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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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91/120

第91話 作らなかった物

――00より前の記録。


 俺は。


 本を開いた。


 紙は。


 古い。


 なのに。


 文字だけは。


 妙に鮮明だった。


 最初のページ。


 ――レインを作らなかった者。


 その下。


 ――記録開始。


 俺は。


 ページをめくる。


 ――五十年以上前。


 ――まだ、レインという名前は存在しない。


「……」


 ミラが。


 後ろから覗き込む。


「レインって」


「最初から名前じゃなかったんだ」


「ああ」


「じゃあ」


 一拍。


「誰が最初にレインって呼んだの?」


「それを」


「今から調べる」


 ページをめくる。


 そこには。


 奇妙な記録があった。


 ――対象:少年。


 ――年齢:不明。


 ――出生:不明。


 ――身体:生存。


 ――人格:未確定。


 ――名前:なし。


「……」


 俺は。


 息を止める。


「これ」


「俺?」


 ミラが。


 首を傾げる。


「たぶん」


 だが。


 次の行。


 ――製造:拒否。


 ――理由:必要なし。


「……」


 俺は。


 その言葉を。


 じっと見る。


「必要なし」


 01が。


 後ろから言った。


「誰が書いた?」


 ページの隅。


 小さな署名。


 ――M。


 ミラが。


 固まった。


「……私?」


「違う」


 俺は。


 首を振る。


「今のミラじゃない」


「でも」


 ミラが。


 自分の名前を見る。


「M」


「書いてある」


「だからこそ」


「まだ分からない」


 俺は。


 ページをめくった。


 次の記録。


 ――対象に人格を与える必要はない。


 ――対象に役割を与える必要もない。


 ――対象に名前を与える必要もない。


 ――生きることだけを許可する。


「……」


 俺は。


 少しだけ。


 胸が苦しくなった。


 これは。


 今の俺と。


 妙に似ていた。


 名前を決めない。


 役割を決めない。


 ただ。


 生きる。


「これ」


 ミラが。


 呟く。


「今のレインが」


「ずっとやってきたことじゃん」


「……そうだな」


 ページをめくる。


 すると。


 初めて。


 人物について書かれていた。


 ――担当者:M。


 ――対象を観測。


 ――対象は、何も要求しない。


 ――ただ生きている。


 ――観測継続。


「……」


 ミラが。


 小さく息を吐く。


「私」


「この子を」


「ずっと見てたんだ」


「五十年前から?」


「……たぶん」


 だが。


 次のページ。


 そこには。


 大きな赤文字。


 ――観測者、対象への感情を獲得。


「……!」


 ミラの顔が。


 変わった。


「感情?」


 ページの下。


 ――予定外。


 ――観測者Mに、対象への保護欲を確認。


 ――観測継続が困難。


 ――対象を手放す必要あり。


「……」


 ミラが。


 黙っている。


「ミラ」


「うん」


「この記録」


「覚えてるか?」


「……覚えてない」


 少し。


 間があった。


「でも」


「嫌な感じがする」


 俺は。


 ページをめくる。


 ――対象に名前を与えることを禁止。


 ――理由:人格固定を防止。


 ――対象は、何者にもなる可能性を保持する必要がある。


「……」


 そこで。


 俺は。


 気づいた。


「名前をつけなかった理由」


 ミラを見る。


「俺を」


「何者にも決めないためだった」


「……」


 ミラが。


 静かに頷く。


「うん」


「たぶん」


 その下。


 最後の記録。


 ――しかし、対象は自ら名前を求めた。


「……!」


 俺は。


 ページを押さえる。


「俺が?」


 続き。


 ――対象の発言。


 ――『名前が欲しい。』


 ――観測者Mの回答。


 ――『どうして?』


 ――対象の回答。


 ――『呼ばれたいから。』


 俺は。


 言葉を失った。


 たった一言。


 それだけだった。


 名前が欲しかった理由。


 力でも。


 役割でも。


 特別な存在になるためでもない。


 ただ。


 呼ばれたかった。


 誰かに。


「……」


 ミラが。


 小さく呟く。


「レイン」


「ん?」


「私」


「その時」


「何て呼んだのかな」


 ページをめくる。


 だが。


 そこだけ。


 破られていた。


「……」


 俺は。


 紙の端を見る。


 明らかに。


 誰かが。


 意図的に破った。


 01が。


