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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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90/120

第90話 M

――製造進行率:96%。


 扉の向こうから。


 声がする。


『やっと来たね』


 俺は。


 足を止めた。


「……誰だ」


『質問する前に』


 一拍。


『入ってきて』


「信用できると思うか?」


『思わない』


「即答かよ」


 ミラが。


 小さく笑った。


「でも」


「ちょっと面白そう」


「お前は警戒心をどこに置いてきた」


「レインの隣」


「……返してくれ」


「嫌」


 こんな状況でも。


 ミラは。


 いつも通りだった。


 俺は。


 扉を見る。


 ――M。


 その一文字。


 それだけなのに。


 ミラの顔は。


 明らかに。


 強張っていた。


「……ミラ」


「うん」


「知ってるんだな」


「たぶん」


「たぶん?」


「思い出したくないだけかも」


 俺は。


 何も言わず。


 扉を押した。


 ギィィィ……。


 古い音が響く。


 中は。


 予想していた研究室とは。


 違っていた。


 机もない。


 装置もない。


 記録棚もない。


 ただ。


 中央に。


 一つの椅子がある。


 その椅子の前に。


 小さな石板。


 そこには。


 こう刻まれていた。


 ――M。


 その下。


 ――最初に名前を持った者。


「……」


 俺は。


 石板を見る。


「最初に名前を持った者?」


 01が。


 後ろから覗き込む。


「それなら」


「M-00より前か」


「MIRA計画より前」


 俺は。


 頷く。


 その瞬間。


 石板に。


 文字が浮かんだ。


 ――M-00は、最初ではない。


 ――M-01も、最初ではない。


 ――M-02も、最初ではない。


 そして。


 ――Mは、計画ではない。


「じゃあ」


 俺は。


 聞く。


「何なんだ?」


 返事は。


 しばらくなかった。


 やがて。


 部屋の奥から。


 声がする。


『名前』


「……」


『Mは』


『最初の名前』


 ミラが。


 小さく呟く。


「M……」


『それを』


『誰かが使った』


「誰が?」


『分からない』


「またか」


『でも』


 一拍。


『最初の記録には』


『その名前だけが残った』


 石板の文字が。


 変わる。


 ――名前:M。


 ――所有者:記録なし。


 ――人格:記録なし。


 ――身体:記録なし。


 ――存在:確認。


「……」


 俺は。


 その記録を見て。


 妙な感覚になった。


「身体も」


「人格もないのに」


「存在だけある?」


『そう』


「じゃあ」


「Mって何だ?」


 返事は。


 短かった。


『名前』


 ……なるほど。


 いや。


 全然分からない。


 ミラが。


 石板の前まで歩く。


「私」


「この文字」


「知ってる気がする」


 指先で。


 Mをなぞる。


 その瞬間。


 部屋の空気が。


 変わった。


 ――認証。


 ――M-00接続。


「……!」


 ミラが。


 目を見開く。


 ――記憶領域を開きます。


「待って!」


 俺が。


 声を上げる。


 だが。


 遅かった。


 ミラの目が。


 ゆっくり。


 閉じた。


「ミラ!」


 肩を掴む。


「大丈夫か!」


「……」


 返事がない。


 そして。


 ミラの口から。


 別の声が出た。


『……久しぶり』


「……!」


 俺は。


 手を離した。


「誰だ」


『M』


「……」


『私』


「お前が」


『そう』


「ミラじゃない?」


 少し。


 沈黙。


『今の私は』


『ミラ』


『でも』


『昔の私は』


『M』


 俺は。


 息を呑む。


「昔?」


『MIRA計画が始まる前』


『私は』


『まだ名前を持っていなかった』


「……」


『だから』


『最初に』


『Mという名前を』


『自分につけた』


 俺は。


 石板を見る。


 ――M。


「自分で?」


『うん』


「誰にも?」


