:現在。
その文字。
そして。
五十年前の出来事。
もし。
これが。
過去の記録じゃないなら。
「未来の誰かが」
「五十年前の記録を」
「今、作ってる?」
『そう』
「じゃあ」
「その未来の誰かは」
『まだ』
一拍。
『存在してない』
「……」
ミラが。
首を傾げる。
「存在してない人が」
「未来から記録を書いてるの?」
「俺に聞くな」
「だよね」
その時。
壁に。
新しい文字が浮かんだ。
――未来記録:矛盾なし。
「……」
俺は。
言葉を失う。
「システムまで」
「認めてる?」
01が。
壁に近づく。
「いや」
「これはシステムの記録じゃない」
「どうして分かる?」
「番号がない」
俺は。
気づく。
確かに。
今まで。
どんな記録にも。
番号か役割があった。
だが。
この記録には。
何もない。
ただ。
「記録者:M-00」。
それだけ。
「……番号がない」
ミラが。
小さく呟く。
「私みたい」
「そうだな」
すると。
壁の文字が。
変わった。
――M-00:番号解除。
――名称:ミラ。
「……」
ミラが。
固まる。
「私?」
「また?」
俺は。
警戒する。
「名前まで」
「記録されてる」
だが。
その下に。
新しい文字。
――ただし、これは現在のミラではない。
「……!」
ミラが。
息を呑む。
「じゃあ」
「誰?」
壁は。
答えない。
代わりに。
M-02が。
小さく言った。
『昔の』
「ミラ?」
『うん』
「五十年前の?」
『違う』
「二十八年前?」
『違う』
「じゃあ」
一拍。
『もっと前』
「……」
ミラが。
黙り込む。
「私より前の私?」
『そう』
「意味が分からない」
『俺も』
俺は。
頭を抱えた。
「結局」
「みんな分からないじゃないか」
ミラが。
少し笑う。
「仲間外れにならなくてよかったね」
「何の話だ」
「分からない仲間」
「嬉しくない」
その時。
本のページに。
新しい文章が浮かんだ。
――M-00は、Mではない。
ミラが。
目を見開く。
「……」
続く。
――Mは、M-00より前に存在する。
――M-00は、Mを模倣した。
「……」
俺は。
ミラを見る。
「じゃあ」
「M-00が」
「Mを名乗ったのは」
「本物のMじゃなかったから?」
ミラは。
ゆっくり。
頷く。
「たぶん」
「でも」
「私」
「Mを知らない」
「……」
「じゃあ」
「誰がMを作ったの?」
沈黙。
そして。
本のページに。
たった一行。
――Mは、作られていない。
俺は。
眉をひそめる。
「作られてない?」
――Mは、最初から存在していた。
「……」
その瞬間。
第三心臓が。
強く鳴った。
――ドクン。
視界が。
白くなる。
また。
記憶ではない。
記録。
五十年以上前。
まだ。
アルドも。
俺も。
MIRA計画も。
存在しない。
真っ白な部屋。
そこに。
一人の子供がいた。
顔は。
見えない。
名前も。
ない。
ただ。
壁に。
Mという文字がある。
子供が。
それを見る。
『これ』
『何?』
誰かが答える。
『名前』
『誰の?』
『君の』
子供が。
首を振る。
『違う』
『これは』
『僕の名前じゃない』
「……」
俺は。
その光景を見る。
すると。
子供が。
こちらを向いた。
『だって』
『名前って』
一拍。
『自分で決めるんでしょう?』
――ドクン。
視界が戻る。
俺は。
その場に立っていた。
「……」
汗が。
背中を伝う。
ミラが。
俺を見る。
「レイン?」
「ああ」
「何見たの?」
「子供」
「誰?」
「分からない」
「男の子?」
「ああ」
「名前は?」
「……ない」
ミラが。
考え込む。
「M-00?」
「違う」
「M-01?」
「違う」
「M-02?」
「たぶん違う」
「じゃあ」
「Mより前の何か」
俺は。
頷いた。
「そう思う」
その時。
01が。
突然。
壁を指差した。
「……レイン」
「何だ?」
「これ」
壁には。
新しい文字。
――原初個体:存在。
――名称:M。
――人格:未定義。
――役割:未定義。
――製造:不要。
「……」
俺は。
息を呑む。
Mは。
最初から。
作られていない。
だから。
M-00は。
Mを模倣した。
M-01。
M-02。
そして。
現在のミラ。
全部。
Mという。
「名前」を。
起点にしている。
だが。
そこで。
俺は。
別のことに気づいた。
「……待て」
「どうした?」
01が聞く。
「M-01」
「俺はM-01じゃない」
「そうだったな」
「なら」
一拍。
「本物のM-01は」
「誰だ?」
沈黙。
壁が。
ゆっくり。
文字を表示する。
――M-01:人格形成失敗。
――M-01:保護失敗。
――M-01:現在、生存。
「……」
俺は。
息を呑んだ。
「生存?」
ミラが。
壁を見る。
「じゃあ」
「どこにいるの?」
壁が。
一度。
消える。
そして。
新しい文字。
――現在地:ここ。
「……」
俺たちは。
一斉に。
部屋を見回した。
誰もいない。
M-02は。
箱の中。
01も。
ここにいる。
ミラも。
俺の隣。
なら。
「ここ」にいるM-01は。
一体。
誰だ?
その瞬間。
俺の背後で。
足音がした。
――コツ。
――コツ。
――コツ。
振り返る。
「……」
誰もいない。
だが。
床には。
新しい足跡が。
一つ。
そして。
その足跡の横に。
金属板が。
落ちていた。
――M-01。
俺は。
それを拾う。
裏返す。
そこには。
一つの名前。
――レイン。
「……」
ミラが。
息を呑む。
「それ」
「私たちのレイン?」
「分からない」
だが。
金属板の裏には。
もう一行。
小さく。
刻まれていた。
――所有者:未確定。
俺は。
その文字を見つめる。
そして。
部屋の奥から。
誰かの声がした。
『それは』
一拍。
『まだ』
『誰の名前にもなってない』
俺は。
金属板を握りしめる。
「……誰だ」
『だから』
『君が』
『決めるんだよ』
――製造進行率:100%。
数字が。
止まった。
しかし。
何も。
完成しなかった。
代わりに。
自由領域が。
20%から一気に25%へ進んだ。
そして。
壁に。
新しい項目が現れる。
――製造完了。
――製造対象:選択肢。
――個体:なし。
俺は。
目を細めた。
「……」
M-02が。
箱の中で。
静かに笑う。
『やっと』
『作られたね』
「何が?」
『名前じゃない』
『人格でもない』
『身体でもない』
一拍。
『俺たちが』
『自分で選べる場所』
自由領域。
25%。
そして。
俺の手の中で。
M-01の金属板が。
初めて。
温かくなった。