 低い声で言う。


「誰かが消した」


「だな」


 すると。


 箱の中のM-02が。


 突然。


 口を開いた。


『俺』


「……?」


『知ってる』


「何を?」


『その名前』


「言えるか?」


『……』


 少年が。


 首を振る。


『まだ』


「お前までか」


『違う』


「じゃあ?」


『言うと』


 一拍。


『名前が』


『一つに戻る』


「……」


 俺は。


 息を呑んだ。


「一つに戻る?」


『うん』


『レイン』


『ミラ』


『アルド』


『全部』


 一拍。


『一つの名前になる』


「……」


 ミラが。


 顔を強張らせる。


「それって」


「今の私たちが」


「消えるってこと?」


『違う』


「じゃあ何?」


『一つだったことを』


『思い出す』


「……」


 俺は。


 言葉が出なかった。


 それなら。


 今まで。


 何度も見てきた。


 「分離」という記録。


 器。


 人格。


 記憶。


 名前。


 全部。


 最初から。


 分かれていたわけじゃない。


 誰かが。


 分けた。


 そして。


 今。


 それを。


 戻そうとしている。


「でも」


 俺は。


 言う。


「戻す必要があるのか?」


『ない』


「……」


『だから』


『五十年前』


『Mは』


『お前を作らなかった』


 ミラが。


 目を見開く。


「作らなかった?」


『うん』


『お前を』


『一人の人格として』


『作ることを拒否した』


「なぜ?」


『お前が』


 一拍。


『すでに』


『生きていたから』


 胸が。


 鳴った。


 ――ドクン。


 壁に。


 文字が浮かぶ。


 ――製造対象:レイン。


 ――製造判定:不要。


 ――存在判定:成立済み。


「……」


 俺は。


 自分の胸を見る。


 作られた器。


 作られた役割。


 作られた記憶。


 そんな言葉を。


 何度も聞いてきた。


 でも。


 本当は。


 もっと単純だったのかもしれない。


 誰かが。


 俺を作ったんじゃない。


 誰かが。


 俺を見つけた。


 そして。


 生きている俺に。


 後から。


 名前や役割を付けようとした。


「じゃあ」


 俺は。


 ページを見つめる。


「俺は」


「最初から」


「生きていた?」


 ――肯定。


「じゃあ」


「俺の身体を作ったのは?」


 沈黙。


 そして。


 壁に。


 一文字。


 ――不明。


「……」


 また。


 ここで止まる。


 だが。


 今回は。


 別の文字が続いた。


 ――ただし、製造者は存在する。


「誰だ?」


 ――記録権限不足。


 俺は。


 ため息をつく。


「結局そこか」


 ミラが。


 小さく笑う。


「でも」


「少し進んだよ」


「何が?」


「レインは」


「誰かに作られたんじゃなくて」


 一拍。


「誰かに見つけられた可能性がある」


「……」


 俺は。


 頷いた。


 その時。


 古い本の最後のページが。


 勝手に。


 めくれた。


 そこには。


 今までとは。


 違う筆跡で。


 一行だけ。


 書かれていた。


 ――レインを作らなかった者へ。


 ――もし、あの子がもう一度目を覚ましたら。


 ――今度こそ、名前を聞いてやってくれ。


 その下。


 署名。


 ――アルド。


「……」


 俺は。


 その文字を。


 見つめる。


「アルドが」


「俺の名前を聞けって?」


 ミラが。


 静かに。


 頷く。


「レイン」


「何だ?」


「五十年前のあなた」


「たぶん」


 一拍。


「ずっと」


「今のあなたに」


「名前を選ばせたかったんだよ」


 その瞬間。


 第三心臓が。


 静かに。


 一度だけ。


 鳴った。


 ――ドクン。


 壁に。


 新しい文字。


 ――第八人目:製造完了まで、残り4%。


 ――命名対象:M-02。


 ――命名者:レイン。


 そして。


 最後に。


 今まで存在しなかった項目が。


 表示された。


 ――命名候補:レインが、まだ思い出していない名前。


 俺は。


 息を呑んだ。


 俺が。


 五十年前に。


 捨てた名前。


 そして。


 まだ。


 自分でも知らない名前。


 それを。


 今度は。


 俺自身が。


 選ばなければならないらしい。


 ――製造進行率:96%。


 自由領域。


 19%。


 そして。


 M-02が。


 初めて。


 俺に。


 名前を尋ねた。


『レイン』


「何だ?」


『お前は』


『俺を』


『何て呼びたい?』


 俺は。


 答えなかった。


 まだ。


 その名前を。


 知らないからだ。

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