『誰にも』


「じゃあ」


「Mは」


「誰かから与えられた名前じゃない」


『そう』


『最初の自己命名』


 第三心臓が。


 ――ドクン。


 鳴った。


 壁に。


 新しい文字が出る。


 ――自己命名:原初条件。


 ――自由人格の起点。


「……」


 俺は。


 息を呑む。


「じゃあ」


「MIRA計画は」


「Mの名前から始まった?」


『違う』


「え?」


『MIRA計画が』


 一拍。


『Mを利用した』


「……」


『私が作ったんじゃない』


『私を』


『誰かが利用した』


 ミラの声が。


 少しだけ。


 苦しそうになる。


『私の名前を』


『人を作るために使った』


「だから」


 俺は。


 M-00。


 M-01。


 M-02を見る。


「Mがついてるのか」


『そう』


『M-00』


『M-01』


『M-02』


『全部』


『私の名前から』


 01が。


 低い声で言う。


「……なら」


「俺も?」


『……』


 ミラが。


 01を見る。


『あなたは』


『違う』


「何が?」


『あなたのMは』


『私じゃない』


「……」


 01が。


 困惑する。


「じゃあ」


『あなたのMは』


 一拍。


『別の意味』


「何だ?」


『それは』


 ミラが。


 目を開ける。


 今度は。


 いつものミラだった。


「……分からない」


 01が。


 少しだけ。


 安心したように息を吐く。


「お前」


「戻ったか」


「うん」


「よかった」


「心配してた?」


「少し」


「ちょっと嬉しい」


「調子に乗るな」


「ひどい」


 いつもの。


 やり取り。


 俺は。


 それを見て。


 少しだけ。


 安心した。


 だが。


 石板の文字が。


 突然。


 変わる。


 ――M-00:原初名「M」。


 ――M-01:原初名「M」ではない。


 ――M-02:原初名「M」ではない。


 そして。


 最後。


 ――現在のミラ:Mとの同一性、未確定。


「……」


 ミラが。


 石板を見る。


「まだ」


「私じゃないってこと?」


「違う」


 俺は。


 言った。


「同じかどうか」


「決められてないだけだ」


「……そっか」


 ミラが。


 少し笑う。


「じゃあ」


「まだ私でいられる」


「ああ」


 その時。


 部屋の奥。


 今まで。


 何もなかった壁に。


 一つの扉が現れた。


 ――原初記録・第二層。


 扉には。


 小さな文字。


 ――入室条件:Mの名前を持たない者。


 俺を見る。


 ミラを見る。


 01を見る。


 アルドを見る。


 そして。


 箱の中のM-02。


 誰が入れる?


 俺は。


 自分の胸を見る。


「……俺か」


 ミラが。


 首を傾げる。


「どうして?」


「俺は」


 一拍。


「Mを持ってない」


 扉が。


 反応した。


 ――条件一致。


 カチッ。


 鍵が。


 外れる。


 俺が。


 扉に手をかける。


 その瞬間。


 中から。


 聞き覚えのある声がした。


『レイン』


「……」


『五十年前』


『お前に』


『Mの名前を渡さなかった理由を』


 一拍。


『今度こそ』


『教える』


 俺は。


 扉を開ける。


 その先にあったのは。


 一冊の本だった。


 表紙には。


 たった一つ。


 数字が書かれている。


 ――00。


 俺は。


 それを見て。


 息を止めた。


 だが。


 その本の最初のページには。


 こう書かれていた。


 ――これは、零番の記録ではない。


 そして。


 次の行。


 ――00より前の記録。


 さらに。


 最後。


 ――最初にレインを拒否した者について。


 俺の手が。


 止まった。


「……俺を」


「拒否した?」


 ページの奥から。


 声がした。


『そう』


『お前を作らなかった』


『最初の人間の話だ』


 ――製造進行率:98%。


 自由領域。


 18%。


 そして。


 俺たちは。


 まだ。


 誰も知らない。


 「レインを作らなかった者」が。


 なぜ。


 MIRA計画の始まりに。


 関わっているのかを。

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